第34話 作戦に向けて
「行ったわね。」
暗闇の中に消えていく三人を見送るジェネル。
避難民の事に対処する余裕はない。
なので、後の事は任せるしかないのだ。
「やる事はやったわ。後はあなた達次第。任せたわよ。」
見えなくなった者達に願いを込める。
しかし、それはつかの間の事だ。
見送った者達へと背を向ける。
「さて、私も動きましょうか。鬼の動きが無いとはいえ、ゆっくりとしている時間はないわ。」
振り向いたジェネルは、施設へと戻っていく。
自身の役目をこなす為に。
施設へと戻ったジェネルは、職員からの報告を終えて再び施設を出る。
そして、複数の職員を連れて町の外へと向かう。
目指すのは、町の外に立てられたギルドの印が入ったテントだ。
「気球からの報告はあった?」
テントに入るなり、通信機と向き合う職員に尋ねる。
すると、それに対して職員が首を横に振る。
「いえ。動きはまだ無いようです。」
「そう。やっぱり、寝ていると確定して良さそうね。そのまま、見張り続けるよう伝えておいて。」
ジェネルがそう言うと、職員が通信機の向こうと言葉を交わす。
気球の職員と連絡を取っているのだろう。
それを確認したジェネルは、テントから出て暗闇の道を見る。
「本部のハンターはまだのようね。本当なら、今すぐにでも出て欲しいのだけど。」
いくら鬼が寝ていると言っても、何が起こるか分からない。
だから、直ぐにでも動きたいのだが。
「本部からここまで距離があります。直ぐにとはいきませんよ。」
「もちろん分かってるわ。」
職員に戒められるジェネル。
気が急いている事は、ジェネルもまた分かっている。
しかし、何も出来ない時間が不安を与える。
「ふう、駄目ね。私が取り乱す訳にはいかないってのに。」
「気を貼り過ぎなんですよ。こういう時こそ、一息つくのも大事ですよ。」
「そうね、その通りだわ。ありがとね。」
職員に指摘されたジェネルは、深く息を吸って心を落ち着かせる。
これからの事を考えると、心が乱れてしまうのも仕方がない。
焦る心を沈めていると、暗闇から自走船の音が聞こえてくる。
「来た。本部の自走船よ。」
音がする方を見ると、複数の自走船が現れた。
このタイミングで現れたのを見ると、どこの自走船かは明らかだろう。
「ようやくね。みんな、準備をして。」
ジェネルの指示で職員が位置につく。
そのうちの一人の職員が、ゆっくりと迫る自走船の前へ。
その職員の誘導を出すと、職員の前で自走船が止まる。
「自走船、停止しました。」
「えぇ、今行くわ。」
職員がそう報告すると、ジェネルが自走船の前へと向かう。
すると、それと同じく自走船から職員が降りてきた。
ジェネルの前に職員が立つ。
「只今、到着いたしました。」
「本部の職員ね?」
「はい。ハンターの運搬及び、戦闘の補助をするよう指示を受けています。」
そう言った職員の横に、追いついた職員が並んでいく。
他の自走船の代表の職員達だ。
「私は、ここの責任者のジェネルよ。ここからは、私の指示で動いて貰うわ。」
「了解。」
職員の内の一人が返事をする。
それを見たジェネルが頷く。
「早速本題に行きたいところだけど、その前に避難民について教えて欲しいわ。無事に避難できていたかしら。」
任せた問題とはいえ、責任者として心配なのだろう。
すると、それに対して職員の一人が答える。
「えぇ。無事に避難できていましたよ。不気味なほどに肉食の獣がいなかったので、このまま無事に避難できると思います。」
「肉食の獣がいないのは、露払いを頼んでいるから心配はいらないわ。…そう、上手く引きつけてくれたのね。」
肉食の獣がいないという事は、見送った三人がどうにかしてくれたという事だ。
恐らく、避難民を妨害するものは現れないだろう。
その事実を聞いて安堵するジェネル。
「では、今度こそ作戦に移るわ。しっかりと聞いて頂戴。」
ジェネルが職員達へと作戦の説明をしていく。
鬼を討伐する為の大事な作戦が進んでいく。
「ここまではいいかしら? 目的地へは、こちらで用意した竜車で誘導するわ。後、配置についてなんだけど。」
「それなら、こちらで済ませています。相手が判明しているのもあり、戦い慣れたハンターを送れるよう振り分けています。」
「流石ね、助かるわ。」
相手が分かっているのに、何も対処しないような組織ではない。
当然の事ながら、既に出来る準備は済ませてあるのだ。
そのハンターが、自走船の上から声をかけてくる。
「なぁ、あんた。本当に鬼ってモンスターはいるのか?」
「えぇ、いるわ。じゃなきゃ、ここまで派手に動いてないわよ。」
「本当か? 何か、たった四匹のモンスターにやられるなんて信じらんねぇっていうか。実は、この先のハンターが弱いだけだったりしてな。」
そのハンターは、鬼の正体について疑っているようだ。
すると、他のハンターがそのハンターの肩を掴む。
「茶化すな。死人が出てる。それに、いるから本部が動いているんだろう。」
「いや、それが逆に現実味が無いというかな。」
そう思うのも無理はない。
事が大きくなるほど、現実味が無くなるのが当たり前だろう。
肩を掴んでいたハンター前に出る。
「うちのがすまない。だが、まぁ、こいつの気持ちは分かるんだ。本部がここまで焦ってるのは初めてだしな。そんなに切羽つまった状況なのか?」
「えぇ、生き残った者は数人。大陸の一部が沈没しているのも確認されているわ。
生き証人から聞いた情報だ。
その被害は、相手の数で測るような話ではない。
それだけの事が起きているのは事実だ。
「なるほど、思ったより大事のようだ。気を引き締めて挑むしかあるまいな。」
「ま、そこは問題ねぇよ。仕事で気を抜いた事は無いって。」
気楽に振る舞っているが、これでもハンターだ。
モンスター相手に気を緩めるような経験はしていない。
そこらの心配は無用だろう。
「心強いわね。では、早速向かって頂戴。竜車をここに。」
ジェネルの指示で四台の竜車が並んでいく。
ハンター達が乗った自走船を、目的地まで誘導する竜車だ。
「とにかく、私達が止めないと被害は大きくなるわ。そのつもりで、挑みなさい。では、出発!」
ジェネルが腕を前に出すと、それに合わせて自走船が走り出す。
その後を、自走船が追いかけるように走り出す。
そのまま竜車が分かれると、自走船もまた散らばり追いかける。
「とうとう始まるわ。気合いをいれないと。」
「冷静に…ですよ?」
「ふふっ、分かってるわ。」
自身の顔を叩いて気合を入れるジェネル。
そのジェネルの視線の先で、自走船達が暗闇の中へと向かっていく。
目的地へと真っ直ぐ進んでいく。
その途中、自走船が停止する。
「っ!? 何が?」
「どうした!」
急な事に、船上のハンター達がよろめく。
先頭の自走船が急に立ち止まったのを見て、後ろの自走船も止まる。
「いったい何が。」
「すいません。進む先に。」
「ん? 何があるってんだ。って、おい見ろよ!」
船の頭から下を見たハンターが叫んだ。
それを聞いた職員達もまた下を除く。
「っ!? これは…。」
それを見た者達は、口を開いて固まる。
皆が、そこにある光景に言葉を失っている。
「避難民か。」
重い口を開いたのはハンターだ。
ハンターの男の言葉通り、そこにあるのは避難民だったもの。
その死体が、辺りの地面を埋めている。
「だろうよ。ひでぇ有様だ。」
見渡す限りの人の死体。
その死体はどれも、まるで叫んでいるかのように目や口を開いている。
否、よく見ると口の端が上がっている。
「笑っている? まさか、そんな。」
「いえ、報告どおりです。これが、鬼鳥竜の粉の力。」
鬼鳥竜の粉については、当然報告を受けている。
目の前の現状は、まさに報告通りの光景だ。
「恐ろしいな。粉で生き物を殺める鳥竜なぞ、見たことない。」
「それは、我々職員も同じです。取り敢えず、ここは通れない。迂回しましょう。」
職員の一人が自走船の後ろに移動し迂回と叫ぶ。
それを聞いた自走船が、方向を変えて横へ移動する。
自走船は、回るように方向を変えて進み出す。
その際、下から何かを踏み潰すような酷い音が聞こえてくる。
「うえっ、嫌な音だな。」
どうやら、回る際に一部の死体を踏んづけたようだ。
何かが潰れる音が辺りに響く。
「言うな。こいつらだって、こんな目に合うために転がっている訳ではないだろう。」
ただ逃げたかっただけ。
ただ生きたかっただけ。
そんな思いも、こうして簡単に砕け散る。
「明日は我が身だ。他人事と思うなよ。」
「だな。」
下手をすれば、自分達も同じ姿へとなり果てる。
そんな大事な事を教えてくれた避難民達を尻目に、自走船が走り出す。
そして、自走船が各森へとたどり着いていく。
その中のとある森に到着する自走船達。
そこにいた職員が迎え入れる。
「本部のハンター、到着。」
「お待ちしてました。」
「えぇ、間に合ったようですね。」
ハンターギルドの職員同士が会話を交わす。
そして、目の前の自走船の明かりに照らされた森を見る。
「ここにいるんですね。」
「はい。ここに、鬼鳥竜が逃げ込んでいるのが確認されています。」
この森にいるのは鬼鳥竜。
よく見れば、うっすらと濁った森の姿が目に映る。
「随分と濁った森ですね。」
「鬼鳥竜の粉です。吸わないように気をつけて下さい。」
「なるほど。つまり、ここにいるのは確かという事ですね。」
森を覆う鳥竜の巣。
それは、ここに鬼鳥竜がいると証明しているものだ。
それが分かれば後は早い。
「後は、おびき出して誘導するだけですね。」
「えぇ、マスターの作戦ではそうなっています。早速、気球に合図しましょう。」
決して手は出さずにおびき出す。
それが、ジェネルより与えられた任務だ。
職員の一人が、空に向かって手に持った光る棒を振る。
そうしていると、職員の話を聞いていたハンター達が降りてくる。
「そうと分かればとっととぶっ潰しちまおうぜ。」
その口には、特殊な鎧を装備している。
そのせいか、若干声がくぐもっている。
「先に伝えますが、おびき出すだけですよ。」
「分かっているさ。下手に飛び込むと、さっきの死体みたいになるってんだろ。」
粉の恐ろしさは、先ほど見たばかりだ。
それで、馬鹿みたいに突っ込むような者達ではない。
「それよりも、あんたらも準備もしなよ。今から俺達行くからよ。準備が遅れましたなんて、無いようにな。」
「えぇ、勿論。頼みましたよ。」
手を振って返したハンターは、森へと入っていく。
その後を、数人のハンターが付いていく。
「この装備を付けていると、まともに動けん。急いで、奴の場所を特定するぞ。」
その装備には、空気を綺麗にする力は無い。
粉を遮断する力はあるが、それと同時に入ってくる空気も減らしてしまう。
常に動き続けるハンターには痛手なのだ。
くぐもった声で言うハンターに頷いたハンター達が、進む速度を上げる。
次の瞬間だった。
クエエエエエエエエエエエエエエッ!
静寂が包む森に、恐ろしい鳴き声が響き渡った。
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