真宵猫ーVS魔女擬き《ウィッチクラフト》ー1

 相手は確実に油断している。


 こちらを取るに足らない雑兵としてしか認識していないのだろう、その油断を突いて大技を叩き込む。


【第二階級魔法:華翔龍炎クリブ・アレ


 魔法には三階級の位があり、一番弱い位が三階級魔法、三階級はその場所にあるものを使って打つ魔法。


 例えば近くにある火を使ったり空気中にある水素を集め水球を作って打つなど簡単に言えば超能力の念動力のようなあるものを操って使う魔法だ。魔力の消費量も少なく魔力の練りもコンマレベルの速さの為連発できるのでよく使用する。


 そして今使った魔法が二階級魔法、この位は無から有を作る魔法。何もないところから炎を出したりなど想像を形にするのがこの位の魔法になる。


 第二階級魔法は第三階級魔法に比べて格段に魔力の消費量と練る時間が長くなる、だいたい三階級魔法は練るのに一秒程度の速度だが二階級魔法は貯めて練るのに数十秒ほどかかる。そのため油断を突くための魔法としては致命的だ。だから一撃目は杖の中の魔力を使う。


 この杖は先生お手製の杖で杖に魔力を貯める事で貯める工程と練る工程の二工程をすっ飛ばして魔法を打つことが出来る。


 れい専用の杖のため他の者が持てばただの棒切れになる。ただ怜が使えば反則級の速度で大技を叩き込めてしまう。


 杖に炎が纏い始めたので相手に向けて杖を振る。


 今怜が使った魔法、華翔龍炎クリブ・アレは無から炎を作り、それを龍へと形作り相手へとぶつける魔法、掠るだけでも致命傷レベルだ。


 相手へと向け放った華翔龍炎は大きなうねりを見せてその炎の顎へと獲物を喰らうためドレスの女へと喰らいつく。


「――――なッ!?」


 怜からの反撃を予想していなかったのか驚きを隠せずに回避に遅れるドレスの女、その顎は女の右腕を持って行く。


「ぐぅっ!!」


 後ろのお社が崩落する。罰当たりではあるが後で修復するので許してほしい。


 痛みを堪え左に飛ぶ女、自分で作った棘壁があるため左側に回避せざるをえず着地地点などは予測しやすい。そこを狙ってさらに追撃する。


「水は集いて冽をなす、始祖の天罰を受けるがいい【第三階級魔法:水素水球ル・ルーブ


 水素水球ル・ルーブは空気中にある水素や水分を杖の一点に集め水球として相手にぶつける初歩魔法。


 初歩魔法と言っても威力は金属バットで殴られた程度のダメージはある。さらに詠唱を唱えたことで威力は跳ね上がる。魔法は魔力を練る時に詠唱を唱えることで火力を膨れ上がらせることができる。長ければ長いほど威力は上がり、一発一発が銃弾並みの威力に代わる。まあ先生が使えば詠唱なしで大砲並みの一撃を打てるが今の僕には無理だ。


 当たりさえすれば結構なダメージにはなるので数を作って相手にぶつける。


「チッ!」


 舌打ちが聞こえたかと思うと女の影から漆黒の騎士が現れ水球を全弾防ぎきる。


「なっ!?うそだろ!!」


 予想外だ。一対一ならまだしも漆黒の騎士が会らわれたことにより強制的に二対一になってしまった。


 元々一対一でも勝てるかどうかは五分五分だった、その五分の勝率を一割でも上げるための作戦を練って戦っていた。もちろんその作戦はすべて相手との一対一を前提としていたため計画を一から練り直す必要が出てきた。


 それに正直初手の攻撃で仕留めたかったしせめて追撃の水球は当てたかった。


 これからどうしたもんかな……。


「ねぇあなた?それ、魔法よね?」


 次の手をどうするか思考していると向こうが話しかけてきた。


 やはり向こうにとってこちらが反撃してきたことに驚きを隠せないようだ。


「はあ~正直油断したわ、おかげでほら見てよ、右腕無くなっちゃったじゃない。それに騎士も出しちゃったし本当に―――腹が立つ!」


 空気が一瞬で変わる。


 先ほどまで本気で油断していたのだろう、それかこちらを自分でも言っていたように雑兵だとでも思っていたようだ。


 ただこちらが致命傷レベルのダメージを与えたため完全に敵と認識したようだ。


 というかいきなり戦闘が始まったため気にする時間もなかったが相手の黒い棘壁も魔法、だよな?


 この化学が発展した現代で空想でのみ存在する魔法の使い手など先生以外会ったことがない。もちろん先生が自分以外にも魔女はいると言っていたためそういう事態も想定していなかったわけではないが初めて見た。 


 それは向こうも同じの様でこちらにその旨の質問を投げかけてきた。


「ねぇあなたって―――もしかして私と同類?」

「同類?」


 聞き返すが返事は無い。一人でブツブツと何かを呟いている。


「いえ、それは無いわね。だって男だもの、じゃあ何?協会の何か?それともあっちの子供がもしかして―――なんてことはある?それなら実は女でしたって言われたほうが納得できるわね。……まあいいか、バラせばわかるでしょ」


 ギロリと女がこちらを睨みつけてくる。


 悪寒、全身を虫が這いまわるような気持ち悪さが体を巡ったかと思うと黒騎士のほうがこちらに向かって突っ込んできた。


 油断はしてはいなかったが彼女の睨みつけが一瞬の硬直を促された。その隙を黒騎士が逃すはずもなく相手の突進に対してワンテンポ遅れた対応を取らざるを得なくなった。


「くそっ!めぐめぐれ渦のごとく硬く堅く壁となり我が身を守れ、【第二階級魔法:水土乃盾ルアン・トゥア】!!」


 とりあえずこの二対一の現状ではこちらの勝率は極端に低い。だからとりあえず黒騎士だけでも数分だけでいい、無力化しなければいけない。この魔法はそのための魔法、相手を殺すことや傷つけるための魔法ではない相手を無力化させるためだけの魔法。


 体を大きく後ろに仰け反りながら唱えた魔法は水と土屑でできた即席の壁、強度は然程なくただの泥壁―――


 黒騎士もそれを瞬時に理解したのか勢いを殺すことなく泥壁に向かって突っ込んでくる。


 黒騎士が壁に接触すると壁は大きく弾け、黒騎士のもつ剣が怜の喉元を捕らえたとき黒騎士の動きが硬直する。


「―――!?ちょっとファル、何してるの!?」


 ファルと呼ばれた黒騎士に目をやる。黒騎士は怜の目の前の泥壁のあった場所で油をさし忘れた機械のように金属の擦れる音は出したながら動きを止めている。


 何故黒騎士の動きが止まってしまったのか、それは先ほどの怜の魔法、水土乃盾ルアン・トゥアによるもの。


 水土乃盾ルアン・トゥアは土でできた壁に水の魔法を合わせた混合魔法なのだがこの魔法の真価は時間経過とともに効力を発揮する。


 時間経過でこの泥壁は固まっていく。この泥壁というよりかはこの泥自体に硬化していく能力があり先ほど見たくこの泥壁に突っ込もうものなら泥が鎧全体に付着し、動けなくなってしまう。


「さて、と……」


 黒騎士の拘束は五分と持たないだろう、解ける前に決着をつけたい。


 彼女のほうに目をやると右腕を抑え魔力を流し込んでいる。まだ止血まではできていないようだ。相手は手傷を負いなおかつ黒騎士の動きを止めている今のうちに術者本体を叩きたい。


 その考えは相手に伝わっているようで止血をやめ、左腕をこちらに向けてくる。


「はあ~これは使いたくはなかったのだけれど仕方ないわね」


 何をするつもりなのかはわからないが使うつもりない切り札のようなものを使うつもりらしい、止めなければろくなことにはならないだろう。


 ただこちらが魔法を打つよりも早く相手の動きが一足早かった。


「影よ、我が意に従え」


 そう女が唱えると横にあった棘の壁が液体のように溶け、ドレスの女の足元に集まり出す。


 あれは……まずい!!


 言いようのない危機感が怜を襲う。あれを放置すれば危機的状況に陥る大技の気配がするので急いで発生を止めるために魔力を練る。


「炎は熱く、槍よりも鋭く、鋭利に研ぎ澄まされる。熱く、熱く、熱く、一柱の我が剣となれ。素は原初にして厳暑げんしょの始まりなり―――【第二階級魔法:炎槍柱鋭レジェル・ウォルス】」


 魔力を練り、具現化されたそれは【第二階級魔法:炎槍柱鋭レジェル・ウォルス】、怜の身の丈の二倍ほどの大きさの巨大な炎でできた中世のランスのような形状で先は炎でできているにも関わらず鋭利に形を整え今にも女を貫いてしまいそうなほどだ。


 怜はそれを女に向けて振りかざした。


 炎槍柱鋭レジェル・ウォルスは無慈悲にも女の心の臓を貫くものと思っていたが女の術式の完成の方が一足早かったらしい。


 彼女目掛けて貫かんとした炎槍柱鋭レジェル・ウォルスは勢いを殺すことなくドレスの女へと差し向けられたが寸でのところで彼女を中心とした先ほどの黒い元棘でできた液体が真っ黒な球体を作り見事に防いでしまった。

 

「影は火に揺れ、たま遊び、詠歌のことわざ孤影飄零こえいひょうれい


 孤影飄零―――確か四字熟語だったはず、ことわざではないよな?意味は確か―――…………


 魔法は”言葉”を大切にする。特に詠唱などは魔法の効果を増幅するだけでなく魔法にを持たせることができる。意味とは例えば詠唱で水に関する詠唱を綴り炎の魔法を使えば反発しあいながらも炎の中に水があるというそれこそ奇跡のような魔法ができる。こういう四字熟語でも魔力をまとえばそのような魔法になる。


 そのことを考えれば四字熟語の意味がわかればどのような魔法を使うつもりなのかがわかる。


 ただ考える時間はなかったようだ。


 最初は匂いが変わったように感じた。あまりいい香りではない。空いている左手で鼻を抑え、警戒をしていたが瞬きを一瞬した瞬間見ていた景色までもが一瞬で変わった。


「何がどうなっているんだ……」


 先ほどの境内とは大きく変わり、空は一面灰色に変わり、地平線まで続く草原が目の前には広がっていた。

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