第42話 決着……勝者……

「何か言いたそうだな?」


 皮肉にも魔力がなくなった瞬間、抜けた。力を必要とした時のような支配感がない。

 始めてお目にする、魔剣の刀身。一見目を奪われそうになる色味。

 魔道具な事もあり、一切の錆も刃こぼれすらない。


「貴様にそれが使いこなせるのか?」


 どうだろうな? 多分使いこなせない。

 本来魔剣が纏っている魔力がない、抜けたのは奇跡。

 それでも何の力も#発さないただの剣__・__#。

 頼み綱も失敗に終わったかもしれない。

 だとしても一泡吹かせる。

 左手で握っている鞘をユウナさんに渡す。


「え? これを。ど、どうすれば?」

「守り代わりに持ってて下さい。元々はこの魔剣を収める物です、何かしらの力はある筈です」


 こうでも言わないと、きっとユウナさんは納得しない。

 もしかしたらこれはオレではなく、ユウナさんが扱えるかもしれない。

 だけど、彼女に魔人殺し、生物を殺す業は背負わせない。

 手を汚すのはオレだけでいい。


「抜けたから何だ? 調子に乗るなよ無能風情が!!」


 無能、無能、うるさいなぁ、確かにヒュウガにいた頃は無能だったさ! それでも今は違う。

 ユウナさんと出会い、一緒に居って変われた。

 あの時の判断は正しかった。だからこそ命に代えても守り抜く。

 柄を強く握る、魔剣が一瞬光ったような気がした。


「焔鳥!」


 リグは魔法を放つ、そしていつ回復したのか分からないが、傷が塞がっている。

 だが、体の節々から血を流している。

 全快って訳ではない、少しの進歩だ。

 向かってくる炎を媒体にした鳥。

 流石に火の魔力を持つ、リグの方が断然に精度が高い。

 頼むよ魔剣、上段から斬撃を落とし、意図も簡単に焔鳥を切り裂いた。

 よし! あっちは火、炎魔法の精度は確かに高い。でもこっちも剣としてかなりの精度に硬度だ。

 地を蹴り、速度を上げてリグとの距離を詰める。


「魔法が駄目ならば体術だよ」


 リグは右拳を繰り出す。


「なぁ勘違いするなよ? 体術ならばこっちが十八番だ!」


 剣一閃し、右腕斬り飛ばす。赤黒い血が刀身に付く。血を払い、一歩、一歩と近付く。

 全然動ける、何ならばロングソードより軽い。それに剣技が身に付いてる。

 風紀員長がくれたロングソード、その成果が今確実に出てる。

 リグは後方へ徐々に下がる。今完全に押してる。

 本当にそうか? 脳裏に声が聞こえる。

 ッ!! 確かにここまで出来過ぎている。

 それでも今攻め切るしかない! 魔力はゼロになった今! これで仕留めるしかない。


「焦ったな? 黒炎」


 一歩踏み込んだ、その時。もう既にリグは懐に潜り、かつて見た黒い炎を手に宿してた。

 防ぐ反応も出来ず、喰らってしまった。見事というしかないカウンター。

 リグの手が腹部を貫く、これも二回目だ、腹を貫かれるのも。

 結局何をしてもリグが一枚上、流石に心折れそうになる。

 不思議な事に痛みを一切感じない、黒い炎で体を蝕まれている。それでも一切の痛みを感じない。

 オレの意識は暗闇に覆われ、消える。


        ◇

 視界が真っ暗の暗闇に包みこまれてる。

 自然と自分がどうなったか、考えようとしていない。

 理由は考えずとも分かる。もう実感が持ててるからだ。

 オレは死んだ。ユウナさんを守り切れず、無念の死。

 それなのにオレを、呼ぶ声が何度も聞こえる。


「起きてクロ君!!」


 呼ばれたからには行かないとな、オレの意識が暗闇から晴れた。

 何か口に柔らかいのが当たっている。鼻腔に柑橘系の匂いが通る。

 ゆっくりと目を開けると、オレの前にユウナ=リステリがいる。

 しかも彼女はオレにキスをしていた。

 一体どういう事だ? 頭が追いつかなかった。

 リグは!! と思い横目で探すと、ヴァニタスの魔導書が顕現し、鎖でリグを捕縛していた。

 やがてオレの口から彼女が離れる。


「私が君の力の全てを発揮させる!」


 言葉の真意は分からない。

 ユウナさんが光り始める。白銀から白金色に変化し、優しい笑みを浮かべ、再びキスをされる。

 力がみなぎる、今までに感じた事がない程の力。

 一体何が起きている?


「『禁羅支配ヴァルナノヴァ』を勝手に使うな!!」


 鎖に巻かれているリグが雄叫びを上げる。


「それは魔導王様の為に使え! そんな無能風情に使っていい代物ではない」


 禁羅支配、ユウナさんの中に眠っている魔帝の力。

 ユウナさんから白金の光りが消える。

 それとほぼ同時にユウナさんが離れる。

 緊張と恥ずかしさが切れたのか、ユウナ=リステリは目を回し気絶する。

 魔剣を床に刺し立て、ユウナさんを階段付近に運ぶ。

 羽織っているローブを脱ぎ、ユウナさんに掛ける。


「どうやらオレは簡単に死ねないようだ」


 踵を返し魔剣を抜き、リグの方に向かう。空いてる片手でヴァニタスの魔導書を手に取る。

 鎖を引っ張り、リグの顔面に強烈な蹴りが入る。


「てめぇしぶといな!」


 やはり蹴り如きでは怯まないか。持っている鎖を離す。

 次の瞬間、鎖が弾け飛ぶ。怒り心頭のリグが魔力を全開にし来る。


「なぁそろそろ死んでくれよ。ヒュウガ史上最悪の出来損ない」

「まだヒュウガと思ってくれてたのか、嬉しい事だ」


 リグの魔力を纏った拳が目の前で止まる。前もこんな事合ったなと思い出す。

 リグは驚愕の表情を浮かべている。それはそうだろうな。

 自分の拳がまるで何かに、阻まれていように止まっている。


「どうした? オレに攻撃が当たってないぞ?」


 一歩下がり際に蹴りを叩き込む。攻撃自体はもうリグには通用しない。

 それでも一瞬の隙は作れた、ヴァニタスの魔導書が開き、黒い八芒星の魔法陣が展開される。

 もし魔法陣に腕を伸ばせば、ドルグアが持っていた魔剣を取り出せる。

 実際は違うかもしれない、けれど、謎の確信が持ってている。

 ヴァニタスの魔導書を手放す、床に落ちる事がなく、宙に浮いた状態。


「なんで本が宙に浮いてるんだよ!」


 蹴りを喰らって怯んだリグは叫ぶ。確かに驚きの光景。

 でも不思議じゃないだろ? もう今現在進行系で色々と不思議な事は起きてる。


「魔人、魔帝、魔帝の剣。色々と摩訶不思議な物は揃っている。本が浮くくらい大した問題ではないだろ?」


 リグは苦虫を潰したような顔をする。オレはヴァニタスの魔導書が、浮く事自体に確信は持っていた。

 リグに攻撃されたあの時、確実にオレは気絶をしていた、それかドルグアの時と一緒で死んだ。

 まるで同じように、ヴァニタスの魔導書は顕現した。

 しかも魔導書自体に巻かれている鎖、それでリグを拘束した。

 自然と魔導書に自我があると、考えるの筋。


「なぁリグ、お前はヒュウガの中で優秀だった。けれど今も優秀か?」

「何が言いたい! オレ様は昔も今もこれから先も優秀だ!」

「その慢心がお前の敗因だ、覚悟しろ。貴様は知っているか? 真帝オウの剣の真名」


 右手に握っている魔剣を左手に移し替え、黒い魔法陣に突き刺す。


「な、何が真名だ!! オレ様の敗因? つけ上がるなぁよ無能!!」


 つけ上がる? 笑わせるなよ、こちとらもう腸が煮え返りそう何だよ! 怒りを剣に乗せろ。

 自分の大切な人たちを傷つけられ、ましては道具扱い、調子に乗るのも大概にしろ。


「時は満ちた。今ここに真名を露わにしろ。魔導剣メビウス」


 魔法陣から剣を引き抜くと、先程の白銀の刀身──刃と違い、赤黒い刀身。


「なんだその威圧感は!! それが本来の魔帝の剣……」

「知っているか? 魔帝に愛された剣は幾つ物の姿、力になり得る。一振りを振れば無限の魔法を放ち、もう一振りで全てを切断する刃。お前は無限の刃に斬られる覚悟はあるか?」


 場の空気が変わり緊張が走る。

 そんな中、オレはユウナさんに言われた魔帝の剣を思い出していた。

「魔帝の剣には真名がある、それは未だに明かされてはいない。でももし明らかになった時、剣の真の力が発揮する。世界の理を斬り、無限の魔法を放てる。最強の剣」


「かつて無限の魔力と魔法を使える魔導士が存在した。出世、死因、何をしたかも不明。それでも自らの力を一つの剣に封印し、魔帝に渡した」

「まさかそれが魔帝に愛された魔剣の由来か!?」


 オレは何も発さない、肯定や否定、どっちに捉えられても構わない。

 実際どうなのかは分からない。ただ、頭の中に流れて来た。

 無限を司る魔導士の力に、魔帝の力が秘められ封印された。


「そろそろ終わらせようか」


 次の刹那、リグが疾走する、オレに向かうではなく、ユウナさんの方向に走り出す。

 今、この瞬間で勝てないと判断した、だから剣を諦め、ユウナさんだけでも連れて行く。

 そんな勝手許される訳がない。

 天鎖。

 右手から鎖が現れ、リグを捕縛する。


「なっ!! くっそこの鎖解けない!」

「無能、無能って煽った癖に逃げるんだなぁ」

「戦略撤退だ! お前はソロモンの連中同様に殺してやるよ」

「つまりそれって、オレに勝てないから逃げる。負け犬の遠吠えか」


 リグの顔が真っ赤になる、こいつは煽り耐性がゼロ。煽れば煽れる程、単調になり激怒する。

 鎖を解こうと暴れる、だが一切解けない。

 解ける訳がない、それは魔導剣ソロモンの力。お前程度では解けない。

 右腕を引っ張り、扉目掛けて腕を振る。

 扉にリグは衝突する。

 鎖を手放す、と同時に鎖は消える。


「お前如きに負けねぇぞ!! 炎虎」


 オレが放った水虎に似ている。見た所、リグの切り札か。


「オレ様の炎虎は誰も破った事がない! お前の息の根も噛み潰す!」


 勝ったと思う奴は必ず、確信の笑みを浮かべる。

 リグの炎虎は今までの魔法の中で、高威力、高精度。


「白帝の怒りで滅びろ!  白帝ノ怒ハクド


 魔導剣を一振りする、次の瞬間、剣を振った場所に、白いエネルギー弾が現れ放たれる。

 音もする事なく、炎虎、リグを貫く。

 頑丈な扉も大破した。

 白帝ノ怒、魔導剣から放出される魔力を、収束させ、仮想の質量を生み出す。

 魔導剣の斬撃と共に放たれる魔法。

 仮想の質量は魔力量で威力が決まる、無限の魔力を持つ魔導剣からの一撃。

 避ける事も防ぐ事すらできない。

 元々、フォスト戦に用意したオレの切り札。それを応用し最強の一撃魔法に造り変えた。


「なぁ……クロ、オレ様は弱いか?」


 縋るようにリグがオレに問う。何も答えず、リグの元に歩み寄る。

 魔人としての生命力は高かった。しかし今の一撃を喰らい、再生が止まっている。

 ひたすら赤黒い血が流れぱなっし、もう命が長くない。


「お前は優秀な弟だった。だが自分の強さに慢心し、オレの大切な人を傷つけた。それがお前の敗因だ。いや魔人になった時から決まっていただろう」

「これは手厳しい、何処からオレ様の人生は可笑しくなったのか」


 そんなのオレが知る訳がない、と、冷たくする事ができなかった。

 恨み、憎しみ、殺し合った。それでも血を分けた弟。最後まで冷たくできない。


「最後に言い残す言葉はあるか?」

「もしお前に魔帝の力を早く見出せてたら、ヒュウガでの扱いも違っただろうに……」

「悪いなぁ、オレは心底ヒュウガの人間が大嫌いだ。どっちにしろ関係を絶っていた」

「フフ、そう、だろうな、魔導王様は最強だぞ? お前に勝てるか?」

「さぁな? ただオレは自分の主人を守るだけさ。あの人の邪魔をする者が誰だろうと倒す」

「そうか、いい答えが聞けた。さようならだ……兄さん」


 その最後の言葉を皮切りに、リグ=ヒュウガは永い眠りについた。

       ◇

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