第22話 雨の中の逃走

「雨か。やべぇな。」


 雨の気配を察したポットが上を見る。

 少しずつだが、水滴が頬に落ちてくる。


「このまま降られたら、地面に車輪を取られちまうか。」


「そうなるまでに、ウルフの連中を払った方が良いな。」


 雨で地面が濡れると、車輪が上手く回らなくなる。

 そうなると、あっという間に捕まってしまう。

 しかし、馬車とウルフの距離は段々と縮まっていく。


「後ろ、来てるぞ!」


「やっぱ、人を乗せてると速度は出ねぇか。」


 後ろを見たベージュがぼやく。

 人を乗せてると、速度を上げる事が出来ないのだ。

 払う所ではなくなってしまう。


「ひっ、追い付かれる。」


「どうにかしてくれっ!」


 迫るウルフに避難民が騒ぎ始める。

 すると、ウルフの一匹が馬車の中へ飛び込んできた。


「き、来たっ。」


「蹴飛ばせっ! それでどうにかなるっ!」


「あ、あぁっ。」


 戸惑いつつも、避難民の一人がウルフを蹴飛ばす。

 すると、蹴られたウルフが馬車の外へ吹き飛ばされる。


「で、出来たっ!」


「やれば出来んじゃねぇか。そのまま頼むぜ。」


 入って来たウルフが蹴飛ばされていく。

 それでも、ウルフが馬車を囲むように走っている。

 周りを確認するポット。


「囲まれたか、直接馬車を狙いにきたな。」


「こういう時どうするんすかっ!」


「巣の外まで耐える。どうせやつらは、寝床からは離れねぇからな。」


 ウルフにだって、家となる巣がある。

 その範囲の外まで出れば引き返すのだ。


「おらおら! 死にたくねぇ奴は、気張って蹴りやがれ!」


 生き残るためには、戦うしか無いのだ。

 飛びかかるウルフを蹴り飛ばす避難民達。

 すると、馬車が横に揺れた。


「大変だ! 横から突っ込んで来たぞ!」


「ほっとけ! どうせ、走りながらだと強くは突っ込めねぇ。こんぐらいなら耐える!」


 走りながらだと、上手く踏ん張る事が出来ない。

 そうなると、突っ込む威力も弱くなる。

 そんな攻撃にやられるような馬車ではない。


「そのまま続けろ!」


 それから、しばらくの攻防が続く。

 しかし、ウルフの群れが退く様子は見当たらない。

 そこそこの距離を走ったのにも関わらずだ。


「なぁ、充分走ったんじゃないか? もう良いんじゃないか?」


「そのはずだが。一体、どうなってやがる。」


 巣から離れたと言ってもいい距離を走ったはずだ。

 それでも、ウルフの群れは退こうとしない。

 しかも、ついに雨が激しくなる。


「本降りだ! くそっ、面倒な。」


「逃げきれなかったか。マスターどうする?」


「仕方ねぇ。防衛線まで一緒に行くしかねぇか。」


 防衛線に行けば、本部のハンターがいるだろう。

 この程度のウルフぐらい、どうにかしてくれる筈だ。

 しかし、その場所がどこにあるのか分からない。


「い、行けるんすか?」


「大丈夫だ。散歩と思えばいい。」


「思えないっすよ!」


 このまま、ウルフとの攻防を続ける。

 すると、今度は馬車の速度が落ちてきた。

 車輪が地面に沈んだ為、速度が落ちたのだ。


「とうとう、地面がぬかるみ始めたか。」


「追い付かれるっす。ど、どうすれば。」


「落ち着け、問題ねぇよ。」


 影響を受けるのは馬車だけではない。

 その馬車を襲おうとウルフが飛び掛かった時だった。

 激しく滑って失敗に終わる。


「こいつらだって同じ立場だ。影響もまた同じだ。」


 次から次へとウルフが滑っていく。

 それが、後ろのウルフも巻き込み数を減らす。

 それを見て歓声を上げる避難民。


「や、やった。どうにかなったぞ!」


「まだだ。まだひばりついてる奴等がいる。」


 それでも諦めないウルフが残っている。

 滑る地面に耐えながら追ってくる。


「随分と必死じゃねぇか。何かあったのか?」


「そういえばだな。こんなの初めてだぜ。」


 ギルドでの経験上、今まで無かった事のようだ。

 何かあったと思うのは当然だ。


「何って、何っすか?」


「そりゃあ、巣が無くなったとか。可能性だがな。」


 そもそも巣がないから帰らない。

 帰る所が無いなら、帰りようがないのだろうか。


「じゃあ、こいつらは巣をぶっ壊された群れって訳か。」


「でも、多すぎじゃないっすか? まさか、沢山の群れの巣がまとめて潰されたとか。」


 一気に潰されたから複数の群れが集まったのか。

 そうとしか考えられない程の数だ。


「ありえるかもな。そう考えると、この数なのも理解できる。」


「確かに。でも、原因は何だ?」


 何もないのに潰される訳がない。

 そこで、必ず何かが起きている筈だ。

 しかし、その原因は考えるまでもない。


「決まってんだろ。そんな事が出来るのは、大物クラスの奴だろ。」


「なるほど、奴らか。」


 その存在を見たばかりだ。

 大陸を崩す程の圧倒的な力を持つ四体の鬼。

 ウルフの巣など虫の巣に等しい。


「つまり、二次災害って奴か。」


「だろうな。奴等がやらかした行為が全てじゃねぇ。」


 鬼が暴れた事により、被害を受けたもの達も行動を起こす。

 それが連鎖していき、次の災害が起こる。

 決して、鬼が直接行った事だけで済むわけがないのだ。


「って、のんびり話してる場合っすか!」


「そんな事言われても、俺達に出来る事はねぇからな。」


 焦ったとて、どうにか出来る手段はない。

 ただ、無事に逃げ切れるのを待つだけだ。

 その時、滑ったウルフが後輪に衝突した。


「うわっ。」


 その勢いで車輪が曲がり、馬車が横に軌道がずれた。


「しまっ!」


 さらに、横の馬車に突っ込んで巻き込んでしまう。

 馬車は、倒れずとも大きく破損し地面を削る。

 その馬車からは、複数の悲鳴が上がる。


「マスター! ポットさん!」


「構うな! 行け!」


 その馬車は、ベージュとポットが操る馬車だ。

 完全に停止し、動かせるような状態じゃない。

 しかし、それで他の馬車を止める訳にはいかない。

 何故なら、ウルフが集まり始めたからだ。


「うわっ、来てるぞ!」


「誰かっ、助けてくれーーーっ!」


 迫るウルフに避難民が叫ぶ。

 馬車は完全に囲まれて動きが取れない。

 逃げるスペースもない。


「どうする、マスター。流石に多いぞ。」


「くっ。ここでくたばる訳にはいかねぇってのに。」


 どうにか逃げ道を探す二人。

 しかし、完全に包囲されている。


「幸いにも雨だ。かけるか?」


「しかねぇな。一体ずつ相手なら何とかなるか。」


 思考を巡らせる二人。

 しかし、相手は待ってくれない。

 その時、一筋の光が走る。


「なんだ?」


 その光の方を見る二人。

 すると、何かの足音が近づいて来る。


「あれはっ、竜車か!」


 そう判断した直後だった。

 竜車を引いている小竜が、ウルフの群れに突っ込んだ。


「避難民を守れーーー!」


「「「おーーーーーっ!」」」


 竜車の中から誰かが叫ぶ。

 その声で、自走船から複数の人が降りてウルフへと向かう。

 そして、叫んだ人物が避難民へと近づいて来る。


「あんたらは?」


「我々は、九の地区のギルド施設の要請で派遣されたハンターです。」


 どうやら、ハンターが駆けつけて来たようだ。


「ここからは我々が守る。もう、大丈夫だ。」


 その男は、避難民を安心させるように優しく笑った。

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