第59話 人類の敗北、されど誇りは未来へと
ほどほどに速度を上げながら自走船が逃げる。
それを追うように鬼が迫る。
それを引き付けながら、速度を調整していく。
「離れすぎるなよ! 引き付けられなくなるからな!」
得意気にベージュが答える。
そのまま、相手に速度を合わせながら進んでいく。
距離を離そうもんなら、こちらを追わなくなるだろう。
そんな鬼達をルーベンシャが確認する。
「だが、相手も疲れているようだ。得意の遠距離攻撃もしてこない。」
「あれだけ暴れたらそうなるだろう。こちらとしてはありがたい事だ。」
幸いにも、疲労で自慢の技は使えないようだ。
ただがむしゃらに追ってきているだけだ。
「つまり、慌てる必要はないって事ね。」
「そうだな。お言葉に甘えて時間をかけさせて貰おう。」
避難民に追い付かないようにするのも必要だ。
時間がかかるほど、こちらが有利に進んでいく。
その為にも、大きく迂回しながら走り続ける。
時には散らばり、意識を分散させたりする。
そうして、遅延させつつも追い付かれないように逃走を続ける。
その時、鬼がしらの一撃が襲いかかる。
「来てるわよっ。」
「今さらだっ!」
横に避けて、それをかわす。
見切ったガルシア達には通用しない。
しかし、代わりに激しい揺れが襲いかかる。
「うおっと。なんだ?」
その揺れにより、地面が割れていく
それを、各自避けながら合流する。
よろめくルーベンシャが体勢を直す。
「おいおい。ついに、地面を揺らすまでに育ったか?」
「馬鹿を言え。流石の鬼でも無理だろう。」
「となると地震か。さっきの一撃のせいか。」
「だと思うぜ。以前に似たような事があったしな。」
二人の疑問に、ベージュが答える。
それは、鬼達が暴れ出した頃の話だ。
鬼達の攻撃で、地震が誘発されたのを聞いている。
今までの攻撃が、再び地震を呼び起こしたのだ。
「続けられたらたまったもんじゃない。今すぐに止めるべきなんだが。」
「しかし、避難しきっていない者達がいるだろう。急ぐわけにもいくまい。」
「分かってるさ。くそっ、じれったいな。」
急いでしまえば、今だに逃げている避難民達に追いついてしまうだろう。
そうなれば、誘導どころではいかなくなってしまう。
「仕方あるまい。作戦に変更はなし、このまま続行だ。」
今のままでは変更のしようがない。
今までと同じように逃げ続ける。
すると、複数の町が遠目に見える。
「五の地区に入るぜ!」
「この辺りに、避難民はいないようだ。」
「上手く逃げられているようね。」
「そうだと良いんだけどな。」
先程見た、荷台を引っ張る自走船の姿はない。
あのまま逃げる事が出来たのだろう。
そのはずだった。
「ん? あれは?」
先頭のユグリスが目を凝らす。
そこにあったのは複数の荷台だ。
「なっ、避難民だと!」
「ど、どうしてだっ!」
避難民達を乗せた荷台がそこにあったのだ。
どうやら、ゆっくりと進んでいるようだ。
その原因に、ベージュが気づく。
「まさか。おい、あれを見ろ!」
よく見ると、地面が割れている。
それを避けながら進んでいる。
そのせいで、逃げるのが遅れているようだ。
「まさか、さっきの地震でかっ。」
「だろうなっ。この辺りは一番戦闘が激しかった場所だ。地面が緩んでてもおかしくない。まさか、こんな時に…。」
先程の鬼が暴れた場所の近くだ。
それを止める為に、激しい戦闘が行われたのだ。
ダメージが溜まっているのは当然だろう。
それを見たベージュが叫ぶ。
「こっからどうするっ!」
「一旦、横に待避だ! 時間を稼ぐぞ!」
「仕方ねぇかっ!」
今まで以上に大きく迂回する自走船。
横に逃げて、避難民達が逃げる時間を稼ぐ為だ。
その時、地面の割れ目から赤い壁が飛び出した。
「お、おわっ! 嘘だろっ!」
「よ、避けろーーーっ!」
ガルシアの指示で逆に大きく迂回し壁から逃げる。
すると、自走船が走り抜けた後へと赤い液体が降ってくる。
「あっぶねぇ!」
「食らったら終わりだ! 逆の方向に逃げるぞ!」
「お、おうっ!」
ある程度迂回してから真っ直ぐ走る。
そうして、炎の壁から逃げる。
しかし、その先で水の柱が大地を割るように飛び出す。
「水鬼竜のブレスっ、ここに来てかっ!」
そのまま走り、ブレスで割れた地面を飛び越えていく。
すると、再び赤い壁が各地から飛び出していく。
時おり、砕けた地面を吹き飛ばす。
「おいっ、疲れてるって話はどうなってんだ!」
「知らん。こっちが聞きたいぐらいだ!」
「暴れ続けてこうも動けるとはねっ!」
鬼たちは二日間も暴れているのだ。
それでも、限界を超えて動き続けている。
疲労というものが無いのだろうか。
そのありえなさに、ベージュが悪態を吐く。
「くそっ、常識ぐらい守りやがれ!」
「守ってくれないから、こうして命張ってんでしょ! とにかく逃げ続けましょう!」
「わ、分かってらぁ!」
ジェネルの指摘に、ベージュが答える。
実際に、今は逃げるしかないのだ。
鬼達を引き付けつつも逃げつづける。
しかし、次の瞬間だった。
クエーーーーーアアアアッ。
鬼鳥竜が風をまとった状態で大きく羽ばたく。
すると、その勢いで地面が波打つように浮いていく。
その波に巻き込まれた物は、問答無用に吹き飛んでいく。
「うわあっ。」
投げ飛ばされる自走船。
それだけでは収まらず、避難民達へと波が向かう。
そして、そこにあるものが吹き飛んでいく。
「じ、地面がっ!」
「こんなのありかよっ!」
浮遊感の中、その非常識な出来事に絶望する。
そして、吹き飛んだものが地面へと叩きつけられていく。
「ぐうっ。」
その上から、覆い被さる土。
そして、現れる鬼達。
そのまま進むと、放り出された避難民へと向かっていく。
「ぐうっ。逃げろ! 走ってでも!」
運転席から投げ出された状態でギルド長が叫ぶ。
それを聞いてか、無事だった者達が逃げ出す。
しかし、無慈悲にも鬼がしらが落ちる。
「「「うわあーーーーーっ。」」」
逃げ場などない。
地面が砕かれ、先程の攻撃を免れたものが巻き込まれていく。
そして、何もかもが宙へと吹き飛ぶ。
キシャアアアアオオオオオォォォォン!
更に、飛び交う水のブレスが地面を吹き飛ばす。
グオオオオオオオオアアアアアアアア!
草食鬼竜の爆炎があらゆるものを吹き飛ばす。
クエエエエエエェェェェェェェェェェ!
そして、鬼鳥竜の風が吹き飛んだものを散らかしていく。
まさに災害。
これぞ、鬼と呼ばれる由縁。
その光景が、ギルド長達の目の前で繰り広げられる。
「ふざけているっ! どこまで貴様らは人を愚弄するのかっ!」
人の命が、枯れ葉のように散っていく。
そこに、人の尊厳などありはしない。
どこまでも、奴らにとって人とはその程度の存在でしかないのだ。
改めて思い知らされた事実に歯を食いしばるガルシアだが。
「その為に我らが命をかけるのだろう。」
ルーベンシャが立ち上がる。
「私達が止めなくて誰が止めるのよ。」
ジェネルも立ち上がる。
「守るものがまだいるのだ。止まってられん。」
ユグリスと小竜も立ち上がる。
「そうだ。その為なんだろ? お前達が戦う理由はっ。」
そして、ベージュもまた立ち上がる。
「ずっと考えていた。お前らが命をかける理由を。どうして、自身を犠牲にしてでも戦うのか。使命か? 役目だからか? だけどどれも違った。」
誰もが自分の命をかけて誰かを守った。
誰もが無駄だと分かりながらも立ち向かった。
ベージュがハイグルとのやり取りを思い出す。
(私がギルドマスターだからです。)
ギルドマスターとして戦った。
しかし、だからという意味ではない。
それは…。
「それは、誇りだろ? 勿論、ただの誇りじゃねぇ。自分が選んだ道を進む度に培っていった全てを乗っけたものだ。」
知り合い、過ごす場所、そこでの生活。
そういったもの全てだ。
全ての人にある、その人の誇り。
「だからこそ、守ってやりてぇんだろ? その誇りを持つ連中を! それが、どんだけ大事かが分かるからなぁ!」
同じ誇りを持つ者同士だから。
それが、どれだけ大事かが分かるから。
だから、守ってやりたいのだ。
ベージュもまた同じ。
脳裏に浮かぶのは、昨日見た幸せな悪夢。
「俺にもあるぜ。あんたはどうだ?」
「決まっている! 我が誇りは、皆が持つ希望を護ることだ!」
ガルシアが席へと戻る。
それは、誰もが持つ未来への権利。
それが、ガルシアが抱く希望だ。
それを聞いたルーベンシャが運転席へと戻る。
「私の誇りは、国そのもの! これ以上、散らしてなるものか!」
王国と、そこに住む者達。
それを一緒に護る、大事な家族。
次に、ジェネルが運転席へと戻る。
「私の誇りは、皆と作って来た繋がりよ! 守って見せましょう!」
地区を守る際に出会った人達と作って来たもの。
それは、人と人の繋がりだ。
それを聞いたユグリスが、起き上がった小竜に乗る。
「その繋がりを守るのが私の誇り。だから、我々は彼女に着いてきた。」
ギルドのハンターと職員。
ジェネルを慕って、支えて来たのだ。
それを聞いたベージュが運転席へと戻る。
「俺の誇りは、皆と共に過ごした日々だ。もう、どこにも無いけどな。だからこそ、あいつらと共に過ごした立派なギルドマスターのままでいたい。その為にも、この仕事をきっちりこなしてやらあ!」
職員達が憧れたギルドマスターとしての姿で最後を迎える。
それが、ベージュにとって無くした誇りを守る代わりなのだ。
それを聞いたガルシアが叫ぶ。
「我々の誇りはちっぽけなものではないと、奴らに証明しよう!」
「「「「了解!」」」」
再び自走船が動き出す。
その時、ガルシアの脳内に昔の思い出がよみがえる。
それは、ハンターとして活躍していた時だった。
その時に見た、救われた者達の安堵の顔。
そして受け取った感謝の気持ち。
それから助かる者達をもっと増やそうと、ハンターギルドの長についた。
そして、もっとハンターを活躍させるよう改革を進めた。
そのお陰か、助かる命が増えた。
それを聞く度に、心が踊った。
それを、仲間と共有するのが嬉しかった。
同じ気持ちを持つものがいるというのが嬉しかったのだ。
その時の事を思い返していると、鬼達が自走船へと向かうのが見えた。
それは、ストローク達が乗った自走船だ。
「ストローーーーーーーク!」
共にいてくれた大事な部下。
何度もわがままを聞いてくれた頼れる存在。
彼がいたからこそ、誇りを作り上げる事が出来たのだ。
(未来を、希望を、託したぞ。)
そんな彼へと、誇りを託す。
必ず、未来へと繋いでくれると信じて。
「鬼どもよ、今回は負けてやる! だけど忘れるな! 我々の誇りは砕けぬと!」
自走船は、避難民を巻き込みながら争う鬼達へと向かう。
その先では、 ストロークが避難民へと呼び掛けていた。
「もう少しだ!」
「ここを抜けると安全な場所です!」
職員達の誘導により避難民が逃げていく。
その数は沢山いる。
どうやら、二つの道を歩く避難民が合流しているようだ。
幾つかの塊になって、三の地区へと目指していく。
しかし、次の避難民が現れない事にアルハイクが気づく。
「あれ、避難民が来ない?」
「何だって?」
アルハイクの指摘に、ストロークが目を凝らして見る。
そこでは、避難の列が途切れているのが見える。
その奥の、一部の避難民の歩きがゆっくりとなっていく。
「止まらないで下さい! もう少しですから!」
そう呼び掛けるも返事はない。
その目には、生気が感じられない。
まるで、意識が無いように…。
「アルハイク! 戻れ!」
「っ!?」
ストロークの呼び掛けにアルハイクが急いで下がる。
何が起きたのかを悟ったのだろう。
すると、避難民達の方から笑い声が聞こえてくる。
「あは、あはは。」
口元は歪み、横からよだれを垂らす。
そして、一人の避難民が隣の仲間に突っ込んだ。
「もう少しだ。っ、何をするんだっ!」
「邪魔だっ、どけっ! 邪魔するなら殺すっ!」
突っ込んだ避難民を押し返すと、殴り返される。
そして、よろめいた隙に首をしまられる。
「な、何を。ぐえっ。」
そのままその者は、絞め殺されてしまう。
そのような事が各地で起こり始める。
「どうしてっ。」
「あははっ、あれ、何まで刺して。ま、いっか! あははははは。」
訳もわからず、武器を振り回す者達。
それを見た避難民が逃げ出す。
「うわあああああっ。ぐうっ。」
逃げた先で、他の避難民と衝突する。
すると、その避難民が振り向く。
その手には、自衛の為のナイフが握られていた。
「邪魔を、ずるなあっ!」
「邪魔って、うわあっ。」
そのまま、避難民は刺し殺されてしまう。
そして、その殺した避難民を他の避難民が殴り殺す。
そうして、狂気が狂気を生んで広がっていく。
「止めてっ! パパっ!」
「殺してる。家族を殺してるううぅぅぅ。楽しいなあああぁぁぁっ!」
中には、目的を忘れて愛する者に手をかける者達もいる。
みんな、笑っている。
そして、泣いている。
もう、何をしているのかが分からないのだ。
その光景が、レベリアラの視界に移る。
「どうして。」
なんで、争っているか分からない。
その中で、助けを求める人達の声が聞こえてくる。
「まだ無事の人がいる。助けなくちゃ。」
「駄目だっ。行くなっ。」
「でもっ。」
「いいから船に戻れっ!」
「嫌よっ! 見捨てられないわ!」
次の瞬間、ずしんと音と共に巨大な影が現れた。
その直後、ずどーーんという何かがぶつかりあった音。
「まさか、粉の事は聞いていないのか。」
「でしょうね。罠を作るのに必要ではないですから。」
レベリアラが聞いたのは、罠に必要な事だけ。
つまり、身体能力についてしか聞かされていないのだ。
そんなレベリアラを、ストロークが掴んで自走船に戻る。
暴れるレベリアラだが、大人の男性に抗える訳がない。
「離してよっ! まだ、無事な人がいるのよ!」
「もう手遅れだっ!」
そう叫んでレベリアラを船に乗せる。
「撤収っ!」
「しかし、まだギルド長達が。」
職員の一人がストロークに呼び掛ける。
現地の職員には知らされていないのだ。
「皆は戻ってこないっ! 命を犠牲にして作戦を実行するつもりだっ!」
「そんなっ。」
「奴等を分断して巣を持たせる。そうしたらあいつらも下手に暴れられない。これで終わるんだ。全部、終わるんだよっ! 俺達の仕事は、回収した避難民を助ける事だけだっ!」
「くっ。撤収っ! 急げっ! アルハイク! 自走船の準備を!」
「了解!」
今さら知って、どうにかなる事ではない。
一同が乗り込むと、自走船が動き出す。
他の自走船もまた、同じように走り出す。
助けを求める人達を残して。
「待ってくれっ! 俺達がまだっ。どうしてっ!」
まだまともな避難民が叫んでいる。
それでも、無慈悲にも自走船が離れていく。
「どうして、なんで助けな・・・っ!」
レベリアラがストロークを問い詰める。
しかし、ストロークは泣いていた。
沢山の涙を流しながら。
「ごめん。ごめんよぉ・・・。」
消え入るような声で謝っていた。
こんな物を見せられては、何も言えないだろう。
「待ってくれぇぇぇぇっ。」
絶叫が聞こえた方を見る。
誰かが手を伸ばして叫んでいる。
「・・・っ!」
レベリアラが手を伸ばし返すも意味がない。
その直後だった。
暗闇からそいつが現れた。
そして、手を伸ばす避難民を踏み潰す。
「あっ・・・あ・・・。」
言葉が出ない。
怒りから悲しみへ。
涙が溢れてくる。
「あ・・・あ、あぁ。」
すると、巨大な影に他の影が突っ込んだ。
そして、露になる二匹の鬼。
そこにもう一匹が殴りかかった。
さらに複数の自走船が突っ込んだ。
直後、爆発が起こる。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
全てが爆発に飲み込まれるのを見てレベリアラは叫んだ。
涙を溢れさせながら。
レベリアラの視界が爆炎に染まっていく。
叫び声が爆発音にかき消される。
その光景を目に焼き付けながら離れていく。
事件発生から丸二日。多くの犠牲を出しながらも、鬼の進軍は止まったのだった。
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