第25話 信じられない光景

 …………ボクは、始めて生物を殺した。

 家畜とも魔物とも違い、人間に近い、魔人を刺殺した。

 右手に持っている魔剣を伝って、血が垂れてくる。まるで水が流れてくるようだ。

 鼻腔には血の匂いが突き刺さる。思わず口を抑えたくなる程の強烈な匂い。

 でもボクは口を抑える事ができなかった。

 左腕をユウナが強く抱きしめているから、これは完全にボクのミス。

 ユウナさんの前で魔人を、殺すべきではなかった。

 ユウナさんは嗚咽混じりに泣き、顔がぐしゃぐしゃになるまで、泣き崩れている。

 ボクはなんて──最低な事をしたんだろう。


「クロ、ユウナ」


 静寂いや虚無となっていた空間に、風紀員長の哀愁を漂わせる声音。

 自然とボクらは声の方に向く。

 風紀員長は半壊している外から、こっちを凝視している。

 空に浮いている事に驚く……けれど、今はそんな感情になれない。

 風紀員長は、クラスの半壊している場所に、着地する。ピンク髪の女性が風紀員長の腕にしがみ付いてた。


「取り敢えず、グルーズ、セイヤ、他の生徒を避難させろ。クロとユウナはここに居座れ」


 風紀員長は来るなり、他の風紀員に流れるように指示を出す。

 ボクとユウナさんは指示とか、関係なしに動けなかった。

 動きたくても動けない。ピンク髪の女性はこっちに来ると、ボクからユウナさんを引き離した。

 体が少し軽くなった、気持ちとして逆に重たくなった。

 魔剣をゆっくりと引き抜くと、魔人はその場に倒れ込む。

 魔剣の黒曜石のような黒い刀身に、べったりと赤い血が染まっている。


「クロ。君が魔人を倒したんだな」

「そうですよ……ボクが魔人を殺した」

「あまり気を落とすな。魔人と殺り合って生きている方が奇跡だ」


 風紀員長は必死で慰めてくる。その言葉一つ、一つは正しいのかもしれない。

 でも、今のボクとしては受け入れれない。

 この手で始めて生物を殺した、魔人を倒す、ましては殺せば賞賛はされるだろう。

 賞賛は評価にも繋がり、喜ぶ所だろ、それは普通の場合。

 ボクはできる事であれば、殺しをしたくはなかった。

 しかもユウナさんの前では、絶対にしたくなかった。


「クロ、取り敢えずその魔剣を渡せ」

「魔剣? あぁどうぞ」


 風紀員長は手を差し出したから、魔剣を渡そうとした、だがその時!! ズボンのポケットから魔力が溢れだす。

 この感じに身に覚えがある! 昇格戦の時と一緒。

 ポケットから小さく収束された、鎖がついてる本が上空に浮く。

 本は大きくなり、ボクの左手に収まる。

 なんでこれが出てきた? 今は特に魔力を出していない。


「お、おぉぉま!? なんでそれを君が持っている!?」

「はい?」


 風紀員長は左手にある黒い本、それを見て深く動揺している。まるでこの本を知っているようだ。

 黒い本は相変わらず、魔力を漂わせている。

 これが一体、今何の為に出てきたのか、分からない。多分、何か意味があるのだろう。と考えていた時、本の鎖が魔剣に巻き付く。


「「えっ!?」」


 ボクと風紀員長は二人で腑抜けた声が出た。鎖に魔剣が引っ張られ、やがて魔剣は本に吸収された。


「……はぁ!? え、今魔剣が本に!?」


 今の光景に驚愕をし、慌て踏めていると、風紀員長は遠い目をしていた。

 その目には絶望のような物が見えた、気がする。

 前と違い、本は収束せずにボクの手に収まったまま。

 まじでこの本、一体何なんだよ? 急には現れるし、魔剣を飲み込むし、意味が分からない。


「クロ、お前は本当に何者だ?」

「何者と言われても」


 何者? そんなのはこっちが聞きたいくらいだ! 魔力ゼロと言われたのに、実際は魔力があり、魔帝の力と言われてボクもよく分からない。


「はぁー、お前らちょっと来い!」


 風紀員長はボクとユウナさんを掴み、半壊している場所に向かう。

 まさか! ボクに背中に悪寒が走った。

 それは見事に命中するように、ボクらを連れ、飛び降りた。

 ユウナさんは絶叫し、ボクは覚悟を決め、目を瞑る。

 落下の衝撃は一切ない、それより、何か柔らかいのに包まれている。

 クッションのような柔らかさ。

 ゆっくりと目を開けると、そこには見覚えがある。

 相変わらずの魔力量に、貫禄のある姿。

 ボクたちの目の前には、理事長がいる。

 自然とここが理事長室なのが分かる。


「おいアルトリア、ノック以前に許可なしで来るな」

「そんな事より一大事なんですよ! 理事長聞いて下さい!」

 はぁ──お前後で自分が開けた穴を直せよ」


 その一言に風紀員長は目を逸らした。すると間髪入れずに理事長の一言。

「おい絶対直せよ!」

 風紀員長は渋々、頷いていた。理事長の顔が少し怪訝そうだった。


「それでお前が言う一大事ってなんだ? 魔人の事か? それならばもう既に話題にある」


 理事長は作業をしながら適当にあしらう。その事実に風紀員長は少し怒気を纏っている。


「クロの持っている本に魔剣が吸収されました」


 理事長の手は止まり、手に持っていた魔導書と、思われしき物は落ちる。

 理事長は頭を抑え、聞き直してきた。風紀員長はちょっと、不適な笑みを浮かん淡々と言う。


「クロが持っている黒い本に、魔剣が吸収されました」


 すると理事長は深く溜め息を吐く。

 そして信じられない物を見るかのように、ボクを見てくる。少し心苦しくなった。

 けれど、ボクにも今の状況は理解し難い物。

 次の瞬間、理事長から号令が入る。


「他の風紀員を全員集めろ。緊急会議を始める。アルトリア、お前はクロたちに説明をしろ」


 次に風紀員長の号令。


「各風紀員に次ぐ、今すぐに理事長室に集合」

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