第19話 責任者としての誇り

「報告。アンテナ付近の村に向かった救助隊が現れないとの事です。」


「やはりですか。すでに入られていたという事ですね。」


 救助隊の姿が見えない。

 つまり、そこで何かがあったという事だ。

 このタイミングとなると、もう一匹の仕業と考えるのが自然だ。


「心苦しいですが、今は生きている人達の事を優先しましょう。ここにいる職員達は、避難の誘導へ向かって下さい。」


「了解しました。」


 もう繋がらない通信機にいても意味がない。

 それよりも、民間の救助が優先だ。

 部屋にいる職員達が、外へと向かう。


「一体何を間違えてたんでしょうかね。」


 そうぼやくハイグルがファイルから資料を取り出す。

 そして、改めて資料を読む。


「戦い方なのか。それとも、戦う事自体間違えていたのか。いえ、あの作戦よりも最善な手は無かった。どっちみち、大陸が沈むのは決定事項でしたから。」


 どうせ、モンスター達は暴れるだろう。

 そうなると、遅かれ早かれ同じ結末を辿っているのは間違いない。


「そもそも、何故あんな奴等が一つの土地に収まっていたのか。なぜ、今更になって暴れだしたのか。」


 そう考えながら、資料を読んでいく。

 すると、ハイグルが目を細める。


「なるほど、そういう事ですか。実に簡単な事でしたね。」


 何かに気づいたハイグルが紙に書いていく。

 そして、ファイルの資料に差し込む。

 その資料の束は、持ち込まれた時より分厚くなっている。


「トーマンさんが持ってきた資料。そして、こちらで作った資料。これがあれば、人類は勝てるでしょう。本当なら、今すぐにでも本部と連携したいのですが。」


 しかし、それは叶わない。

 すぐにでも知らせたいが、その手段がないのだ。

 恨めしそうに資料を見るハイグル。

 その一番上には、四匹のモンスターの写真がある。


「こいつらには個別の名前が必要ですかね。もはや、通常個体とは違う生き物ですから。そうですね、それでは・・・。」


 ハイグルが写真の下に文字を書いていく。

 それは、このモンスター達の名前。


 コングの鬼がしら。


 草食鬼竜。


 水鬼竜。


 鬼鳥竜。


「貴方達には、この世の全てから逸脱した存在を指す時に使われる鬼の称号を送りましょうか。えぇ、それが相応しい。」


 それは、この世のものとは呼べない程の力を持ったもの。

 そして、この世にいてはいけない恐怖の象徴。


「一部には鬼の別の呼び方を使わせて頂きましたが、これで通じるでしょう。」


 相手にしている相手が、どれ程の存在なのか。

 この大陸に、どのような厄災をもたらすのか。

 それを伝えるための名前なのだ。

 その名前に満足していると、部屋に誰かが入ってくる。


「ハイグルさん、町民の避難は次で最後だ。男の連中は歩かせてるが、全員分の馬車が来ている。これで避難完了だ。」


「ありがとうございます。商業ギルドのお陰で、スムーズに済みました。」


 部屋に入って来たのは、ベージュとポットだ。

 商業ギルドには、町民の避難を頼んでいた。

 その完了を迎えるので、報告に来たようだ。

 

「後は俺達だ。早く逃げようぜ。」


「いえ、私は残ります。先に出て下さい。」


「は? どうしてだよ。」


「相手は思ったより強大でした。討伐に向かわせましたが失敗。もうすぐ、この町まで奴等が来るでしょう。民の避難の為に、足止めが必要です。」


 時折、地響きが起きている。

 それは、商業ギルドの施設がもたない事を意味している。

 そうなると、町まで来てしまうのは時間の問題だ。


「まさか、戦おうってんじゃねぇだろうな?」


「そのまさかですよ。」


「まさかって、あんた一人で何ができんだよ!」


 腕利きのハンターがやられるような相手だ。

 ただの職員一人に、どうにか出来るとは思えない。

 それでも、真っ直ぐな目でポットを見る。


「それでもやるんですよ。命に変えても皆さんを守ります。」


「どうしてだっ、どうしてそこまでっ。」


「それは・・・。」


 腕利きのハンターが手も足も出ない相手だ。

 そんなのを相手にして、生きて帰れる訳がない。

 それでも、ハイグルは揺るがない。

 何故なら・・・。

 

「私がギルドマスターだからです。」


 それは、ただの肩書きではない。

 全ての責任を背負う者に与えられるもの。

 そして、ハイグルの誇り。


「そんなに大事なものなのか? 命を犠牲にしてまで背負うものなのか?」


「勿論です。その為に、この地位に着いたのですから。」


 民を守る名誉。

 その為ならば、命など惜しくない。


「じゃあ、俺も残る。」


 突然、先程まで黙っていたベージュが前に出る。


「俺もここで戦う。」


「なっ、あんたまでなに言ってんだ!」


 そう怒鳴るのも当然だ。

 ベージュこそ、関係のない話なのだから。


「俺だってギルドマスターだ。死んでいった部下の分まで戦う。」


 ベージュもまた責任者なのだ。

 だから、死んでいった部下達の為に戦いたいのだ。

 しかし、ハイグルが首を横に振る。


「駄目ですよ。あなたも庶民。戦う必要はない。」


「そうだぜ。第一、あんたがいないとギルドの指示はどうするんだよ。」


「し、しかし、部下が死んだのに俺が生き残るなんて。」


 部下を差し置いて自分が生き残っている。

 その事が嫌なのだろう。

 そう思いつつも、ベージュの足も言葉も震えている。


「だから、俺がっ・・・。」


「ベージュさん!」


「っ!」


 震えるのを我慢するベージュに、ハイグルが怒鳴った。

 それにより、びくりと肩を震わせるベージュ。


「履き違えてはいけませんよ。ギルドマスターとは、命を捨てる為のものではありません。」


 責任者だからといって、部下の為に死ねばいいと言うわけでない。

 その為に、存在している訳ではない。


「大事なのは何をすべきかです。貴方にも、貴方のするべき事があるはずですよ。」


「俺の・・・するべきこと?」


 手にある書類をファイルに入れるハイグル。

 そして、それをベージュに差し出す。


「ハンターギルドから商業ギルドへの依頼です。これを、本部のある王都へと届けてください。」


「これは、例のファイルか?」


「えぇ、奴等の全てが書かれた資料です。これがあれば、人類は勝てるでしょう。」


 資料には、ハイグルが導き出した必勝法が書かれてある。

 しかし、それを伝える手段はない。

 目の前にいる、運びの職人を除いては。


「俺は、商業ギルドのギルドハンター。・・・あぁ、分かった。」


 ベージュの目つきが変わる。

 そして、ハイグルからファイルを受け取る。


「届けてやるよ。その依頼、引き受けた。」


 商人としての役目を果たすために。

 それが、ベージュの誇り。


「お願いします。それと、私が残る事は職員に秘密にしておいて下さい。」


「どうしてだ?」


「それを聞いたら残る者が出るからです。職員の皆さんには、民の救出を優先して貰いたいのです。」


 ハイグルが残るとなると、慕う職員が残るかもしれない。

 それは、ハンターギルドの使命に反するから。


「といっても、ただこのような事をして欲しく無いだけなんですけどね。」


 軽く微笑むハイグル。

 育てた部下が命を捨てる姿を見たくないのだ。


「そうか。そういう事なら約束する。行くぞ、ポット。」


「へい。」


 ポットを連れて扉に向かう。

 その際、立ち止まってハイグルを見る。


「ありがとな。少しだけ迷いが晴れた気がする。あんたの事は忘れねぇよ。じゃあな。」


「えぇ、私もですよ。さようなら。」


 ベージュとポットが去っていく。

 部屋に残されたのは、ハイグルだけとなった。


「さて、準備を始めますか。」


 棚の扉を開けるハイグル。

 そして、その中から古びた剣を取り出した。


「無いよりかは、ましでしょう。少し、カビくさいですが。」


 その剣を腰に着ける。

 さらに、中にある写真を取り出し服のポケットに入れる。

 そして、扉を閉めようとした際にワインを取り出した。


「ついでにこれも持っていきますか。」


 ワインを掴んだまま部屋を出る。

 そして、食堂で適当に二つのコップを掴んで移動する。

 その際、部屋から外を見る。


「脱出しましたね。」


 空に曇がかかって薄暗い。

 その下では、最後の馬車が町の外へ向かうのが見えた。

 その馬車には、ベージュとポットも乗っている事だろう。


「頼みましたよ。」


 それを見送ると、再び移動をする。

 そして、とある部屋の前で止まる。

 そのまま、部屋をノックする。


「失礼しますよ。」


 そう言って、扉を開けて部屋へと入る。

 そこには、トーマンの死体が寝かされていた。


「すみませんね、お騒がせして。ゆっくり寝たいでしょうが、少しばかりお付き合い願います。」


 横にある台に二つのコップを置き、ワインを開けて注いでいく。

 静寂に包まれる部屋で、ワインがコップに入る音が響く。


「本当は、君も一緒に連れ出したかった。ただ、死者が沢山出るなか、君を贔屓する訳にはいかなかった。許してほしい。」

 

 一連の事件で死んだものは沢山いる。

 トーマン一人を、優先させる訳にはいかないのだ。


「これは、せめてもの償いです。高級品なので味わって下さい。」


 ワインを置いて、コップを持ち上げるハイグル。

 そして、少しずつ飲んでいく。

 コップの中を飲み終えてから一息つく。


「はぁ。こうして一人になったのは何年ぶりでしょうか。いつも、部下やハンターの方といましたからね。」


 ずっと面倒を見てきたのだ。

 だから、いつも誰かが側にいた。


「そのお陰で、皆さんが私の事を慕ってくれています。ですが、ただ一人になるのが嫌なだけだったんですけどね。」


 コップを置いて、ワインを再び注いでいく。

 そして、ポケットの写真を取り出した。


「そう。ハンターの依頼に失敗して仲間を失ってから、ずっと一人になるのが怖かった。」


 その写真に写っているのは、かつて共に戦った仲間達。

 しかし、もうこの世にはいない。


「みっともない話です。一人になるのが嫌だからって、髭まで生やして格好つけてね。それが私の正体なんですよ。」


 再び、コップのワインを飲み干した。

 今度は一気に飲み干した。

 そして、もう一杯入れた時だった。


ずごごごごっ。

ずどーーーーん!


 遠くの方から地鳴りが聞こえてくる。

 それと、大きな何かが落ちる音。


「商業ギルドの施設が崩れましたね。もうすぐですか。」


 地面が崩れる音。

 そうなると、やつらもやって来る。


ずしんずしんずしんずしん。


「さて、そろそろ行きましょうかね。」

 

 コップに入ったのを飲み干した。

 そのコップを置いて部屋を出る。


「では、お邪魔しました。」


 部屋を出ると、施設の出口へと向かう。

 その際、写真をポケットに戻す。

 それと同時に、町の入り口に大岩が落ちた。


「コングの王。いえ、鬼がしらですか。それと・・・。」


 辺りを見渡すハイグル。

 すると、何かが激しくぶつかる音が聞こえてくる。

 直後、コングの鬼がしらが降ってきた。

 何かに飛ばされたかのように、町に突っ込んでくる。


「派手にやってますね。では、混ぜて貰いましょうか。」


 走り出すハイグル。

 その足に、怯えはない。


「願わくば、次の巡りは肩を並べる友がいる平和な世界でありますように。」


 剣を抜き駆けるハイグル。

 空高く跳ぶ鬼がしら。

 そして、町が地面へと沈んでいく。

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