第18話 ハンターとして

「三匹のモンスター。大陸を崩しながら北上中で・・・ぐあっ!」


『どうしましたかっ!?』


 通信機から水の音と職員が雄叫び。


『応答せよ!』 


ずどーーーーん!


 ハイグルが呼ぶも、返事は返って来ない

 代わりに、激しい墜落音が聞こえてくる。

 気球がどうなったかは、説明する必要も無いだろう。


「くっ、とんでもない事になってしまった。ここまで進行速度が速いとは。急いで本部に連絡を。」


「はい。・・・繋がりません!」


「なっ!? 原因は?」


「アンテナの異常です。」


 通信機の距離を伸ばす、本部との間にあるアンテナの異常。

 そのせいで、本部との連絡手段を奪われてしまったのだ。


「何でこんな時に・・・まさか、もう一匹が? いや、大陸の内側にあるはず。そんな半日足らずでなんて。」


「調べますか?」


「お願いします。何事も無い事を祈りますが。」


 淡い期待を込めて連絡を待つ。

 しかし、ハイグル程の人間が気づかない訳がない。

 そこで何が起きているのかを。

 すると、通信機が鳴り響く。


「こちら、ギルドの施設。えぇ、そうですか。」


 受話器を職員が取る。

 そして、何回かやり取りをするとハイグルを呼ぶ。


「マスター。商業ギルドの施設からです。」


「商業ギルド? どうやら、逃げ切れたようですね。」


 そこにいるのは、モンスターと戦っていた者達しかいない。

 激しい戦闘から逃げきって、連絡を取ったのだろう。

 職員から受話器を受け取るハイグル。


「こちら、ハイグル。」


『ハイグルさん。すまねぇ、しくじっちまった。』


 その相手は、ハイグルと親交のあるハンターだ。

 申し訳なさそうに謝っている。


「知ってます。全ては、相手の力を甘く見た私の責任です。貴方は悪くない。」


『でもよ。あそこでコングの王を落としていれば、こんな事にはなって無かった。邪魔したあいつらを止めれなかった俺のせいだ。』


 計画の全ては、ハンター達が邪魔をした事で狂ってしまった。

 だから、止められなかった自分に負い目を感じているのだろう。

 しかし、もう過ぎてしまった事だ。


「いえ、止めましょう。出来なかった事を悔いても仕方ありません。」


『そうだな。それで、これからどうすればいいんだ?』


「そうですね。貴方達は、このまま逃げて下さい。」


『は? 何言って・・・。』


 思いがけない言葉に、ハンターの男が聞き返す。

 止めるのでもなく、逃げろと言うのだ。


「貴方達を作戦から解放します。どうぞ、逃げて下さい。」


『そうしたら、モンスター共はどうなる。大陸だって滅んじまうぞ。それを止める為に、俺達がいるんだろ?』


 逃げてしまえば、止める者がいなくなる。

 そうなれば、このまま大陸を破壊されてしまうだろう。

 それを止めるのが、ハンターギルドの役目の筈なのに。


「今頃、本部のハンターギルドが動いてくれているはずです。任せてしまいましょう。」


『任せるっつったって、間に合うわけねぇだろ。あんたはどうするんだ。』


 本部のハンターが来るまで時間がかかってしまう。

 そうなれば、ハイグルがいる町が潰されてしまうのは避けられない。


「幸いにも、商業ギルドの支援で町民の救助は進んでいます。それを見送った後に、私も脱出するつもりです。」


『間に合うのか?』


「えぇ、間に合わせますよ。」


 ハイグルが窓の外を覗く。

 そこでは、町にいる者達が商業ギルドの馬車で運ばれている。

 救助は順調のようだ。

 すると、地面が激しく揺れだした。


『ぐっ、地面が! どうなってやがる。』


「恐らく、コングの王の最初の一撃のせいでしょう。すぐにそこも沈む筈です。急いで離れて下さい。」


 それは、最初に遭遇した時の一撃による揺れだろう。

 脆くなった地面の底が、戦いで刺激された事によって崩れかけているのだ。


『ハイグルさん、本当に逃げるんだな?』


「勿論です。だから、貴方達もご自由に逃げて下さい。」


『分かった。こっからは、自由にさせて貰うぜ。じゃあな。』


「えぇ、さようなら。」


 こうして、通信機が切れる。

 受話器を置くハンターの男。

 そして、近くの椅子に座る。


「なにが逃げるだ。逃げねぇくせによ。」


 長い付き合いだ。

 ハイグルがどう動くのかは分かっている。

 

「誰よりも、ハンターギルドでいる事に誇りを持ってたからな。」


 ハンターギルドの職員として、人々を守る事に誇りを持っている。

 そのような人物が、職場を放棄するなんて考えられない。


「我々の仕事は、民の為に命をかける事だ。・・・駆け出しの時によく言われたっけな。懐かしいな。」


 昔の事を思い出す。

 それは、ハイグルにお世話になった時の事だ。


「上手くいかねぇ時に、よく飯を奢ってくれたっけか。じゃあ、恩返ししないとな。」


 上手く行かないハンターには、ハイグルが直々に支えていていた。

 このハンターの男も同じなのだ。

 ずっと、その恩を返す時を探していたのだ。

 そう覚悟を決めると、施設を出て外に出る。


「リーダー、どうだった?」


「逃げろとさ。ここはもう放棄するみたいだぜ。」


「なら、早く逃げるぞ。もう、ここも持たないらしいし。」


 この場所も、もう限界が来ている。

 少しずつ、地面が沈んでいるのだ。

 しかし、ハンターの男が首を横に振る。


「俺はここに残る。」


「えっ?」


「ハイグルさんに恩を返したい。だから、ここに残って戦うぜ。」


 それが、ハイグルへの恩返し。

 残るハイグルを、一人残しては逃げられない。


「本気か?」


「あぁ。そう教わったからな。」


 この為に、教えた訳ではないだろう。

 しかし、その教えがハンターの男を決断させる。

 その覚悟を示すために、その場に座り込む。


「そう。ハイグルさんの名前を出されちゃあねぇ。」


「そういう訳だ。逃げるならお前達で・・・。」


 逃げてくれ。

 そう言おうとした時だった。


「はっ、かっこつけが。」


「なんだ?」


 横から声をかけられる。

 そっちを見ると、他のハンターチームが立っていた。


「あのよ。ハイグルさんからお世話になったのがお前だけじゃねぇんだぜ。なぁ?」


「まぁな。お世話になったから、あん時動かなかったのもあるからな。」


 コングの王にハンター達が群がった時の事だ。

 ハイグルを信じたからこそ動かなかった。

 ここにいるハンター達も、ハイグルにお世話になったから。


「どうせ、ハイグルさん逃げねぇんだろ? だったら俺達にも恩を返させてくれよ。」


「お前達。」


 そのハンター達は笑っている。

 微塵も、後悔などはしていないのだ。

 すると、男の仲間が手を伸ばす。


「俺達も同じだよ。」


「あんた一人に格好いい真似はさせないわよ。」


「共に最後まで戦おう。」


 皆の気持ちは同じなのだ。

 ハイグルさんに世話になったから。

 それが分かると、男が仲間の手を取って立ち上がる。


「すまねぇな。」


「なんでお前が謝るんだよ。それとな、別に俺達は死にに行くわけじゃねぇ。」


「そうだ。勝って英雄になる為に行くんだ。そこんとこ、間違えんなよ。」


 誰も死ぬつもりはない。

 勝って、大陸を救う。

 彼らにも、ハンターとしての意地があるのだ。

 すると、自走船を見ていた職員達が来る。


「では、そこまでは我々が送りましょう。」


「私達もハンターですから。」


 そこに、職員とハンターの違いはない。

 ハンターギルドの仲間としての覚悟は出来ている。

 これで、やる事が決まった。

 ハンターの男が、拳を手のひらに打ち付ける。


「おっしゃあ、モンスターぶっ潰すぞ!」


「「「おーーーー!」」」


 覚悟を決めた者達が自走船に乗り込んでいく。

 すると、町を向いていた自走船が大きく半円を描くように走り出す。

 向かうのは地獄。

 誰もが勝利を信じてそこへ向かっていく。



 しかし、悲劇はすでに始まっていた。

 町よりも、大陸の内側の端にある村。

 辺りは、一面の粉で染まっている。

 そこでは、村人達が笑いながら殺しあっていた。

 その中を、救助に向かった職員の一人が走っていた。


「早く知らせないと。」


 異常事態に、職員の足が速くなる。

 しかし、そのせいか途中で転んでしまう。


「いたた。あぁ、急がないと行けないのに。」


 急ぐべく立ち上がる。

 そして、ふと横を見る。

 そこには、家の窓があった。

 そこに写るのは自分の顔。

 限界までひきつらせ、よだれを垂らしている口。

 そして、瞳が見えないほど細めた目。

 それを見た職員が気づく。


「あぁ、もう俺も。」


 狂っていた。

 そう理解した直後、自然と笑い声が出る。


「あひゃ、ひゃひゃがはひゃ。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。」


 笑い声が止まらない。

 意識も段々薄れていく。

 もう自分が何をしているかは分からない。

 そうして笑い続けていると、一つの影が現れる。

 その影が、職員をくわえて飲み込んだ。


クエーーーーーー!


 そして、翼を大きく広げて鳴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る