第36話 魔帝の面影
「お嬢様を……助けにいかないと」
「駄目だ、クロお前は大人しく治療を受けろ。自分の容態くらい把握しろ」
言わなれなくてもそんな事くらい、分かっている。
魔人の最後の一撃で、ボクの体はもうボロボロだ。
生きている事が奇跡な程に損傷している。それでも黙って見過ごせる訳がない。
「もう一度言うぞ、大人しくしろ」
風紀員長の言葉に怒気が混ざっている。貴女が本気で、心配しているのは伝わっている。体を少し動かすだけで骨が軋む。
この状態で魔人と戦ったら確実に死ぬ。
風紀員長はきっとその事を見抜いてる。
「どうやら親切心を無駄にする気だな。風紀員の名の元に拘束する」
「やれるもんならばやってみろ! ボクはあんたを倒してでも助けにいく」
「クロ私からも言うけど、やめときな死ぬよ」
リリィ先輩は残酷に事実を突き付ける。
分かっている、分かっている、だったらお嬢様を見殺しにしろてか? そんな事するくらいならば、死んだ方がましだ。
ボクは足下をフラつかせながらも、魔技場の外に向かう。
「何故そこまでして早死ぬ事を選ぶ?」
背後からの言葉、自然と足が止まる、体を回転させ、風紀員長に近付く。
腕を伸ばし胸ぐらを掴む。
「だったらユウナさんを見捨てろってか!! そんな事するくらいならば死んだ方がましだ!」
次の瞬間、頬に鋭い痛みが走ると同時に、体が宙に浮き、柱に直撃する。
柱に当たった衝撃で背中に痛みが走る。
口からも血が流れ始めた。
一連の動きに理解が追いつかない。
「お前が死んでユウナが喜ぶと思っているのか!!」
風紀員長の激情、ここで始めてボクは殴り飛ばされた事に気付いた。
きっと喜ばない、逆に負い目を感じさせる事になるだろう。
頭の中で理解はできている。それでもボクの心は拒絶をする。
「だったら見殺しにしろてか! 相手は魔人だぞ? 最悪の場合、殺されても可笑しくない! ボクはあの人の執事だ」
「図に乗るのも大概にしろよクソガキ! 世の中を何も知らない奴がでしゃばるな」
あぁそうだよ! ボクはまだ何もしらないクソガキだ。
だけどなぁあの人の執事な事は事実、ボクは最強になってあの人の右腕になると誓った。
こんな所で止まってはいられない。
「二人共! こんな所で争っている場合? まずは学園の安全を最優先」
「リリィごめん。少しクロと二人にして、すぐに合流するから」
「……分かった。無茶はしないでね。貴女は最後の砦なんだから」
リリィ先輩は足早に去っていく、今この場にはボクと風紀員長。
風紀員長はボクに近付く、攻撃をされるかもしれない。
前に体を出し、次の動きに備える。
本当風紀員長の攻撃は重いし、信じられないくらい速い。
柱にぶつかってようやく気付いた。
「クロ殴られてどうだ? 頭は冷えたか?」
「逆に体中の骨が軋んでる、止めをさす為に残ったんですか?」
魔人とやる前に風紀員長に殺される。
徐々に歩みを進め、こっちに来る。
体が重い、自分の思うように動かない。
「そんなに警戒をするなよ。少しわっちと喋ろう」
「断る。ボクは今すぐにでも向かう」
「そんな体でよく言うね。どうしてそこまでしてユウナを助けたい? やはりリステリの名声か?」
「違う! ボクはあの人に救われた。このどうしようもない人生に光をくれた」
「都合するだけにしてはいい解釈だな。わっちは君に期待していると同時に嫌悪感を抱いている」
さっきまで笑顔だった、風紀員長の表情が一変する。
ボクを貶す目、久しぶりにこんな目で見られた、ボクは何か言う事なく、次の言葉を待っている。
「ユウナから色々と話しを聞いてた。最強を志し、ユウナの為に頑張る。いい心意気だ。でもそれ全て自分の為だろ?」
だんだんと風紀員の長は口調は荒くなる。視線も鋭くなる。
「お前はユウナに依存しているに過ぎない。執事という役職を得て、自分の居場所、存在意義を欲してる弱虫」
風紀員長の言葉に反論ができなかった。
違うと否定するのが正解だ、だけど、ボクは一切できなかった。
別に言葉を肯定している訳ではない、ただ、自分──クロとして、あの人の傍にいる理由が分からなくなっている。
「お前は根本的にユウナを利用しているに過ぎない」
「違う! ボクはあの人を利用しようなんて思ってない」
「だったら何だよ! お前がユウナを助ける意味は何だ? 答えてみろ」
胸ぐらを掴まれ、風紀員長は怒声を上げる。
いつものおちゃらけとは違い、真剣な眼差しに言葉、ユウナさんを本当に大事にしているんだな。
それに比べてボクは一体何だ? なんであの人を守ろうとする? 助けたい? 思考を巡らせ考える、ひたすらに考える。
すぐには答えはでなかった。
「クロそれが貴様の答えなんだ」
風紀員長は手を離す、ボクは地面に尻もちをつく、これが本当に答えなのか? 胸がモヤモヤする。
刹那、ボクの脳裏にユウナさんとの会話、日常が浮かんでくる。
あぁそうか、理由なんかいらない。
「風紀員長ボクは向かいます」
「だからなぁ! お前にユウナを助ける資格が……もう一度問おう」
「理由なんかないです。いや違う、理由なんて言葉で表せない」
ボクは風紀員長の言葉を遮って言う、ボクが出した答え、この人が納得するどうかなんて関係ない。
ボクはボクとしてユウナさんと一緒にいたい、あの人の執事として見守りたい。
そして守れるだけの強さが欲しい。
この時、ボクは最強に拘るのをやめた。
「クロお前って治癒魔法を使えるのか?」
「はい? 考えた事ないですね。多分使えません」
「だったらなんで体が完治している?」
その言葉を聞き、ボクは自分の体を触る、すると、さっきまで合った傷、痛みがない事に気付く。
一体何が起きている? さっきまで瀕死の肉体だった、それなのに今ほぼ完治している。
この時、ボクの頭にある出来事が、映像のように流れる。
ユウナさんが怪我して帰ってきた時、いつの間にか怪我が治っていた。
状況が少し似ている、この場には執事長はいない。
必然的にあの時、ユウナさんの怪我を治したのはボク、一つ問題を上げるならばどうやって回復した?
「無意識下の治癒魔法」
無意識下の治癒? 確かにそれしかない。それ以上に説明ができない。
「わっちでもできない高度な魔法。唯一できるのはユウナくらいだ」
「できそうですねあの人ならば、それではボクは向かいます」
「待て、向かう手段がまずないだろ? それにまず場所分かるのか?」
盲点だった、助ける事ばっかり頭にいってたから、向かう手段がない。
場所に関しては、魔人とユウナさんの魔力の残影を追えばいい。
問題は風紀員長も言っている移動手段。
「場所に関しては何とかなります。問題は移動手段」
「それならばこいつを貸してやる」
パチンと鳴ると、上空から獣の咆哮と共に、両翼の翼に尻尾、全身を覆うような鱗、一見それはドラゴンに見える。
だけど実際が違う。
「ワイバーン!?」
ドラゴンと同じ種族であり、唯一人間と共存ができている竜種。
使い魔としては人気で強い、けれどその反面、実力の高い魔法師しか使役できない。
まさか風紀員長が使い魔として、ワイバーンを使役しているとは思わなかった。
でもこの人ならば不思議ではない。
問題はボクがワイバーンを操れるかだ。
「グゥゥゥゥルルルル」
「そう騒ぐなワイバーン」
ワイバーンは明らか様に警戒をしている。このままでは魔人を追いかけられない。
自分の主人以外に、力を貸したくないんだろ? お前の気持ちは充分分かる。
でも今ボクにはお前の力が必要だ! 次の瞬間、ワイバーンはボクに近付き、頭を下げる。
腕を伸ばし頭に触れる、すると、ワイバーンはボクの体に頭を擦りつけてくる。
「あのワイバーンは簡単に懐くなんて‥…」
ボクも内心驚いているよ、ワイバーンは人懐こくない、決して簡単に手懐ける事はできない。
もしできるとしても相当な実力者。
いや今はそんな事どうでもいい。
「ワイバーン。ボクに力を貸してくれ」
「グゥゥゥル」
気持ちワイバーンが頷いた気がする。
多分気のせいなんだろうけどな、ワイバーンは背を向ける。
乗れって事か、ボクはジャンプしてワイバーンの背中に乗り移る。
「クロわっちのワイバーンを借りるんだ、絶対にユウナを連れ戻して来い!」
「死んでもユウナさんを助け出します」
「ばーか、二人で戻って来い、歓迎してやるから、それにフォストをぶっ飛ばすんだろ?」
コクリと頷く、まずはユウナさんを助け出さなければ、何事も始まらない。
「頼むぞ、ワイバーン!」
ボクの言葉に応えるかのように、物凄い咆哮を上げる。
ワイバーンは両翼を大きく広げ、羽ばたかせる。
空に浮いている、ボクは少し感動を覚えてしまった。
本当にあのワイバーンの背中に乗っている! 感動に浸る暇はない。
今この時間でユウナさんが、傷ついてるかもしれない。
「それではボク……オレは向かいます」
「あぁ行って来い」
ボクは軽くワイバーンを叩く、反応するかのように上に向かっていく。
ユウナさん待っていて下さい!
「行っちゃったねクロ」
「ん? リリィか、合流するって言っただろ?」
「ごめんごめん。私も少し見たくてね。新しい王をね」
「王か……わっちはあやつ魔帝の面影を感じた。何百年──#何千年振りに剣が抜かれる__・__#」
◇
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