第2話 新人の仕事

 部屋の扉が閉まるのを見送ると、一人の男性が近づいてくる。


「ようこそ、トーマン。私は、ホークと言います。君に仕事を教えるよう指示されています。」


「よろしくお願いします。」


「はい、よろしくお願いしますね。では、早速仕事の内容だけど・・・。」


「ちょっと待った。私達の紹介もさせてよ。」


 ホークの言葉を同室の職員が遮る。

 そちらを見ると、二人の職員が集まっていた。


「そうだったね。では、ルイナから。」


「私はルイナ。施設の情報を集めてまとめる係りだよ。」


「それで、俺はケイル。同じく情報をまとめている。」


「ちなみに、君も情報係だからね。」


 二人の職員が、トーマンに名前を名乗る。

 同じ仕事をする仲間のようだ。

 トーマンが背筋を伸ばして返事を返す。


「はい。よろしくお願いします。」


「よろしく。何かあったらいつでも聞いてね。」


「何でも答えるからな。」


 軽い口調で二人が答える。

 これから一緒に働く仲間だ。

 遠慮しないでほしいのだろう。


「じゃあ、早速仕事の説明に移ってくれ。」


「分かりました。では、私達の仕事ですが、色々な部署の情報を集めて管理する事です。例えば、上からの報告をまとめたり、何か必要な物を聞いて近くのギルドに申請するとかね。」


「後は、ここに来るハンターの為に提供する情報の整理かな。」


「まぁ、滅多に来てないから後回しでいいけどな。」


 大陸の中でもはしの方にあるエリアだ。

 しかも、エリアを跨ぐような大物もいない。

 当然、近づくハンターも殆どいない。


「ま、しばらくは、備品の管理ね。情報の整理は手伝い程度でして貰うけど。」


「分かりました。迷惑をかけないように頑張ります。」


 新人なので、まずは軽い仕事からだろう。

 それでも、仕事は仕事だ。

 トーマンのやる気が湧きあがる。 


「では早速、移動しましょうか。着いてきて下さいね。」


「いってらっしゃーい。」


 二人に見送られながら部屋を出る。

 そして、そのまま倉庫へ向かう。

 そこには、車輪が付いた船のような乗り物が並んでいた。


「よう、ホーク。おっ、新人か?」


 その船の中から、一人の男性が降りてきた。

 手には、汚れた布を持っている。


「そうですよ。先程、就いたばかりです。備品の調査を頼もうかと思いまして。」


「よろしくな。おーい、新人が来たぞ。」


「聞こえてるわよ。よろしくね。」


 船の奥から、女性が現れた。

 その手には、モップが握られている。

 二人で、船の掃除でもしていたのだろう。


「俺達は自走船と気球の整備員だ。いつでも動かせるように見ているんだぜ。ちなみに、施設全体も見ているぜ。」


「船の掃除が基本だけどね。だから、必要なのは掃除道具が基本ね。」


「備品を要求する時もあるけどな。」


 施設の設備を管理している整備員。

 施設として機能するには、二人の腕がかかっている。

 とても重要な役職だ。


「毎日整備してるんですか?」


「まあな。いざとなって動かないなんていかねぇからよ。」


 有事の時に、船が動きませんでは許されない。

 だから、毎日の整備が大事になる。

 それ一つで、事態の対処が遅れてしまうからだ。


「ま、そういう事です。では、早速仕事に取りかかりましょうか。」


 そう言って、トーマンに紙とペンを乗せたボードを手渡す。

 ここに、必要な物を書いていくのだろう。


「では早速、必要なのはありますか?」


「洗車用の洗剤と水だな。樽一個分だ。」


「水は毎日いるからね。覚えておいて。」


「水が無いと掃除が出来ねぇからな。」


 水が無いと、拭き掃除どころではないのだ。

 男性からの注文を、トーマンが紙に記していく。

 

「よし、書けました。」


 改めて書いた文字を見返す。

 初めての仕事なので、入念に確認しているのだ。


「なにかあれば聞いてちょうだいね。」


「世間話でもいいぜ。」


「忙がしく無いんですか?」


「勿論忙しいぞ? でも、何も無いときは基本的に空いてるぜ。」


 時間によっては、仕事の忙しさが変わるのだろう。

 何も無い間は、どうしても暇になってしまうようだ。


「まぁ、忙しい時は相手できないけどね。」


「了解しました。あまり面白い話は出来そうに無いですけど。」


「話が出来るなら何でも良いぜっと。じゃあ、ここでやる事は終わりだな。この後も頑張れよ。」


「はい、ありがとうございます。」


 二人と別れて倉庫を出る。

 そして、今度は食堂に移動する。

 すると、どこからか声がかけられる。


「おっ、見ない顔だね。」


「新人?」


「あぁ、言ってたね。今日だっけ。」


 その声は、厨房から聞こえて来るようだ。

 三人のエプロンを着た人物が、物珍しそうにトーマンを見る。


「言ってくれれば、増し増しにしてあげるからね。」


「若いのは、食ってなんぼだからな。」


「でも、ほどほどにして下さいね? 材料だって沢山ある訳でも無いですから。」


「はいはい、分かってますよー。」


「分かってくれたら良いですよ。では、始めましょうか。」


 トーマンが必要な物を聞いていく。

 当然ながら、食材ばかりだ。

 しっかりと、必要な材料を書いていく。


「これで以上だよ。」


「沢山ありますね。」


「えぇ、だから基本は食材の管理になりますね。覚えておくと楽になりますよ。」


「基本、同じのしか使わないからね。」


 同じ物しか作らないから、食材も同じような物になる。

 それを覚えておけば、次に来たときに楽になるだろう。


「そうですね。覚えておきます。」


「では、情報を集めたので帰りましょうか。」


 どうやら、ここで最後のようだ。

 食堂を出ると、元の部屋へと戻る。

 すると、二人が作業をしていた。


「戻ってきたか。」


「どうだった?」


「はい。何とか集めてきました。」


「皆さんとも順調に話せてましたよ。では、まとめた資料を私に渡して下さい。」


 トーマンが、ホークに紙を手渡す。

 これで、一つ目の仕事は完了だ。

 

「では、この紙を元に私が近くのギルドに申請します。」


「それで、来たものを倉庫に運ぶ。今日は済んでるから明日からだな。」


「力仕事だから、頑張ってね。」


「はい。力仕事なら任せて下さい。」


「良い返事です。頼みましたよ。」


 任せてとばかりに、トーマンが拳を上げる。

 そんなトーマンを、三人が温かく見守る。

 そんな話をしていると、部屋の扉が開いた。


「おっ、さっきの新人。上手くいってるか?」


「はい、何とか。」


 上で見た職員の人だ。

 手には、一枚の紙を持っている。

 

「資料ですか?」


「あぁ、持ってきたよ。相変わらず、いつもの争いだけどな。」


「ちなみに今日は?」


「なんと、海竜だ。今日の飯は、肉パーティだ。」


 先程言っていた、賭けの事だろう。

 どうやら、勝ったようだ。

 満足そうに、資料を置いて帰っていく。


「確か、この間はコングの王だっけか。」


「うん、勝率はそいつが多いわね。」


「本当によくあるんですね。」


「えぇ。三日に一回はありますね。基本は二匹で争うのですが。」


 エリアの大物たちによる餌の奪い合い。

 上でもしていた話だ。

 三人が資料を囲んで読む。


「今日は三匹だね。」


「多いな。まぁ、これも十数回に一回はあるけどな。」


 やはり、よくある事のようだ。

 ここの職員達には、見慣れた物だろう。


「争うのは三匹だけですか?」


「いや、後は鳥竜がいる。参加率は低いがな。」


「めったに来ないよね。直ぐに負けちゃうから。」


 まだ、エリアの大物がいるらしい。

 とにかく、その四匹で争っているようだ。


「トーマンさんも、ここで働くなら覚えておいた方がいいですよ。」


 そう言って、ホークが地図を取り出す。

 そこには四つの印があり、各場所に四匹の大物の写真が張られてある。


「コングの王、草食の大竜、海竜、鳥竜。確認されている、このエリアの大物です。」


「色が付いているのが巣を確認した所ね。」


 四つの印に、四匹の巣がある。

 そこから餌を取りに出たもの同士が争っているのだ。

 これが、このエリアでの日常茶飯事。


「争う時にしか出ないから、危険はない。だから、安心してくれていいからな。」


「はい、聞きました。この辺りには、餌が無いから安全だと。」


 餌が無いから近づかない。

 だから、この施設が巻き込まれる事はない。

 ずっとそうしてきたのだから誰も疑わない。


「そういう事です。ま、向こうの事は上に任せて私達は私達の仕事をしましょうか。こんな感じで、仕事の結果が渡されます。」


「これをまとめて本部に報告するのが仕事ですね?」


「そうです。今日は初日という事で、見学をお願いしますね。」


 三人が資料の作成に取りかかる。

 それを、説明を受けながらトーマンが確認する。

 作業が終わったのは、夕暮れ時の事だった。


「こんな時間か。さーて、ご飯でも食べに行こ?」


「トーマンさんの歓迎会もしなくてはいけませんね。」


「良いな、それ。早速行こうぜ。」


 それから、食堂に行きトーマンの歓迎会が始まった。

 同じ部署の仲間や、今日出会った者達が声をかけてくる。

 こうして、トーマスの一日が終わったのだった。

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