一日目後半 鬼と呼ばれしもの

第21話 二次災害の始まり

 休息から少し経った。

 戻ってきた職員から、馬車に乗り込んでいく。

 すると、準備を終えた馬車が動き出す。


「おっ、動き出したな。」


 最初にいた馬車は、全て出発した。

 残りは、後から来た馬車だけとなった。

 二人の乗る馬車はまだだ。


「俺達も急ぎたいんだが、避難民を押し退ける訳にはいかねぇからな。」


「あぁ、大人しく待ってようぜ。」


 早く逃げたいのは皆同じなのだ。

 そこに割り込むような卑怯な事はしない。

 なので、ゆっくりとその時を待つ。

 それからしばらく経つ。

 しかし、誰も戻って来ない。


「ん? もう馬は休んだだろ。出発しても良いんじゃねぇか?」


 馬はもう充分元気だ。

 馬車の中から外を見るベージュ。

 しかし、誰も来る気配がない。

 

「どうしたんだ?」


「もしかして寝てるとかな。」


「まさか。まだ昼間だぞ?」


 まだ辺りは明るい。

 しかも、仕事中だ。

 こんな時に寝るとは思えない。

 すると、避難民がざわめきだす。


「遅すぎてイライラしてるな。」


「何かあったんでしょうかね。」


 馬車が出発しない事により、避難民が落ち着きを失い始めている。

 それでも、職員が現れる事はない。

 すると、聞きなれた声が聞こえてきた。


「ポットさーん。マスター。」


「ん? 俺達はここだぞ。」


 声のする方に呼びかけてみる。

 すると、ポットの部下の男が現れた。


「大変っす。大変な事が起きてるんすよ。」


「あー、分かったから静かにしろ。」


 ここで騒げば、避難民の注目が集まってしまう。

 ただでさえ荒れているのだ。

 何かあると知られたら、避難民に刺激を与えかねない。


「んで、どうした?」


「取り合えず、ついて来て欲しいんす。」


「ん?」


 疑問を浮かべつつ馬車を降りる二人。

 すると、部下の男が駆け出した。


「こっちっす。」


「おい、待てって。」


 駆け出す部下の男の後を追いかける。

 そのまま、森の近くに立てられた職員用のスペースへ。

 至るところに、食べ物が置かれた机が置いてある。

 そこを抜けると、大きなテントの前で止まる。


「ここは、職員用の休息所か。それがどうした?」


「見て欲しいのは中っす。」


 促されるようにテントの中へと入る。

 そこには、大きな地図と食べ物の籠が置いてある。

 恐らく、これからの事を会議してたのだろう。

 しかし、人は一人もいない。


「おい。ここにもいないってどうなってるんだ。」


「えぇ、だから二人を呼んだんですよ。」


 先に異変に気づいた部下の男が、二人に相談しに来たようだ。

 本来いるはずの職員がいないので不思議に思ったのだろう。

 テントの中を確かめる二人。


「荒れてるようすはない。テントの中で何かが起きた訳では無いようだな。」


「じゃあ、外って事か。」


 中でないのなら、外で何かが起きたのだろうか。

 テントを出た三人が、辺りを確かめる。

 すると、テントの横に何かが散らばっているのにポットが気づく。


「なぁ、マスター。あれ。」


「ん? 何かが散らばってるな。パンか?」


 そこにあるのは、沢山のパンと籠だ。

 そこにひっくり返したかのように散らばっている。

 その中の一つをベージュが掴む。


「落としたというより、飛び散っているな。どう思う?」


「どう思うって、何かに襲われたとか?」


「しかし、ここにも荒れた形跡はなしだ。」


 何かに襲われたのなら、抵抗した跡が残るだろう。

 しかし、そのような跡は見当たらない。


「しかも、複数人の職員がいたんだろ? 襲われてたなら、騒動になっているはずだが。」


「そんな声、聞こえ無かったっすよ。」


 何かが起きたなら、叫ぶような声が上がったはずだ。

 そうなると、近くの馬車まで聞こえているはずだ。

 ポットが散らばるパンを見る。


「パンが散らばっているのは森とは逆の方向か。」


「一瞬にして引きずり込まれたか。そう考えると自然なんだが。」


 一気に引きずり込まれたから、声を上げる余裕は無かったのか。

 そう思い、森の中を覗いてみる。

 すると、何かが引きずられたような後が見えた。


「当たりだ。行ってみるぞ。」


「えぇっ、危なくないんすか?」


「そうは言っても、職員がいないのに馬車を動かす訳にはいかねぇだろ。」


 実際、何かが起きたとは断定していない。

 もしかしたら、何かの勘違いの可能性もある。

 そんな状況で、馬車を勝手に動かす訳にはいかない。


「ほら、行くぞ。」


「ひえー。まじなんすか?」


「嫌なら来なくてもいい。」


 森の中へと進んでいくベージュとポット。

 その後を、怯えつつも部下の男が続く。

 そうして、少し進んだ所でベージュが止まる。


「血の臭い。」


「あぁ、間違いねぇ。何かいる。」


 奥の方から、血の臭いが漂ってくる。

 各地を回る商人にとって臭いなれたものだ。

 つまり、何かがそこにいるという事だ。


「えっ、か、帰りましょうよっ。」


「うるせぇ、気づかれるだろ。それに、こんなんにびびってたら立派な商人になれねぇぞ。」


 商人だからといって、安全な仕事な訳ではない。

 敵に怯えているようでは、仕事はこなせないのだ。

 騒ぐ部下の男を黙らせて奥へ進む二人。


「止まれ。いる。」


 何かに気づいたベージュが二人を止める。

 そして、奥を見るよう促す。

 その奥を覗くと、複数の何かがいる。


「あれはウルフか?」


「だろうな。」


 灰色の毛に包まれた生き物だ。

 人を襲うが、繁殖力が強いためそこら中にいる。

 その数ゆえに、エリアで住みかを指定できない程なのだ。


「親玉はさすがにいねぇか。」


「いたらとっくに狩られてんだろ。親玉がいない群れだろ。」


 ウルフにも親玉はいる。

 しかし、そのようなのが人里にいれば直ぐにハンターが狩ってしまう。

 なので、親玉はいないと考えているのだ。


「食われてるのは職員か。」


「だな。群れまで引きずってきたのか。」


「しかし、あの数をか?」


「いや、他のは助けに来た連中だろうな。そん時に襲われたんだろ。」


 襲われた瞬間を見てしまったのだろう。

 そうして、助けに来た所で巻き込まれてしまったようだ。

 しかし、問題はそこではない。


「でも、こいつらは夜行性だろ。なんでいやがる。まさか、例の奴等の影響か?」


「かもな。どちらにせよ、この辺が危ないのは確かだ。今すぐに馬車を出してしまおう。」


 一番の問題は、この場所は危険という事だ。

 馬車が襲われてしまえば、ひとたまりもない。

 なので、急いで馬車へと戻るべく来た道を引き返す。


「ところで、なんで二人は冷静なんですか。」


「慣れてるからだ。お前も慣れる。いや、今慣れろ。」


「そんな無茶な。」


 商人にとって、常識のようなものだ。

 でなければ、あんなのがうろつく場所で物は運べない。

 そんな事を話しつつ、馬車へと戻る時だった。


ワオーーーン。


 後ろからウルフの遠吠えが聞こえてきた。

 それは、餌を仲間に知らせる合図だ。

 その音に、気づかない二人ではない。


「馬車だ。馬車が危ねぇ!」


「急いで戻るぞ!」


 森の中を駆け抜けて外へと出る。

 そして、馬車へと向かいつつ叫ぶ。


「ウルフが来る! 馬車の操縦が出来るやつは今すぐに出せ!」


 その声に、馬車から慌てた人が指示席に移る。

 それで事情が伝わったのだろう。

 三人も空いた馬車の指示席に飛び乗る。


「全部動かせるな。ほら、ボヤボヤするな!」


 準備を終えた馬車が走り出す。

 そのまま全速力で森から離れる。

 すると、森の中から大量のウルフの群れが現れた。


「くそっ、なんて数だ。この辺のが集まってんじゃねぇだろうな!」


 その数は、一つの群れとは思えないほど多い。

 それらが、馬車に向かって突っ込んでくる。

 迫るウルフに逃げる馬車。

 そこに、ポツリと雨が降り始める。

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