第3話 アンティーク・ショップ
静かに鈴が鳴った。
ドアがゆっくり閉まると、アンティーク・ショップは静けさと冬の冷たさに包まれた。雨音だけが聞こえる。
欧米から輸入され、丁寧に補修されたのであろう飴色の家具が余白を残しながら店内に設置されている。
随分シックな
以知子は横濱の古くからあるバーを思い出す。ヴァンパイアは人によって性格も好みも異なる。けれども、歴史などある一定の「地層」があるものを好む傾向があるのかもしれないと思った。
小間遣いのような店員の気配の無い店内を見渡した。奥に店主が居るかもしれない。
以知子は空の本棚の隣に置かれた、バロック音楽全盛期のものであろう黒鍵の多い鍵盤楽器に目をやった。思わず手が伸びる。
チャーン……黒い鍵盤をふたつ押すと透き通った音が鳴った。
「いい音でしょう」
以知子は振り返った。知らない間に男が少し離れたところに居た。
「ええ」
以知子は平静を装うことにした。
「チェンバロは結構、人気があるんですよ」
「そうなのですね?……音楽家の方が買われるのでしょうか」
「観賞用であったり、バロック音楽がお好きな方……バッハがお好きな方が買われていったり、しますよ」
以知子は白髪交じりの男を見た。人好きのする柔らかな面持ちの顔で、鉛色のエプロンの下に白いシャツを着ている。商品の修繕はこの人自身が行うのだな、と以知子は思った。
「バッハ……私はシャコンヌが好きです」
「おや、良いご趣味ですね?」
「でも楽器は私の家には置けないです。狭くって……雑貨などはありますか?」
「御座いますよ。こちらへどうぞ」
案内されるがままに店の中へ進むと、アクセサリーと銀のカトラリーが所狭しと置かれたテーブルがあった。
以知子は微細な装飾が施された指輪を眺めた。
「手にとっても良いですか?」
「勿論」
指輪に括りつけられた手書きの値札を見る。手頃な値段だ。
「お店にいらっしゃる方は、家具をご購入される方が多いですか?」
「そうですね、家具を探されている方が多いです」
以知子は食器がずらりと並んでいる陳列を見て、この店主はヴァンパイアではないかもしれないと思った。
多くのヴァンパイアたちは銀を厭がると協会団体から送りつけられたパンフレットに書かれていたからだ。この人のほかに店員は見当たらない。この人自身が家具や雑貨の修繕と店員の役割を担っているとみていいだろう。となるとこの人も自分の手で銀を扱うということになる。
それから、チェンバロから綺麗な音が鳴るということは調律の段階まで修理しているということだ。この店のアンティーク品は丁寧に扱われている。
売るだけではなく、売ったその直後に購入した人が使用することが出来るようにとされているのだろう。並みの古道具品店ならばそこまでのサービスはしない。
小さなガーネットが輝く銀の指輪を嵌め、角度をつけて眺めた。しっかり磨かれている。
「お店は店員さんだけですか?」
「はい」
「この指輪、素敵だわ」
以知子は確信を深めていった。ヴァンパイアはこの店主ではないかもしれない。
客か、この店に出入りする誰かなのか……。
「お嬢さん」
店主が優しい声を出した。
「あなた電話が掛かってここにいらっしゃったでしょう」
「……え?」
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