第2話 懸賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)

『ヴァンパイアとの戦闘は武器を要するものではなく、格闘技のような戦いでもなく、ましてや異能力の戦いでもない。会話、出来事、関係性だけでヴァンパイアの心臓は張り裂けてしまう。彼らの心の底にまで言葉、出来事、関係が響いたとき、

彼らは消失する。

強力なヴァンパイアほど高潔で、孤独であり、太陽でさえも厭わしいと思わず、

その心臓は凍てついている……』


協会のような団体から一方的に送付されたパンフレット、これを教本と呼んでいいのかは分からないが、以知子にとっては唯一のよすがだった。

それ以外には今まで聞いてきた噂、世に流布している小説や漫画、ネットの疑わしいだけしか寄る辺が無かった。


三人ほど既に葬ったが、彼らは横濱の夜の街を生きる美しい男女だった。

三人とも見え透いた嘘をつき、以知子は敏感に彼らの嘘を察知した。どうにか二人きりになることを上手く誘導し欺こうとしている彼らの様子から、この後に以知子がどうなろうと知りはしないという隠された非情さを嗅ぎ取った。

会話をまくしたてる詐欺師のような手繰りではなく、人を蠱惑していくような様は異様に映り、もしやこれは単なる非道の人間ではなく、世に言われているヴァンパイアではないかと以知子は訝しんだ。

そして一種のテストをしながら防衛しようと試みた。

残酷無比な事柄についてどう思うか訊いてみるのである。

すると、彼らは自分たちが人間から吸血する、捕食することを狙いすましてるがために、人間にとって残酷だと思える事柄に対してすぐに反応を取ることが出来ないようだった。

それは汗や目の瞳孔など、自律的な反射反応には表れないことを意味した。


相手がヴァンパイアだとすると、自分を吸血するための食事だと思っているかもしれない、そのために私を上手く誘導しているかもしれないと以知子は彼らの目から悟った。

そしてそれからは決して犠牲者にならないよう丁寧に言葉を選び、立ち居振る舞いをするうちに彼らを葬ってしまった。


電車のドアの横に立ちながらフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の文庫本を開く。

さながら私は、アンドロイドたちを追う賞金稼ぎバウンティ・ハンターね?と以知子は思う。

ただ違うのは、相手は血の通わない機械の体ではなく、血の凍った吸血鬼たちであるということだった。

出どころと要領を得ない冊子よりも、あの消失した三人を思い浮かべ、物語の中で躍動するアンドロイドたちの方がよっぽど参考になると以知子は思った。


顔を上げ、日が暮れたように青く沈む東京の街を見る。

良い職が見つかれば普通の仕事をしよう、けれど今日ですらどうなるか分からないのに、先のことを考えるなんておかしなことかもしれない……。

以知子はカップのエースのカードをまた思い出しながら、何度も読んだ本を再び読み進めることにした。





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