第15話 終わりの始まり
その日、僕は普段通りに朝食を食べて学校へと向かった。
昨日大介と遊んでストレスを発散したからか、足取りが軽やかな気すらした。僕はいつも少し早めに学校へと行く。教室に着いたとき、先客は一人。窓際に佇むひとりの令嬢。藤堂凛。彼女は僕が教室に入っても意に介することなく、読書に勤しんでいた。あれだけ読んでいるのだから、読書の総量は相当なものだろう。彼女は以前に『雑食』だと言っていた。今は何を読んでいるのだろうか。
鞄を机の上に置き、彼女に視線を向ける。ブックカバーが付けられているために本のタイトルは定かではない。ただ、その表情に僅かな笑みが浮かんでいるのだから、彼女の好みに合った本なのだろう。
彼女がこちらへ視線を向ける気配がして、僕は瞬時に視線を逸らし、鞄を机の横に掛けて席へと座る。視線が、こちらに向いている気がした。
何か、声を掛けられるのだろうか。また碌でもない何かに巻き込まれるのだろうか。しかし、程なくして視線が僕から外れたのを感じる。横目で見ると、彼女は再び本へと目を落としていた。緊張が解けると朝から疲労感を感じた。時計を見るとまだ始業までは幾分もある。僕はその時間を机に突っ伏して過ごすことにした。
段々と他の生徒が登校してきたのか、周囲が騒がしくなる。チャイムの音に顔を上げて時計を見ると、ホームルームまで後十分。ただ、前にあるはずの背中はない。まだ大介は来ていないようだった。彼は予鈴が鳴る前にはいつも登校しているのに、今日は遅いようだ。軽く寝坊でもしたのだろうか。
しかし、ホームルームが始まっても、大介が登校することはなかった。
基本的に彼は病気とは無縁で、今まで無遅刻無欠席を貫いていた。心配になってホームルームの後に担任に聞いてみると、担任は一瞬顔を強張らせる。何か、嫌な予感がした。
「犬養は佐藤と仲が良かったよな。……ちなみに、昨日の放課後は佐藤と一緒にいたか」
「……ええと、はい、放課後は一緒に帰りました」
学校帰りにカラオケなど遊戯施設に行くことは一応校則では禁じられている。故に一緒に帰った、という返答だけに留めておく。
「すまないが、ちょっと付いてきてくれないか」
担任は暫し目を閉じて何かを思案した後に教室へと踵を返すと、一時限目は自習であるとあると伝える。教室からは僅かな歓喜の声が聞こえた。それはそうだ。自習となれば教師の目もなく何をしていてもバレることはない。大多数の生徒にとってはうれしい報告に他ならない。
しかし、僕の胸中は落ち着かない。何故、昨日大介と一緒にいたことを問われたのか。何故、それを聞いて一時限目を自習としたのか。昨日の闇の中へと消えていった大介の姿が、脳裏を過ぎった。
▼
僕が担任に連れられて向かったのは進路指導室だった。この時間に生徒が訪れることはなく、中は閑散としている。担任に促されて室内へと入ると、扉の鍵が閉められ、部屋の中央に置かれたパイプ椅子へ座るように促される。対面へと、教師が座った。
「昨日、佐藤と帰るときに何か変わったことはなかったか」
先生の目は真剣に僕を射抜いていて、少し気圧されてしまう。
「い、いえ……いつも通りに帰りました。いつも通りの道で帰りましたし、変なことは何もなかったと思います」
「……そうか、分かった。ここだけの話にしてほしいんだが、佐藤が昨晩から家に帰っていないらしい。親御さんから連絡があった」
「えっ……?」
それは予想だにしない言葉で、僕は目を丸くする。
大介が、家に帰っていない?
昨日はいつものT字路で分かれている。あの場所から多少距離があるとはいえ、十分程度もあれば家に着くはずだ。あの短い経路で迷うはずもない。ただの一本道で左右も田んぼがあるだけ。例えば林に迷い込んでしまうなど、そんな可能性すらない。
「ご両親が通学路近辺の様子を見たようだが、特に何の痕跡もなかったようだ。もしかして佐藤なら何かを知っているかも、と思って聞いてたのだが、変に不安を煽るようなことを言って悪かった」
「だ、大介に何かあったんですか……?」
「今のところは何も分かっていない。ふむ……、例えば最近何かが嫌になったとか、両親と不和になっているとか、そういったことは言っていなかったか」
「家出、って意味ならそれはないと思います。そんな素振りはなかったですし、そんなことするような奴じゃありません」
そして、改めての謝罪とともに僕は進路指導室から出た。一緒に出た担任は神妙な顔付きをして職員室に向かっていく。僕は教室へ戻るように、そして次の時間からは授業が通常通りあるという伝言を預かって、教室へと向かった。
教室に入ると生徒は思い思い、真面目に自習をしているか、友達と談笑をしている。次の時間から授業であることを伝えると、教室のあちらこちらから不満の声が漏れる。僕は胸中のもやもやを吐き出すように小さくため息をついて自分の席へと座った。
視線を、感じる。
顔は向けずに、視線だけを動かす。
それは、藤堂さんから向けられたものだった。
彼女は微笑んでいた。
こくり、と生唾を飲み込む。
自習時間の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、彼女の視線は僕を捉え続けていた。
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ここからは出来るだけ早めの更新を心がけていきたいと思います。タイトルの通り、ここからが終盤です。
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