第13話 僕の言葉、彼女の選択
二度目の場面、前回の焼き直し。それは覚悟していた。だが、もう一度同じ人物を連れてくるのは予想外だった。
「い、いや、それは⋯⋯」
前回の僕の選択により、何の罪もない人が二人殺されることになった。藤堂さんは、僕のせいではないと言った。僕だって、ただ巻き込まれただけだ。
しかし。だとしても。『責任』という言葉が脳裏にこびり付いて離れない。もしもあの時、この男が断罪されていたのならば、新たな殺人は起きなかったのだから。
僕はたじろぎ、半歩後ろへと下がる。
男は身動きこそ取らないものの、息を荒らげて血走った目を僕と藤堂さん、そして首元に添えられたナイフへと
「犬飼くんも知っているでしょう? もう、六人も殺してる。ここで止めなければ、更なる犠牲者が出ることになるわ」
「だ、だから、警察に引き渡せばいいだろ。それで終わりだ。殺す必要なんてない」
それが当たり前の流れだ。
何をどうやって連続殺人犯を一介の女子高生が二度も捕らえたのかは分からないが、警察に引き渡せばこれ以上の事件は起こらず、この男も相応の罰を受けることになる。
それでいいじゃないか。
「そんなの、つまらないじゃない」
そんな理由で、彼女は一蹴する。
ナイフが男の首筋に僅かに押し付けられ、皮膚の表面が切れたのか一筋の血が首を流れた。
「やめろ⋯⋯やめて、くれ⋯⋯」
「自分は殺しておいて、殺される覚悟はないのかしら」
男は心底怯えているようだった。静止の言葉を絞り出す。しかし、藤堂さんは目を細めて冷たく言い放つだけだった。
そして、再び視線を僕に戻すと微笑みを浮かべて、結論を促すように小首を傾げる。
──逃げたら、またこの殺人犯は世に放たれる。
それは、絶対に避けなければならないことだ。これ以上犠牲者を出してはいけない。
では、どうするのか。
藤堂さんは、殺すか、それとも逃がすか、その選択を僕に強いている。逃がすことを避けたいのであれば、殺すことしか選べない。
それを、僕に決めさせようとしている。
「殺すなら、勝手に殺せばいいじゃないか⋯⋯」
半ば投げやりになって、小さく呟く。
そうだ、彼女には殺人願望があるのだから。そもそも僕には何ら関係の無い話なのだ。この場面において、僕は部外者でしかない。関わりたくもないし、関わる必要だってない。
「嫌よ。犬飼くん、貴方が決めるの。貴方の『正義』が、この男を殺すことを是とするかを問うているの」
正義。
また、出てきた。前回の流れと一緒だ。何故勝手に実行しない。何故、僕個人の考えを聞いてくる。
是とするか、非とするか。正義。言い換えれば、価値観とでもいうのだろうか。
目の前の男は、明確な悪。そして、その悪を『殺す』ことは、僕の価値観にとって許されるものなのか。殺されるべき、と判断すべきなのか。
「⋯⋯やっぱり、警察に引き渡すべきだよ。それ以外にない。強盗殺人を三件も引き起こしてるんだから、こいつは確実に死刑になる」
「死刑といっても、長い裁判の果てのこと。そして、いつ実行されるかも分からない。これ以上事件が起こらないとしても、この男はそれまで生き続けるわ。それでいいの?」
「それが一番に決まってる。死ぬ、死なないもそうだけど、ここで殺したら警察はそれ以上の捜査ができなくなるじゃないか」
そう、そうだ。きっと公になっていない余罪だってあるに決まっている。それを明らかにして、その上で罰を受ける。それが正しい。それこそが正義だ。
「だから、警察に引き渡そうよ。殺す必要なんてない」
こんなやり取りなんてしたくない。殺人犯の男を前にして、殺人欲求を持った少女とこんな問答なんて真っ平御免だ。しかし、藤堂さんが感情的にならないよう、逃げ出したくなる気持ちを抑えて、出来るだけ落ち着いて話すように心掛ける。
「⋯⋯⋯⋯そう。いいわ、犬飼くんの言う通りにしてあげる。この男は警察に引き渡すことにする」
そう言って、彼女は男に突きつけていたナイフを下ろした。
殺すか、逃がすか、それ以外の選択肢を取ってくれた。その事に安堵の息を零す。僕の言葉が彼女に届いたのだ。
「帰っていいわよ」
淡々と告げられた言葉。やっと僕は解放される。この、地獄のような空間から。緊張の糸が切れて汗がどっと吹き出し、張り付いたシャツの感触が酷く気持ち悪かった。
もう、後は知らない。藤堂さんは約束を破って殺すのかもしれない。けれど、それは僕の知ったことではない。僕には関係の無いことだ。
極度の疲労感でその場に座り込みそうになるのを何とか堪え、彼女に背を向けてこの空間から抜け出すための一歩を踏み出す。
「ねぇ、犬飼くん」
びくり、と体が跳ねた。その言葉の後には録なことが待っていない。直ぐにでも逃げ出したくなるが、体が動かなくなってしまう。
「──法的な罰はね、その罪に対して果たすべき
続く言葉はない。それだけを言いたかったらしい。その言葉の意図するところは、よく分からなかった。
けれど、彼女はきっと笑みを浮かべている。振り返らずとも、それだけははっきりと分かった。
▼
その後、どうやって帰ったかはよく覚えていない。
気づけば、薄暗い自室で毛布を被り、固く目を瞑って両手で耳を塞いでいた。
最後の藤堂さんの言葉が、頭の片隅に微かに
いや、そんなことはどうだっていい。
もう、何も考えたくない。
もう、何にも関わりたくない。
──彼女の言葉の意味を理解
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更新が遅れてしまい、誠に申し訳ありません⋯⋯。
上手く締めていけるように頑張ります。
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