第51話 絶望を晴らすのは

「もっとだ! もっと投げろ!」


 ベージュが叫ぶと、周りの職員が玉のような物を投げる。

 ベージュもまた、同じものを投げる。

 すると、玉が着地した場所から煙が立ち上る。


「これでどうだっ。」


 鬼がしらが煙を払うが、煙が退くことはない。

 立ち込める煙が、鬼がしらの目線を隠す。

 だが、それで臆する鬼がしらではない。


「さぁ早く! 奴は耳がいいわ! 今のうちに懐に入りなさい!」


「なるほど、そういう事か。行くぞ!」


 叫ぶジェネルにガルシアが答える。

 鬼がしらは耳が良い。

 ならば、反応される前に攻めれば良い。

 ガルシアの指示で、ハンター達が鬼がしらへと駆け出していく。


「臆するな! 先手を取ればやられる事はない! 攻めて攻めて攻め続けるんだ!」


「「「おおおおおお!」」」


 煙の中で、ハンター達が鬼がしらを襲う。

 辺りから聞こえるハンター達の叫び声。

 そちらに向けて鬼がしらが拳を振るうが手応えはない。


「どっち狙ってんだよっ。」


「おら、こっちだ!」


 それでもと、鬼がしらが声のする方へ拳を振るう。

 しかし、ハンターがそれを避ける。

 声に反応するなら、誘導すれば良いだけだ。

 そうして攻撃を続けていると、鬼がしらが膝を曲げる。


「跳ぶ気だ! させるな!」


「おう、任せろっと!」


 今にも飛び上がろうとする鬼がしらの膝をハンターが叩く。

 すると、鬼がしらが膝を地面に着く。

 それにより、鬼がしらは飛び上がる事が出来ない。


「攻撃が効かなくても、動きは封じ込めれるようだな!」


「おし、このまま攻めてやるぜ!」


 攻撃が効かないのは皮膚だけだ。

 こうして関節を攻撃すれば、いかに鬼がしらとて体勢を崩す。

 そこに、ハンター達が攻撃を与えていく。

 それと同じような事が、他の鬼の場所でも起こっている。


「どうやら上手くいったようだな。」


「だな。手助けしなけりゃどうなってた事か。」


 鬼と戦うハンター達を、ベージュとポットが眺める。

 もし介入しなければ、こうも上手くいっただろうか。

 少なくとも、命を無駄に散らさせない位は出来ただろう。


「でも、戦いはこれからだ。いつでも次の玉を投げる準備を。」


「分かってらぁ。」


 ユグリスの呼び掛けに、ベージュ達が新たな玉を取り出していく。

 いつ煙が晴れてもいいように、玉を投げる準備をする。


「さて、もういっちょいくか。ん? なんだ?」


 煙が薄くなってきたので、追加の玉を投げようと構える。

 その時、後ろから足音が近づいてくる。

 直後、ベージュの腕が引っ張られる。


「ちょっ、やめろ!」


 引っ張られるのは腕だけではない。

 腰や首などが、何かに抱きつかれるように固定される。


「どうした? マスタ…、ちょっ、なんだっ。」


「きゃっ、離して!」


「ぐうっ!」


 ベージュと同じことが、他の者の所でも起きる。

 そして、引っ張る者が耳元で囁く。


「助け…て…。」


「なっ、こいつらっ。」


 心の籠らない声。

 その声を、ベージュ達は知っている。


「粉にやられた奴らか!」


 その正体は、先程の粉を浴びた避難民。

 しかも、沢山の人が周りを囲む。

 それらの避難民達は、戦うハンター達へと迫る。


「まずいっ。おい! 誰か!」


「無理だ! 動けねぇ!」


 動こうにも、体を捕まれて動けない。

 しかも、その力は強く振りほどけない。

 その間にも、避難民達がハンターへと襲いかかる。


「なんだっ、離せ!」


「誰だよお前ら!」


 ベージュ達と同じように、ハンター達が捕まっていく。

 払った直後に、他の避難民が抱きつく。

 ハンター達の呼び掛けにも答えずに、ただ何かを求めるように手を伸ばす。


「助け…て。」


「助…、あ、あああ…。」


 その避難民達は、何かを呻きながら他の鬼と戦う場所へと向かっていく。

 当然ながら、同じようにハンター達が避難民に捕まってしまう。


「なっ、いつの間に。こっちに来てる。」


 ストロークの視線の先では、避難民達がこちらに向かって歩いている。

 逃げたはずの避難民達が戻って来ているのだ。

 それらの避難民達は、鬼がしらの場所のようにハンター達を襲う。


「どうするんですっ、ストロークさん。」


「どうしするといったって…。」


 アルハークが聞くも答える事が出来ない。

 すでに囲まれている為、逃げ道はない。

 そうして対処に悩むうちに、避難民達の数は増え続ける。

 その数は、全ての戦場を覆う程に増えていく。

 その隙を鬼達が逃す訳がない。


「鬼が来るぞ! 避けろ!」


「無理だ! 動けねぇ!」


 どんな数であろうと、鬼達には通じない。

 避難民達を払いのけて、攻撃を繰り出す。

 だが、ハンター達は体を捕まれて動けない。

 

「くそがあああっ。」


 吹き飛ぶハンターと避難民達。

 さらに、そこに追撃の広範囲の攻撃が襲う。

 降り注ぐ大地に潰される者達。

 高温の液体を浴びる者達。

 ブレスに押し潰される者達。

 空へと昇る竜巻に巻き込まれる者達。


「ああああああああっ。」


 激しい轟音。

 辺りに響く絶叫。

 そして…。


「「「あひゃ、ひゃひゃひゃはひゃはひゃひゃひゃひゃはひゃ。」」」


 全てが避難民達の笑いに飲み込まれていく。

 助かったのは、離れていた者や直撃を免れた者だけだ。

 そのうちの一人であるガルシアが起き上がる。


「ぐうっ、生きているのか。」


 ガルシアの下には、笑い声を上げる避難民達。

 鬼がしらの一撃の余波で吹き飛んだが、避難民達の上に落ちたので助かったのだ。


「だが、生きていると言ってもいいものか。ぐうっ。」


 強烈な激痛が全身を襲う。

 吹き飛ぶ際に、大量の瓦礫を浴びたのだ。

 その激痛に耐えながら立ち上がる。


「ギルド長!」


 ストロークがガルシアの下へ駆けつける。

 そして、倒れそうになるガルシアを支える。


「鬼は?」


「暴れています。」


 笑う避難民達を吹き飛ばす鬼達。

 邪魔な者を退かすように、避難民達を払いのけていく。


「ひどい有り様だ。」


 吹き飛ぶ避難民達。

 戦場を覆う笑い声。

 まさに、狂気に満ちた場所だ。


「止められなかった。俺がいながら。」


 これを止める為に向かったのにも関わらずだ。

 それなのに、何も出来ずにこの有り様だ。


「くそっ!」


 吐き捨てるように叫ぶガルシア。

 そんなガルシアへと、鬼がしらが避難民達を吹き飛ばしながら近づいてくる。

 

「こっちに来てます! 逃げましょう!」


「いや、俺はもう動けん。戦える奴もいない。お前一人でも逃げろ。」


「だからと言って置いていけませんよ!」


 体を襲う激痛で、逃げる事すら出来ない。

 それでも、ガルシアの目は死んでいない。

 ストロークから離れて鬼がしらを見る。


「来い!」


「ギルド長!」


 拳を振り上げガルシアへと迫る鬼がしら。

 ガルシアもまた走り出す。

 二人の距離が縮む。

 その時だった。


「おらぁ!」


 視界の中に飛び込むのは自走船。

 そのまま、鬼がしらを弾き飛ばす。

 そして、ガルシアの前で着地する。

 その上から、一人の男が叫ぶ。


「まだ死ぬときではないぞ! 友よ!」


「あ、あんたっ。」


 その男はルーベンシャだ。

 命を無駄に散らそうとする友を助けに来たのだ。

 だが、その後ろで鬼がしらが起き上がる。


「あぶなっ。」


「させねぇ!」


 鬼がしらの顔が煙に包まれる。

 そして、ガルシアの後ろに数匹の小竜が立つ。

 ベージュ達だ。

 それでも、鬼がしらが拳を振り上げる。


「なめんなぁ!」


 そんな鬼がしらへと、倒れたはずのハンター達が迫る。

 武器を叩き込んで鬼がしらを後ろに倒す。


「お前たち。」


「ギルド長さんよぉ、誰が戦えないって? あぁ?」


 ハンターの一人がガルシアへと怒鳴る。

 他のハンター達も、まだまだ戦えるとばかりに歓声を上げる。


「俺達も手伝うぜ。」


 ベージュ達もまたガルシアの前に出る。

 更には、次々とハンターを乗せた自走船が現れる。


「さぁ乗ってください!」


 その先頭の自走船の上からアルハークが呼び掛ける。

 諦めていないのは、ガルシアだけではないのだ。


「どうだ? お前の言う希望はまだあるぞ? ならばどうする。」


 ルーベンシャが、ガルシアへと問いかける。

 それを聞いたガルシアは、呆けた顔を引き締める。

 そして、答える代わりにストロークを見る。


「ストローク! 避難民がいない場所へ鬼どもを誘導する! 今度こそけりを着けるぞ!」


「は、はい!」


 ガルシアは、ルーベンシャの自走船へ。

 ストロークは、アルハークが乗る自走船へと乗り込む。

 そして、鬼がしらと戦うハンター達へと迫る。


「飛び乗れ!」


「おうっ!」


 ハンター達が攻撃をやめて自走船へと飛び乗っていく。

 すると、解放された鬼がしらが迫るが…。


「させねえってんだろ!」


 ベージュが投げた玉の煙が鬼がしらを阻む。

 その間にも、他の鬼に向かって迂回する自走船。

 その際、自走船から複数の矢が飛んでいく。


「おらぁ、鬼ども! 俺達は生きてるぞ!」


「かかってこいやー!」


 自走船の上からハンター達が叫ぶ。

 生きていることを知らせる為に。

 すると、鬼達がその声がする方を見る。


「こっち見たぞ!」


「逃げろー!」


 自走船を追いかけ始める鬼達。

 そんな鬼達から逃げるように、自走船が方向転換する。

 そのまま自走船は、避難民がいない場所へと向かう。

 その後ろを、ベージュ達が乗る小竜が追いかける。


「希望はここにある! なんとしてでも繋ぐんだっ!」


 一度は潰えたと思った希望。

 それが、ここにこうして存在している。

 しかし、その希望を壊すように地面が割れ出す。


「鬼がしらだ! 奴が地面をかち割りやがった!」


「構わん! そのまま突っ走れ!」


 鬼がしらの一撃で、地面が割れて浮き上がっていく。

 更に、そこへと鬼がしらが飛び上がる。

 それでも、自走船は止まらない。 


「生きて希望を繋ぐんだ! 勝つために!」


 逃げる自走船の後ろに鬼がしらが着地する。

 そして、拳を振り上げた時だった。


ずごおおおおおおおん。


 激しい爆音と衝撃が鬼がしらを襲う。

 直後、地面に大きな穴が開き鬼がしらが落っこちる。


「な、なんだっ!?」


 その衝撃は自走船をも襲い、その上のハンター達を揺らす。

 いきなりの事に、一同が呆ける。

 そんな一同の横を、新たな自走船が通り抜ける。


「邪魔よ! どきなさい!」


 その上から、レベリアラが叫ぶ。

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