第7話 一人目のヴァンパイア 2

「どう見えるのかな。怖い?」

「ええっと……」

「新井さん。以知子さんと呼んでもいいかな。きみ、何人くらいハントしてきたの?」

そういうことだよね、と言い、城山は生き生きとしている。

「あの、どちらの質問から答えれば良いでしょうか?」

「じゃあ、僕のことどう見える?」

「そ、そうですね……怖いというより、お若いなあって……」

「あはは。はい、じゃあ何人ハントしてきたんですか?」

城山は身を乗り出して、マイクを差し出すような素振りをした。

「三人です」

「三人、か。まだ新米かな?君を狙った連中は見る目が全然無いね?すっごく正直で真面目じゃないか。だからこそ狙ってみたのかな。馬鹿だね」


馬鹿だね……と城山はまた繰り返した。すると目に涙を湛えた。以知子は一寸ちょっとおどろいた。

「あ、ごめん……すぐ涙出てくるの。気にしないで」

アンティーク・ショップの今井は城山が涙もろいと言っていたが、以知子はここまでとは思っていなかった。

「ごめんごめん。今井さんが紹介してくれて、しかも僕のことも知っている人って、とっても珍しいことなの。だからつい……ね」


あ~駄目駄目、と城山はひとりで片付ける。

「お仕事の話だよね。君は何ていうかな……決まりでいいよね。うん、決まり。バッハのシャコンヌなら、僕レコード持ってるよ。空いた時間があれば一緒に聴こう」

「ええっと……決まり、ですか?」

「はい。履歴書も拝見しました。特に問題ありません。」

はあっと城山はソファに体を預けると、惚けたような表情になってしばらく黙った。

と思うと前のめりになり、身を屈めてまた話し始めた。


「来月から来てくれるんだよね。」

「はい。来ます」

「どうしようかな。僕、合唱部の副顧問でね。様子見がてらピアノをたまに弾いているんだ。以知子さんが来るなら僕も春休み来ようかな?」

「ええっと……」

「よし、行くことにしよう。そうしたら以知子さん、そのとき合唱部の練習に来てくれる?彼女たちの歌声、とっても素敵だから気に入ると思うよ。」

「はい、分かりました」

「……君、真面目ってよく言われない?僕もね、たまに飲みに行くんだけど君みたいな子には会ったことが無いな。本当にひとりで飲みに行くの?」


今井さんが不要なことまで言ったわね。以知子は来るべき偏見に構えた。


「行きます」

「そうなんだ。僕とどこか飲みに行ってみない?君の馴染みの店がいいかな」


以知子は困った。横濱で会ったヴァンパイアの三人とは全く別のアプローチだと思った。


ええ?これって職場のお付き合いと思うべきかしら……。


「どうしましょう。」

「ふふ、困らせてしまった?それじゃあお酒の付き合いはまた今度として、まずは合唱部の練習とシャコンヌのレコードだよね?うん、決まり。」

城山は小さく手を合わせた。


なんだか分からないうちに、色々決まってしまったわ……。


以知子は終始、会話の手綱を握るというより触れることすら出来なかったと思った。



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