第4話 アンティーク・ショップ 2
「今日はもう店じまいかな」
「……」
「安心してください。私にも電話が掛かってきたのですよ」
電話……。
店主は店のドアに掛けられた"OPEN"の看板を引っ繰り返して"CLOSED"にすると、小窓のレースのカーテンを閉めた。
そして椅子を二脚持ってくると、指を差し、窓際に向かうとカーテンを開けた。
「私が南を向きましょう。だから安心して。あなたは東を向いて座ってください」
指差した先に大きな窓が現れた。北側に商品は置かれていない。
以知子は雨がそぼ降る様子を見ながら、太陽が重い雨雲に遮られていたとしても、そうすることで店主は自分がヴァンパイアではないという証明をしていると思った。
「あなたの
私は今、この人に測られているのね?この店主は何者なのだろう。
「……あなたは一体?」
「私はヴァンパイア・ハントを手助けしている、今井と申します。あなたは夜の横濱に居たそうですね。それは何故?」
私の行動を押さえている。この人と電話の主やらその背景にある協会団体やらとはどれほどの関係があるのだろうか。けれど、またこの
店主がヴァンパイアではないと分かると緊張が解けたが、同時にいつも訊かれているものと同じ
夜の街に女ひとりが出入りしているというだけで、あらゆる偏見を持たれるのは昔から承知していた。そして以知子はその偏見を仕方の無いものとは思っていなかった。
「学生の時から行きつけのバーがいくつかあるのです。店員さんと仲良しな……」
「なるほど。けれどあなたは夜遊びを楽しむというようには思えませんね。」
「ええ、出会いが欲しいとかそういったものではないのです。いつもひとりで飲みます」
店主は上を向いて考え込む様子を見せ、独り言のように言った。
「……ちょっと変わったお嬢さんなのかな。」
変わったお嬢さん……いいわ、それで。
とは言え、以知子は店主に対して少し見直した。バーに出かけるというだけで、出会いやスリルを求める輩や尻軽と同じにされることが多いが、その方面の人間ではないと判断されたのだろうと思った。
以知子にとって横濱のバーやその店の店員は少なからず居場所だった。そしてそれらについて貶されるようなことになると、自身の居場所を貶されるように思えて常々不快になっているのだった。
店主は膝に手を置き、以知子に対して向き直った。
「あなたはどうして、前回のハントを請け負ったのですか?」
「前回ですか?」
「そう」
全部知られているのか。以知子はそう思った。あの二回も、前回の時も。
以知子は三人のヴァンパイアたちの美しい面影と、自分を喰おうとした彼らの気迫を不思議とゆかしく思う。
最初のハントは真夏だった。すでに半年が経とうとしている。
以知子はその頃に仕事を辞め、過労とストレスから来る不調を治すために半日は床に臥せ、半日は行動するという日々を過ごしていた。
そして夜の手持ち無沙汰に馴染みのジャズ・バーへと向かい、最初のハントとなるヴァンパイアに遭ったのだった。
夜の帳に日光が差すことはない。いくら店が馴染みだからとはいえ、夜こそが彼らの居場所だった。
「職を失ったんです。体をすこし壊したので自分から辞めて。この前は報酬や金銭というより、
「……」
店主の男は表情に曇りを見せた。恐らく欲しい答えでは無かったのだろう。
「
「ええ……でも生活の為ですし。」
そうですねえ……と店主は生返事をした。幾分か会話の風向きがおかしい。ここまででヴァンパイアが悪でハンターが善というような話の流れにはなっていない。この店主はヴァンパイアたちに対して憎しみがあるだとか、全員を消さなければならないだとか、そういった思想を持つ人間ではないのだろうと思われた。
けれども以知子にはどうしようもなかった。
店主がハントの手助けをしていて、こちらの人間性が測られているのであれば、店主の質問に正直に応えるしかない。
店主は目をこすった。どうしたものかなと言いたげな様子だ。
ふと、以知子は気になっていることをこちらから訊こうと思い直した。
「お電話のことですが」
「ええ」
「このお店にもあの電話が掛かってきたということですよね?」
「そうです。」
「あの声の主は一体?」
店主はゆっくりと
「私にも分かりません。何やら組織のようなものがあるのでしょう。ハンターたちをまとめているような。私はあのような連絡を何度も受けていますが、結果的にハンターの方を手助けするような役割になっていますよ」
「そうですか……」
「ですが強制力は無いみたいです。嫌なら捨て置くか、断ってしまえばいい」
店主は顎をさすると、またも優しい声音で言った。
「そういえば、あなたはヴァンパイアについてどう思っていますか?」
以知子は何気ないこの質問に今後の
が、何も造らずに正直に応えようと思った。
「消失しないヴァンパイアには愛があるのではないかしら」
店主の目が変わった。これまでとは違う反応だった。
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