二日目前半 止まらない崩壊
第32話 最悪の目覚め
ギルドの倉庫の前に男が立っていた。
その倉庫に入ると、職員達が声をかけてくる。
マスター、準備が出来ました。
おう、お疲れ。
こっちも完了しました。
馬車に荷物を詰め込む職員達の報告を受けながら歩いていく男。
それに対し、満足そうに返事を返していく。
これで、と、俺達で最後かな。荷物の詰め込み完了です。
分かった。それじゃ、出発してくれ。お前ら、今日も頼んだぜ。
ギルドマスターが声を張ると、職員達が返事をしながら馬車に乗り込んでいく。
そして、手前の馬車から動き出す。
「しゅっぱーーつ!」
先頭の馬車の職員の声に合わせて、次から次へと馬車が動き出す。
向かう先は、荷物を届ける場所。
その目的地へと、各々別れて進んでいく。
それを見送ったギルドマスターが、満足そうに頷いた。
これが、いつもの些細な日常。
そして、ギルドマスターとして誇りに思える瞬間だ。
その誇りである部下達の背中を、見えなくなるまで見送った。
「はっ、ここは?」
ギルドマスターのベージュは、見知らぬ景色によって頭の思考が止まってしまう。
そして、思い出してしまう。
あの地獄のような光景を。
それと、ここまで何があったかを。
「最悪な目覚めだ。」
思い出したくもない最悪の記憶。
しかし、ベージュの頭に鮮明に浮かんでくる。
「夢じゃねぇよな。」
いくら否定しようにも、事実が無くなる事はない。
そんな嫌な記憶を振り払うように首を振るベージュ。
そして、自分の今の状況を確かめる。
「いつの間にか寝ちまってたのか。」
そう呟き下に視線を落とすと、机と紙が目に入る。
どうやら、書き終わったと同時に机に突っ伏して寝てしまったようだ。
軽く一息ついて眠気を覚ますと同時に、机にある紙を手に取る。
「書き終わっているよな?」
そこに書かれているのは鬼の鳥竜、鬼鳥竜について。
自分が体験した事が、そこに書き起こされてある。
その紙を上から下まで目を通すベージュ。
「問題ねぇな。…多分。」
どうやら、最後まで書ききれているようだ。
満足すると、紙を机に戻す。
「これが役に立つのかは分からねぇ。でも、情報は武器だ。伝えなくて無駄になる事はねぇだろうよ。」
相手の情報が有るのと無いのとでは、有った方が良いのは当然だ。
なにせ、相手は常識では考えられない奴らだ。
何も知らずに、無抵抗でやられる事は無くなるだろう。
そう思い、記録に残す事にしたのだった。
「そういえば、鬼はどうしたんだ? ポットの奴もいねぇし。」
部屋にはベージュ一人だ。
ポットも、自分と同じように休んでいる筈なのだが見当たらない。
そして、鬼の行方も分からない。
あれから結構経っているはずなのに、地響き一つしない。
「何もねぇのが逆にこえぇな。仕方ねぇ、誰かに聞きに行くか。」
何も知らないままなのも気持ち悪い。
そう思い、部屋から出る為に立ち上がろうとした時だった。
ベージュが片膝を立てたと同時に、部屋の扉が開いた。
「ん? 誰だ?」
急な来訪に、立つのを中断するベージュ。
すると、開けた扉の向こうから返事が返ってきた。
「あら、起きていたのね。」
「あぁ、あんたか。」
そこにいたのは、この施設のギルドマスターであるジェネル。
そのまま部屋に入ったジェネルは、ベージュの横に座る。
その手には、汚れたファイルを持っている。
「寝心地は良く無かったかしら?」
「いや、おかげさまでぐっすりだ。」
「そう? その割には、早いお目覚めだけど。」
「目覚めが早いのは、仕事柄でな。気にしないでくれ。」
商人の仕事は、何が起きるのかが分からない。
なので、何が起きても対処出来るように寝る時間も短く済ませるよう体が出来ているのだ。
それは、現場に出なくなっても習慣で続けているのだ。
「俺の連れは?」
「彼なら別室よ。貴方のように休んでいるはずよ。」
「そうか。それを聞いて安心したよ。」
ポットは、別の部屋で寝ているようだ。
この部屋に、ベージュ一人なのも頷ける。
「んで、早い目覚めと言ったが、今はどの位だ?」
「そうね。丁度、夜の半分ぐらいかしらね。」
「そうか、だいぶ経ってるな。鬼の奴らは?」
「反応は無し。恐らくだけど、夜になったから寝てるのでしょうね。」
静かなのは寝てるから。
鬼とは言えど生き物だ。
夜になれば、寝るのは当然だろう。
「すきかって暴れておいてぐっすりか。いい気なものだな。」
「そうね、腹立たしい事に。でも、おかげで戦う準備が整うわ。」
「戦うか。寝込みを襲うのか?」
「えぇ。奴らが寝ている今が絶好の機会。丁度、本部のハンターも近くまで来ているみたいだしね。」
鬼が寝ている間に、準備を整えて叩く。
近づく事すら困難な相手と戦うには、この手段しかないだろう。
そうすると、一つ問題点が生まれる。
「ここの住人はどうすんだ? 巻き込んじまうだろう。」
「それなら、六の地区のハンターと協力して避難させるつもりよ。夜は肉食の獣が彷徨いているだろうしね。」
「なるほど、既に手はうってあるわけか。」
「本部からの報告によると、七の地区全体を決戦の地にするみたいね。私にも、その準備をするよう支持が来ているわ。」
一つの地区を丸ごと戦場に。
それほどの規模になるのは、覚悟しているようだ。
その為には、この地区のハンターギルドの協力は必要不可欠だ。
「じゃあ、今は忙しいんじゃ無いのか?」
「忙しかったわよ。一通り終わったから起こしに来たの。」
「そうかい。って事は、出る準備も終わったって事か。」
「そうよ。もう何人かは街を出てる。貴方達も出る準備を済ませておきなさい。」
そう言いながら、ファイルを手渡すジェネル。
それをベージュが受け取ると、机の上の紙をファイルに入れた。
それを見ていたジェネルが聞く。
「それは?」
「沢山の民間人をやった、くそったれの情報だ。」
そう、そうね。確かに無かったものね。
ファイルを見たジェネルには、それがなにか分かったようだ。
無差別に民間人を殺したそいつの存在を。
「そうね。情報は大事だわ。奴らと渡り合う為にもね。」
「あぁ。もう、あんなのを見るのは勘弁だからな。」
あの時の光景は、ベージュの記憶にしっかりと刻み込まれている。
もう、同じ悲劇は見たくない。
そして、そう思うのはベージュだけではない。
「えぇ、止めてみせるわ。絶対に。」
直接見てはいなくても、その気持ちは変わらない。
その決意を胸に、ジェネルが立ち上がる。
「だから、今度は私達の番。寝起きで悪いけど、行けるわよね?」
ジェネルが扉まで歩いて振り向いた。
すると、ベージュが立ち上がり後に続く。
拒む理由などない。
「あぁ、あたりめぇだろ。」
これ以上、鬼を暴れさせる訳にはいかない。
その互いの気持ちは同じなのだ。
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