第12話 再び闇の中へ
「いらっしゃい、犬飼くん」
翌日の放課後、僕は藤堂さんの部屋のチャイムを鳴らした。程なくして、ドアが開かれる。
僕の覚悟など結局はほんの小さなものだったと自覚されられた。ナイフ一つで簡単に屈してしまったのだから。
簡単に諦めるつもりはない。けれど。けれど。この場所に来て、きっとまた選択を迫られて、そこで僕は彼女を止められるのだろうか。
「入って」
表情と声色こそ穏やかなものではあるが、そこには有無を言わさない圧力があった。
こくり、と生唾を飲み込む。
やはり室内は、電気が灯されていない。
その闇の中へと、僕は足を踏み入れて行った。
藤堂さんは心なし軽やかな足取りで暗い室内を進んでいく。きっと、この状況を楽しんでいるのだろう。
そして、再び、厳重に鍵の掛けられた扉の前へと案内される。どうやら事前に鍵は開けられていたらしい。
彼女は扉の前に立つと、体ごと僕の方へと向き直りながら脇へとずれ、恭しくドアノブを示す。
「どうぞ?」
僕に開けさせるつもりらしい。くそったれ。どこまでこの女は悪趣味なんだ。
「さぁ、どうぞ?」
動けなくなっている僕に対して、彼女は再び声に圧を込めて言った。ここまで来たら、もう逃げることは叶わない。それに、脅されたとしても、今日ここに来たのは自分の意思でもあるのだから。
僕は意を決して、その扉を開ける。
「⋯⋯なんだよ、これ」
漏れ出た声は、前回と同じ。
部屋の電気がつけられると、そこには前回と同じ光景が広がっていたのだから。
皮脂と汗の入り交じった臭い。半裸の男が頑丈そうな椅子に、猿轡をはれて両手両足を縛られている。前回と違う点といえば、目隠しはされていないこと。気を失っているのか俯いた状態ではあるが、それでも顔は見える。
だからこそ。
そう、だからこそ。
どうしようもなく分かってしまう。現実を突きつけられる。
その人物は、間違いなく指名手配されている連続強盗殺人犯であるということを。
「前回逃がす時にね、GPSを仕込んでおいたの。だから今回は探すのが簡単だったわ」
GPSを取り付けたとはいえ、場所が分かったとはいえ、華奢な体躯の藤堂さんはどうやってこの男をここまで連れてきたというのか。どうやって意識を刈り取ったのか。
幾つかの疑問は湧き出るものの、きっとそれを考えることに意味などないのだろう。きっと彼女には、それは何でもないことなのだろうから。
人の気配で目を覚ましたのか、男は意識を取り戻して血走った目を僕に向ける。そして、視線が移動し、藤堂さんの姿を視界に捉えるなり大きく体を左右に動かす。それに合わせて子の足が大きな音を立てるが、相当しっかりとした造りなのか、それとも結び方が上手いのか、どんなに暴れても椅子が倒れることはない。
男が浮かべているは、はっきりとした恐怖だ。殺人犯が、たった一人の女子高生に恐怖を抱いて逃げようとしている。じたばたと藻掻きながら、必死に彼女から遠ざかろうとしている。
「静かに」
人差し指を唇に当てて発した言葉に、男は動きを止め、静かになった薄暗い室内には男の荒い息だけが響く。
藤堂さんは椅子の背後へと回ると猿轡を解く。あっさりと外れたことから、恐らく結び目の脇をナイフで切ったのだろう。
「殺さなきゃ……殺さなきゃ……殺さなきゃ、俺が、俺が殺される……殺さなきゃ…殺さなきゃ……」
猿轡を外されるなり、顔を俯かせた状態で男はぶつぶつと物騒な呟きを漏らし始めた。
予想など出来るわけもない目の前の光景に、足が竦んで部屋の入口で立ったまま身動き一つ取れなくなる。
「……あっ、あぁ……! ぼ、坊主! 坊主! おおおお俺を助けてくれぇぇぇ!」
やがて男が顔を上げると僕と視線が交わった。何処を見ているのか分からない瞳の焦点がはっきりと僕を捉えるなり、大声を上げる。その迫力に、一歩後ずさってしまった。
「あら、命乞いなんてするの? きっと、貴方が今まで殺してきた相手も同じことをしたでしょう? それで、貴方はどうしたのかしら」
「ひいっ!」
男の背後からナイフが伸び、首筋にそっと当てられる。錆一つない銀の刀身が煌めく。もう片方の手を肩に置いた藤堂さんは、微笑みを崩してはいなかった。
一方、男は情けない声を上げてぴたりと動きを止め、僕へと縋るような視線を向けていた。
「ねぇ」
続く言葉など想像はつく。
「殺してもいい?」
未だに微笑みを崩さない様子に、僕はくらりとよろめいた。
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更新が大幅に遅れて申し訳ありません……。
不定期更新になってしまいそうですが、2月中を目処に必ず終わらせますので。
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