第10話
明と洋子が、明の父親の見舞いから帰ってきたその日の夜に、二人で缶ビールを呑みながら
「洋子さん、入籍はいつにします?」
「そうねぇ、11月22日。いい夫婦の日にしようか」
「じゃあ、結婚式は?」
「しなくていいよ。明君もする気ないでしょ」
「はい、洋子さんさえよければ。うちの親父には、洋子さんを紹介できたんで、次は洋子さんの番ですね」
「うちはいいよ」
テレビは、明日の天気予報を流している。
「何故ですか。僕の方だけでは』
「私は、高校卒業して家を飛び出したままで、親がどうなったかなんて、興味ないの」
目をパチクリしている明に
「いいったら、いいの」
「そうですか。それじゃあ、洋子さんの親の話しは、もうしないようにします」
「そうして」
(あんまりしつこく言うと、洋子さんを怒らしてしまうからやめとこ。ここは気分を変えるのがいちばん)
「そうや、洋子さん。空手に、そして親父の見舞いにと、疲れているでしょう。僕がマッサージしますよ」
「えっ、明君ってそんな特技あったの?」
「まぁ、とりあえず寝てください」
「うん」
洋子がうつ伏せになると、明はアキレス腱から腰に向けて、親指で指圧をしたり、親指に力を入れて擦ったりしていく。
「痛いわ」
と洋子が言うと、力加減を弱くしたりして、首筋まで念入りにしてやった。マッサージの最中に、洋子の髪の香りが、明の脳髄を激しく刺激する。すると、明の息子がムクムクと起き上がってくるのと共に、明は洋子のオッパイに手を伸ばそうとすると、それに洋子が気付いたのか
「明君って、マッサージ上手ね」
洋子が、起き上がって明に顔を向けたので、明は自分の魂胆が洋子に知られたみたいで、罰悪そうに目をパチクリさせて
「自分がマッサージをしてもらったら、わかってきますよ。子供の時から空手をしてるといろいろな所に疲れが出てくるんで、たまにはマッサージをしてもらってるんです」
「いいわ。何だか疲れが取れたみたい」
洋子は首を捻ったり、腕を廻したりして言った。
「けど、他のひとにはマッサージをしてなかったでしょうね。特に女のひととか」
明は、目をパチクリして顔の前で手を振りながら
「何、言ってるんですか。初めてですよ、ひとにマッサージしたの」
「そう、それならいいんだけど」
「洋子さんも、空手を始めたでしょ。慣れない動きでお疲れかなと思って」
「ありがとう」
洋子が空手を習い始めてから、女性の生徒が少しずつ増え始めた。師範は
「明の奥さんのお陰かな」
「えっ」
「女性っていうのは、やっぱり男ばかりの中で空手を習うのに、躊躇するとこがあると思うんやけど、誰か女性が習っていると、私もやれるんかなと思うもんや。ましてや、空手やからな。それに明の奥さん、その女性らに、ワンポイントレッスンを、してくれてるみたいやし」
(そういえば)
明が見ていても、習っている子供らの父兄に洋子が、蹴りとかを説明しているところを見たことがあった。その事を洋子に聞くと
「明君に教えてもらったことを、私なりに話してるだけよ」
「ふーん」
「例えば、高く蹴ろうと意識し過ぎて頑張るけど、頭が高くなってしまったり、その蹴った時の膝は、次にすぐ蹴るために膝は落としてはいけないとか、揚げ受けで、頭の上で突きを受ける時の拳は、握り拳ひとつくらい身体から空けるくらいで、それ以上に身体から放してしまうと、受けが弱くなってしまうとか、そんなところ」
明は、洋子に感心してしまった。
「すごいな。僕や師範は、子供らにはまだ理解できないと思って、説明してないんですけど、大人は説明すれはわかってくれますもんね。わかってても、身体はなかなか動いてくれないけれど」
「子供は、理解させるよりも、身体を動かさせることでしょ。けど、大人は何故、それをするのか、説明しないと」
「へぇー」
「明君の、マッサージへのお礼よ」
と、洋子が明にウインクをしてみせた。けれど明は
(絶対に洋子さんは、何か僕に要求してくるに決まってる)
と、思っている。
(まっ、いいか)
「それでは、集合してください」
と明が声を掛けると、初心者があつまりだした。が、洋子は整列させるのも上手く10人程の女性が。空手道着を着ているひとや、ジャージ姿のひとなど、まちまちだ。いつも習いに来る子供の親がほとんどだが。これは更衣室での洋子の、話しのたまものだろう。
そう言えば、先日
「ひとりで習うより、沢山で習うほうが楽しいよね」
と、洋子が言ってたのを、明は 思い出した。
(その理由は、つまりこれか)
初めて明は、納得した。
師範への挨拶をしてから、明の空手の指導が始まった。まずは、その場基本から
「まずは突きですが、拳の握り方は」
と明が言うと、洋子が横で実践してみせる。
「蹴りは、引き足を意識してください。これは、突きの時の引き手と同じです」
子供と違い、お母さん方は真剣に聞いている。自分の子供に教えるためでもあるんだろうと思われる。
「次は受けです。これも引き手が大事です。人間というのは上手くできていて、常に両手を使わなければならないんですよね」
そこで、すかさず洋子が
「先生、それじゃあ、パラリンピック選手の、片腕のひとなんか、たいへんですよね。引き手を使えないんで」
明は、目をパチクリさせて
「そうなんですよ。そこのところは、僕も聞いてみたいと思ってるんですが、中々そういう機会がないもので」
お母さん方は、皆一様に頷いている。
「皆さん、空手はただ相手を攻撃するだけのものではなく、皆さんの護身術にもなり、健康な身体を維持する、日々の運動にもなっているんです。例えば年配の方なら、五十肩の予防にも役立ち、肩甲骨を使う事により、美乳になると言うことまで、言われてます」
洋子は、思わずバストを押さえ、他のお母さん方は
「へぇー」
と。明の視線に、洋子も頷いて
「さぁ、それでは次のステップを教えてもらいましょう」
「はい」
「先生、お願いします」
「それでは次は、移動基本ですね。前屈立ちになって、頭の高さを変えずに半円を描くように足を移動させます」
と、明は実践してみせ
「その時、床と足のあいだに新聞紙があるような感じで」
洋子もやってみるが、これがとても難しい。
「足の幅は肩幅くらいで、人それぞれ身長差はありますが、前後80㎝くらいを意識してください」
それを明が実践してみせるが、お母さん方の悪戦苦闘が。自分で確認するために、自分の足元を見るお母さんがいるが
「はい、下を見ないでください。前傾姿勢になりますし、癖になります。下に敵はいませんからね」
しばらくしてから、明が
「はーい皆さん。それでは今日は、これくらいにしたいと思います。けど、子供らの練習風景をを見ていて、何でそれくらいできないのかって、思ってませんでしたか。いざ自分がやってみると大変だと言うことがわかっただけでも、すごいことなんです。今日、家に帰って、子供らを褒めてやってください。それと、お風呂に入ってよくストレッチをしてくださいね。普段使ってない館肉を使いましたんで。お疲れ様でした」
洋子を始めお母さん方は、明に頭を下げて子供らと一緒に帰っていった。
道場の帰りに、洋子が
「明君、上手いわね」
「何がですか」
「いやぁ、最後のコメント。あれは親にとってきつい一言であって、子供らにとっては、とても嬉しい一言よ」
「あー、あれですか。僕が子供らに教えてちると、そんな事もできないのって、やじをとばす親が、必ずいるんですよ。おまえも、やれるもんならやってみろと。そこの所を、わかってもらいたいと思って。けど、洋子さんのお陰ですよ」
「何が」
夏の夕暮れ、とても遅くまだほのかに明るい。
「師範とも話してたんですが、洋子さんが空手を習い出してから、子供らの親も空手を習い始めたし、初心者も来やすくなったって」
「へぇー、そんなもんかな」
洋子は、まんざらでもないみたいだ。信号待ちをしながら明は、洋子の顔を見上げて
「何をサービスしたらいいですか」
「そうねー、マッサージ」
「はいはい」
信号が青になって、歩きだす時、明は洋子の手を握って。二人は手を繋いで帰宅した。玄関に入ってすぐ、靴を脱ぎながら
「えい」
と洋子が振り返りざま、中段突きを明に見舞うと、すぐ明に受けられてしまい、洋子は
「さすが、空手三段」
「あのですね」
「へへっ。明君は、道場でお母さん方に人気者よ。妬けちゃうわ」
明は、目をパチクリして
「何を言ってるんですか。僕が洋子さん一筋なのを知ってるくせに」
「冗談よ、冗談」
と、洋子が言っても明は、心外だとばかりに頬をふくらませていた。
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