第30話 報告

 狂った人の群れを抜けて、再び何もない場所へと出る。

 辺りは日が落ちかけているのか、薄暗くなっている。


「ひでぇな。」


「そうだな。」


 あまりの光景に、衝撃は大きかった。

 もはや、会話をするのもしんどいほど精神が疲労している。


「どうしてこんな目に合わなきゃなんねぇんだ。」


「全くだ。」


 向けられた、憎しみの込もった目を思い出す。

 同じ人間、同じ被害者に向けられたのだ。


「俺達がしている事は正しいのか? 本当に誇りとやらが大事なのか?」


 今までは、誇りを探す事でやる気を保っていた。

 しかし、あの目を見てから疑問を持つようになった。


「俺達のやる事は無駄じゃないのか? このままやる事に意味があるのか?」


 そう思うには、充分な出来事だった。

 どれだけ努力をしても、鬼によって軽々しくねじ伏せられる。

 考える度に、疑問が大きく膨らんでいくのだ。


「分かんねぇよ。」


 悩むベージュの呟きを黙って聞く二人。

 返す言葉が見つからないのだ。

 それからしばらくの沈黙が続く。

 すると、目の前に町が見えてくる。


「町が見えたぞ。どうする?」


「行こう。せめて、ハイグルさんの思いだけでも守るんだ。それが、正解なのかは分からないけどな。」


 何が正解かは分からない。

 だけど、命をかけたハイグルの思いを無駄にする事は出来ない。

 それをしてしまえば、ハイグルの死が無意味になるからだ。

 そんな気持ちを抱きつつ町へと入る。

 そして、ユグリスの案内でハンターの施設に着く。


「ここだ。まずは、俺が話をつける。」


「おう。ポットは小竜を職員に引き渡してくれ。」


「へい。」


 ポットと別れたベージュとユグリスが施設へ入る。

 すると、一人の女性が近づいてくる。


「ユグリス、帰って来たのね。ねぇ、防衛線から連絡が来ないけど知らない? って、皆はどうしたの?」


 ユグリスの後ろを見る女性。

 皆とは、ユグリスの仲間達の事だろう。


「死んだ。防衛線の連中も全滅だ。」


「何てこと・・・。」


 女性が驚き口を押さえる。

 あれだけの戦力が滅んだと言うのだ。

 驚くのも無理はない。


「しかも、一瞬だ。一瞬で全てが滅んだ。相手は、我々が思うより強大だった。」


「ありえないわ。この町の全戦力なのよ?」


「それでも滅んだ。それほどの相手だと思ってくれ。」


 この町の全戦力が一瞬で滅んだ。

 その事実は、相手の恐ろしさを知るには充分だ。

 しかも、被害者はそれだけではない。


「・・・避難者は?」


「見た奴は全員駄目だ。後は、ここに逃げ込んだ奴らだけだ。」


「逃げ込んだ? いいえ、辺りを見ている職員からの報告は無かったわ。」


「なっ、全員やられたとでも言うのか!?」


 避難民の保護をする職員を派遣している。

 しかし、避難民の到着を知らせる報告は無かったようだ。

 それはつまり、誰一人として生き残っていない事を意味する。


「避難民はいない。それを守る者もいない。一体、どうすれば。」


「その事なんだが、話がある。」


「話?」


 女性が聞くもユグリスは答えない。

 代わりに、ベージュが答えるように促す。

 すると、ベージュが前に出る。


「俺は、商業ギルドの商人だ。九の地区の責任者をしている。いや、していたか。」


「九の地区。事件が発生した場所ね。私は、ジェネル。ここの施設の責任者よ。」


 女性の正体は、ここのギルドマスターのようだ。

 どうやら、詳しい話は知らないらしい。


「それで、あそこで何があったの?」


「そうだな。まずは、この資料を見てくれ。」


 ベージュが鞄から取り出したファイルをジェネルに見せる。

 すると、ジェネルは表紙の文字に目を通す。


「襲われた? 確かに、エリアがある地区だけど。」


 エリアがあるから、襲われても仕方ない。

 しかし、それでは済まない被害が出ているのだ。

 少し悩んだジェネルは、中から書類を取り出して目を通す。


「鬼? 四匹のモンスター? たったそれだけの相手にやられたとでも言うの?」


 それらをしでかしたのは、たった四匹のモンスターによってだ。

 普通なら、そのような事で滅ぶ程の戦力ではなかった。


「そのまさかだ。実物を見た俺が保証する。このままでは勝てない。」


 勝つことなど出来ない。

 それを、嫌なほど思い知らされてしまった。


「じゃあ、どうしようっていうの? このまま死ぬのを待てと?」


「いや、この書類があれば何とかなるはずなんだ。その為にも、本部にこの資料を届けたいんだが、俺なんかじゃ会うことすら出来ない。だから、あんたに橋渡しを頼みたいんだ。」


「なるほど。だから、わざわざここまで来たのね。」


 ジェネルが資料を捲っていく。

 そこにある資料は、どれもびっしりと書かれている。

 考え抜いて導きだした物である事が伺える。


「分かったわ。ついて来なさい。本部に連絡をいれるわ。」


「あぁ、頼んだ。」

 

 ジェネルもまた、伝えるべき物であると理解したのだろう。

 二人を連れて、通信機がある部屋へと向かう。


「あれ、マスター? 作戦は終わったんですか?」


「いいえ。その事で、本部と連絡が取りたいの。少し席を開けてくれる?」


「分かりました。ごゆっくり。」


 通信機を弄っていた職員が部屋を出る。

 すると、ジェネルが通信機の受話器を取る。

 それから、通信機のひねりを回す。


「こちら、七の地区のギルド施設。応答せよ。」


 受話器に向かって話し出すジェネル。

 どうやら、本部と繋がったようだ。


「えっ、ギルド長!? えぇ、はい。作戦は失敗。現状、かなりの犠牲者が出ています。えぇ、避難民も。八と九の地区は、全滅と言って良いでしょう。」


 本部に現状の報告をするジェネル。

 すると、受話器の向こうから驚く声が部屋に響く。

 向こうの人物も、そうとう動揺しているようだ。


「それについてなんですが、生存者の一人が本部と連絡を取りたい者がいまして。」


 ベージュの事を知らせてくれたようだ。

 それからの、しばらくの沈黙。

 そして、受話器を離したジェネルがベージュを見る。


「話がしたいそうよ。」

 

 そう言って、ベージュに受話器を渡す。

 それを受け取ったベージュが、受話器の向こうに呼びかける。


「代わったぞ。ハンターギルドの本部で間違いないな?」


『いかにも、ここはハンターギルドの本部。そして、私がその長を務めるギルド長だ。』


 ギルドで一番偉い役職のギルド長。

 受話器の向こうの人物がそう名乗る。

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