第33話 役割

 部屋を出て廊下を歩く二人。

 その際、歩きながらファイルを鞄の中に仕舞うベージュ。

 その鞄を閉じた時だった。


「準備が出来た者から早く!」


「来たものから馬車へ! 急いで!」


 どうやら、避難の誘導の声のようだ。

 しかも、一つではない。

 その声は、街のあちこちから聞こえてくる。

 その声に合わせて、住民達が同じ方向を目指して向かっていく。


「順調そうだな。これなら、手伝う必要が無さそうだ。」


「事前に情報があったもの。おかげで、時間に余裕があったわ。」


 前回の避難は、時間の無さから商人ギルドが手を貸すことにした。

 しかし、今回は時間に余裕がある。

 騒動の話が来た時点で、逃げる準備はしていたようだ。

 そんな避難民達を見ていると、どこからか聞き慣れた声が聞こえてくる。


「おーい、マスター。」


「ん? ポットか。」


 声のする方を見ると、ポットがこちらに走って来ているのが見える。

 疲れを感じさせない声だ。

 ポットもまた、商業ギルドの習慣が備わっているようだ。


「どうだ? 休めたか?」


「へい。しかし、こんなにのんびりしてていんでしょうかね。」


「仕方ないだろう。こんな、肉食だらけの夜に護衛無しに動く訳にはいけないからな。」


 夜の道は、肉食の生き物が闊歩する時間だ。

 そんな所で、護衛無しで避難するのは困難だ。


「聞いたぜ。確かに、こんな中で急ぐのは逆効果か。」


「そういう訳だ、前回と違って時間はある。今は、安全を優先すべきだ。」


 鬼から逃げた先でやられては意味がない。

 安全に逃げる為にも、落ち着いての行動が必要なのだ。

 そんな話をしていると、ポットが辺りを見渡す。


「それで、俺達はどの馬車に乗れば良いんだ?」


「いえ、あなた達が乗るのは馬車ではないわよ。」


「ん? どういう事だ?」


 先程から話を聞いていたジェネルが口をはさむ。

 どうやら、馬車に乗って逃げる訳では無いようだ。


「じゃあ、俺達は何に乗ればいい?」


「心配しないで。これから向かう先に行けば分かるわ。さぁ、行きましょう。」


 そう言って、再び歩き出すジェネル。

 疑問を抱きながら、その後を二人がついていく。

 そのままジェネルの後を歩くと、大きな小屋の前に着く。


「ここって確か、小竜を届けた小屋だよな?」


「えぇそうよ。ここは小竜を入れておく小屋だもの。さ、入って。」


 この町に来た時に、真っ先に来た小屋だ。

 ジェネルに促されて、小屋へと入る二人。

 そこには、小竜を入れておく空間が縦横に並んでいる。

 しかし、肝心の小竜がいない。


「出払っちまってるか。」


「いや、あそこを見てみろ。」


 ポットが指差した、もぬけの殻となっている小屋の端を見る。

 そちらを見ると、ユグリスが立っていた。

 その後ろには、三体の小竜が並んでいる。


「まさか、そいつらでか?」


「そのまさかよ。」


 それだけ言うと、小竜の世話をするユグリスへと向かうジェネル。

 すると、気づいたユグリスがジェネルを見る。


「小竜の調子はどう?」


「えぇ、いつでも行けますよ。」


 ユグリスが小竜を撫でると、それに答えるようにブモッと鳴いた。

 その凛々しい顔からは、任せてくれとの気持ちが伝わる。

 しかし、何故か戸惑うベージュが口をはさむ。


「なぁ、小竜って大事な戦力だろ?そんなのに乗れねぇよ。それなら、他の奴に任せた方が良いんじゃないか?」


 鬼と戦うに至って、小龍の存在は必要な存在だ。

 それに、避難民を引っ張れば馬車より多くの避難民を運ぶ事が出来るだろう。

 しかし、そんな事はギルドも知っている。


「俺達だって同じ考えだ。しかし、お前たちの持つファイルも、同じく優先しなくてはならない。お前達だって届けたいのだろ?」


「ファイルを…そうか…。」


 大事な戦力を減らしてでも優先させたい。

 それ程の価値があると、ハンターギルドが認識したのだ。


「じゃあ、ありかたく使わせて貰うぜ。」


「えぇ、遠慮なく使ってやって頂戴。」


 元々、そのつもりだったのだ。

 仕事をこなす為にも、小竜の足は役に立つだろう。

 それに、貸し出す理由はまだある。


「それに、無意味に貸し出す訳じゃないわ。一つ、あなた達にお願いしたい事があるの。」


「お願い?」


「そう。先に出て肉食の露払いをして欲しいの。」


 肉食と言えば、避難民の逃げ道にいるもの達だ。

 それらを追っ払って避難路を作れという事だろう。


「つまり、避難民を助けろって事か?」


「そうよ。」


「でも、俺達じゃ戦えないぜ?」


 流石のベージュ達と言えども、本格的な戦闘は出来ない。

 そうなると、避難民を助ける所では無くなってしまう。

 すると、それに答えるかのようにユグリスが前に出る。


「そうなったら俺が出る。」


「あんたも来るのか?」


「あぁ。ハンターギルドとして、全て丸投げとはいかないからな。」


 頼みはしたものの、部外者に危険な事を全てやらせる訳にはいかない。

 なので、ハンターを警護としてつけるようだ。


「そういう事よ。知り合いみたいだし問題ないわよね。それで、どう? やってくれる?」


「やってくれるって、ファイルで逃げ道塞いでおいてそりゃねぇだろうよ。」


 そうは言うものの、既に答えは決まっている。

 それを向こうも知っているだろうとジョークを言ったのだ。

 ベージュがジェネルに笑顔を向けて見る。

 

「任せな。肉食ごとき、どうにでもしてやら。」


「良い返事ね。…ユグリス。」


「分かりました。」


 笑い返したジェネルの指示で、ユグリスが小竜の手綱を軽く引っ張った。

 すると、それに合わせて小竜が出てくる。

 そのまま、小竜を小屋の外へと誘導するユグリス。


「こいつらも、さっき乗っていた奴らだ。俺のは違うがな。」


「これでも商人だ。見れば分かる。よろしくな、お前さん。」


 小龍の首元を軽く叩いて上に乗るベージュ。

 それに対して、小竜が軽く鳴いて返事をする。

 その横で、ポットももう一匹へと乗る。


「勝手に決めてすまなかった。」


「いいや、俺も同じ意見だからな。それに、鬼と戦うよかチビ助共に追われたほうがマシだし。」


「言えてるな。だけど、任された以上は仕事だ。全力で行くぜ。」


「当然。」


 ポットの気合いは充分だ。

 仕事に大きいも小さいも無い。

 任されたものに手を抜く二人ではない。

 そんな二人を見ていたユグリスも小竜に乗る

 これで、準備は万端だ。


「いいかしら? まずは六の地区のハンターギルドの施設へ。そこに、本部から来た幹部の人がくるはずよ。ギルド長達もそこに来るわ。」


「んじゃあ、そこを目指せば良いんだな?」


「えぇ。ついたら私の名前を出して頂戴。話はしてあるから通してくれるはずよ。」


 目指すは、本部が集結する六の地区。

 当然、ギルド長もそこに向かう。

 会うまでの段取りも、既にしてくれているようだ。


「分かった。色々と世話になった。ありがとな。」


「えぇ、気をつけてね。」


「それはこっちの台詞だ。死ぬなよ。」


「勿論よ。」


 そう言って、二人が視線を交わす。

 危険度合いで言うと、鬼と戦うジェネルの方が上だろう。

 それでも、心配から声をかけたのだ。

 しばらく視線を交わすと、横の二人に移す。


「さ、行こうぜ。」


 ベージュの言葉に二人が頷いた。

 すると、小竜が走り出す。

 それから一気に速度を上げて、ジェネルから遠ざかっていく。


「このまま、外に出るぞ!」


「おう!」「あぁ!」


 速度を上げた三匹の小竜が街を駆ける。

 速度は既に全速力だ。

 その勢いで街を突っ切り、外へと飛び出す。

 そのまま、暗闇の中を突っ走る。


「また小竜に乗る事になるとはな。」


「だな。速度も良いし便利だ。だけど、荷物を運ぶとなると揺れがな。」


「仕方ねぇさ。向き不向きがあるからな。やっぱ、商人には馬が合うかな。」


 小竜の乗り心地から、仕事の話で盛り上がる二人。

 以前と違って、余裕が生まれたという事だろう。

 しかし、その余裕は続かない。


「話の途中で悪いが来ているぞ。」


「おっと、まずこっちに集中しないとな。」


 目の前に、暗闇に浮かぶ複数の影。

 よく見ると、ウルフの群れだ。

 緩んだ顔を引き締める二人。


「おし、出番だな。まさか、ヘタれたりしてねぇよな。」


「まさか。」


「んじゃ、このまま突っ込むぜ。」


 相手が群れだからといって、ひるむ必要はない。

 速度を落とさず突っ走る。


「小竜達、任せたぜ。」


 そう呼びかけると、明るい返事が返ってくる。

 小竜達も、やる気は万全だ。

 そのまま臆する事なく、ウルフの群れに突っ込んでいく。

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