第55話 届けられたファイル
ガルシアの周りに人が集まってくる。
どの人物の顔も、明るいものではない。
「やってくれたな。」
ガルシアの横に立ったルーベンシャが、消えていく鬼達の姿を見る。
ここまで荒らしに荒らして消えゆく姿を恨めしく睨む。
「直接戦ってみてどうだった?」
「…あれは生き物の領域を越えている。はっきり言って異常だ。」
あんな鬼達でも自分達と同じ生き物だ。
しかし、存在そのものが常識からかけ離れたものだ。
生き物に多少詳しいアルハイクも同意する。
「えぇ、学んで来たものが全て崩された気分です。科学的な常識に当てはめる事は出来ないでしょうね。」
鬼達が崩したのは、大地や人の命だけではない。
今まで培ってきた知識までもが、跡形もなく崩れ去っただろう。
あの鬼達は、それほどの存在だという事だ。
「そんな奴等の進撃を止める事が出来た。と、言う訳にはいかなそうだがな。」
「当然だろう。あいつらが向かった先にも、逃げ遅れた避難民がいる。今すぐに向かいたいのにいけない。どうすればいいんだ。」
全ての避難民が逃げられている訳ではない。
そこに鬼達が向かったとすれば、助けに向かわなくてはならない。
だが、そこに向かう方法がないのだ。
その事実に、レベリアラから涙が零れる。
「私が止めれなかったから。私が止めていたら…。私のせいで…。」
悔しさに涙が止まらない。
鬼達を止められなかった事が悔しくて堪らないのだ。
そんなレベリアラを父のアルハイクが抱きつく。
「違うっ。…それは違うぞ。お前のせいではないっ。」
「そうだよ、レベリアラ嬢。君が来なければ我々はやられていただろうし、もっと沢山の犠牲者が出てた。君のお陰だ。国を代表して礼を言わせて貰う。ありがとう。」
泣きじゃくるレベリアラの頭をルーベンシャが撫でる。
実際にレベリアラが来なければ、全滅して全てが終わっていただろう。
そもそも、大人達が力を合わせてどうにもならなかったのだ。
それでも、レベリアラの涙は止まらない。
「俺達が不甲斐ないせいなのに、一人の女の子が責任を感じている。情けないくて仕方ない!」
その光景を見たガルシアもまた悔しさに歯をくいしばる。
本来なら、責任者である自分が背負うべき事だ。
そんなガルシアへと、ルーベンシャが振り向く。
「ならばどうする?」
「決まっている。奴らを止める。だが、同じ事をしても繰り返すだけ。作戦を練り直す。」
「そうだな。それしかあるまい。」
今すぐにでも向かいたい。
しかし、このまま向かっても折角拾った命を無駄にするだけだ。
新しい作戦を立てる必要がある。
「出来る事は別にある筈だ。まずは現状の確認だ。ストローク、頼む。」
「はい。ハンターの被害はなし。まだ、戦えるそうです。ただ、ハンター達を運ぶための自走船の燃料が残りわずかです。この状況で大陸を移動するのは不可能でしょう。」
大陸を移動している鬼と戦うには、人の足では時間がかかる。
戦える者がいても、移動させる事が出来なければ意味がない。
これでは、向かうという選択肢は出来ない。
「ならば、迎えるしかないか。罠の残りは?」
「ありますが、この罠では通じないでしょう。」
「そうか。」
迎えるにしても、止める必要がある。
しかし、止めるための罠は通じない。
これでは、戦うことが出来ない。
「追いかける事は出来ない。迎える事も出来ない。ならば、どうするか。」
「それなら、話がある。」
「ん?」
ガルシアに声をかけたのは、先程から焼けた大地を見ていたベージュだ。
ガルシアの横で小竜を止めると、その上から降りる。
「初めましてだな。商業ギルドのベージュだ。」
「ベージュ? まさか、連絡をくれた人か。」
「そうだ、ようやく会えたぜ。」
事前に会う約束をしていた二人。
それが、こうして会うことが出来たのだ。
ベージュが手を差し出すと、ガルシアが握り返す。
「わざわざすまない。確か、奴らに関する書類を届けたいのだったな。」
「あぁ、こんな形にはなっちまったがな。」
「全くだ。まさか、戦いの途中で現れるとは思わなかったぞ。お陰で助かったがな。」
会いに来るとは分かっていた。
だが、戦闘中に助けに来てくれるとは思いもしないだろう。
しかも、危ない時に助けてくれたのだ。
「まぁ、それについては色々とあってな。」
「色々?」
「あぁ。あんたら六の地区の避難誘導をしてただろ?」
「六の地区か。確かにしてたが。」
ガルシアが頷いた。
鬼達を五の地区のエリアに誘導するために行ったもの。
その際、鬼達と避難民が接触しないようにする為のものだ。
「あんたらが指示を出した時、六の地区にいてな。ついでに、避難民の誘導を手伝っててな。そん時、あんたらが戦うのが見えたから協力する事にしたんだ。」
本部から各地に指示が与えられた時、その場に居合わせていたのだ。
それに協力を申し出て、避難民と共に上を目指して進んでいた。
その時、戦いを察知して参戦したという事だ。
「そんな事が。では、避難民は無事なのだな?」
「まぁ全員とはいかなかったが、声が届く範囲には声をかけたつもりだ。」
「それでもありがたい。感謝する。」
こうして、知らない所で動く者達がいる。
それで、助かった命は沢山ある。
その事に、心からの感謝を述べるガルシア。
「構わねぇよ。結局、ここで負けたら全滅だ。全てが台無しになっちまう。」
「そうだな。避難民を助ける為にも俺達は絶対に勝たないといけない。」
「そうだ。その為のファイルだ。ほらよ。」
助けたからといって、鬼の驚異は未だに健在だ。
もし止められなければ、全てが水の泡になってしまう。
それを阻止する為のファイル。
ベージュが守り続けたそのファイルをガルシアに手渡す。
「これがそうか。」
「あぁ、確かに届けたぜ。」
手渡されたのは、表に赤い文字が書かれたファイル。
所々、土で汚れてしまっている。
それを受け取ったガルシアは、そのファイルの中から資料を取り出す。
「これは、鬼達の生態か。エリアにいた時のものだな。だが、鬼と呼ばれているほどの存在では無いように見えるが。」
「下の方に文字が書いてあるだろ?」
「あぁ、これか。」
持つ手をずらすと、そこに隠れた文字が出てくる。
それは、後から書かれたように別の筆跡で書かれている。
「鬼の生態は、書かれているものより異常に発達しているものと考えられる。その原因は、争う事により出来た傷が回復する度に元の形より発達していったものだと予測する。」
争う度に、傷つき合うのは当然の事だ。
それが治る度に、異常を起こしながら回復していった。
それを繰り返す度に、あのような力が着いていったという事だ。
「私は、このような異常な成長をしたモンスターを元のものとは別の個体と特定し、該当する四匹のモンスターを鬼と呼ぶ事にした。」
四匹の鬼達は、元々は特別なモンスターではない。
よくいる種族の一匹に過ぎないのだ。
しかし、それらとは比べる事の存在として成長している。
個別の生き物として取り扱わなければならない程に。
「生き物同士の争いか。本来なら、どちらかが死んで終わりの筈だが。」
「死ぬことなく争いが続いてしまったのでしょうね。」
納得するガルシアとストローク。
本来は、どちらかが死んで終わるのが普通だ。
しかし、そうはならなかった。
「長引く争いの度に強くなったのか。そうして着々と力を手にいれていったと。よくもまぁ、上手いこと我々を欺いて来たものだ。」
「まぁ、それまでの争いでは地盤が崩壊しなかったようですからね。」
強力な力を得るまでに、異常な成長を果たした。
しかし、今までの戦いでは大陸の崩壊は無かったのだ。
そのせいで、モンスターの異常に気づくことが出来なかったのだろう。
「これだけ好き勝手崩しておいて、今まで無かったと。可笑しな話だ。」
「そうですね。この速度ならとっくの昔に事件が起きてても不思議じゃないですよ。」
たった二日で、大陸の半分近くが崩壊したのだ。
それほどの力を持ちながらも、今回の事が起きるまで崩れる事が無かったのだ。
不思議に思いながらも、ガルシアが紙を捲る。
「今度はエリアの地図か。これは関係なさそうだな。」
「いえ、待って下さい。ここに文字が。」
鬼達が住んでいたエリアの地図だ。
崩れたものに用はない。
しかし、ここにも文字が書かれているのにストロークが気づく。
「なぜ、このような力を有していてもエリアの崩壊が起きなかったのか。まるで、こちらの考えが読まれているようだな。…結論から言うと、エリアに巣があるからだろうと考える。」
「巣、ですか。」
「巣があるから、その土地を破壊するだけの力を振るわなかった。」
巣とは、モンスターが暮らす家のようなもの。
それが壊れては、住む場所を失う。
だから、自分の家を破壊しないように戦っていたという事だ。
「なるほどな。思ったより事は単純だ。家があるから暴れない。」
「そう考えると、家がないから自由に暴れているという事になりますね。」
家がないなら、壊れる心配はしなくていい。
だから、容赦なく暴れられているという事だ。
そうして、大陸の半分の近くを壊すに至ったのだ。
「しかし、どんなに抑えても大地へのダメージは出来るもの。ついには、度重なる戦いで巣ごとエリアが崩壊してしまった。」
どんなに力を抑えても、ダメージを与えないような戦い方は出来ない。
それにより、蓄積したダメージが限界を超えエリアを破壊するに至ったのだ。
「まだあるな。そう考えると、鬼の目的は明白だ。新しい巣を見つける。その為に、奴らは暴れている。」
「私もそう思いますよ。巣を作って家族を持つ。モンスターの生態は基本的にそれですから。」
話を聞いていたアルハイクも同意する。
違う生き物であろうが、特別な生き物であろうが、目的はただひとつ。
自分の巣を持ち、そこで家族を作る。
それは、いつだって変わることがない事実だ。
「お前が言うならそうだろうな。そうなると、奴らが巣を見つけるまで続く事になる。いや、見つけたとしてもだな。」
「えぇ。同じ事が繰り返されるだけでしょうね。」
巣を見つけても、戦いは続くであろう。
そうなると、再び地面は崩壊する。
つまり、なんの解決にもならないのだ。
「やはり、止めるしか方法はないのか。」
「ですね。次を見てみましょう。」
ストロークに促され、ガルシアが紙を捲る。
そうして現れた次の紙には、鬼同士の争いの記録が書かれていた。
そして、ここにも今までのように違う筆跡の文字が書かれている。
「鬼達との戦いの記録を改めて見れば、確かに違和感の残るものがある。恐らくだが、異常に発達したものだけでなく、それを扱う体もまた発達したのだろう。」
発達した力を振りかざす事により、それを操る体もまた発達したのだ。
そうして、圧倒的な力を持つ四匹の鬼が生まれたのだ。
「もし仮説通りなら、人間の手におえるような存在ではない筈だ。それでも倒す方法があるとすればただ一つ。それは…。」
そこに書かれた文字を見たガルシアが固まる。
それもそのはず…。
「それは?」
「それは、寿命だ。」
そこには、今までの話を無視するかのような言葉が記されていたからだ。
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