真宵猫ーVS魔女擬き《ウィッチクラフト》ー2

 そこは先ほどまでいた境内とは違い異世界のようなどこかこの世ではないような空間に飛ばされていた。


 死臭のような鼻を突き刺す臭いのせいで気分が悪い。


 孤影飄零こえいひょうれい、確か四字熟語で意味は……資産や地位、身分などを失い、孤独でさびしげな様子のことを意味する言葉だったかな?


 もしここがその意味で作られた空間なら――――


「……ッ!?」


 ふと足に力が入らなくなり右膝が地面に付く。


 何が起きたのかと右足に触れてみると右足の肉がごっそりと削れて、違う骨が浮き出てわかるくらいに肉が減っている。筋肉が徐々になくなっており、それはもう足と言っていいのかどうかもわからないほどに面影を失っていた。


 言葉は魔法に意味を持たせる。


 もし孤影飄零こえいひょうれい、この意味をもつ魔法ならばこの空間にいるだけで自身が持っているものをどんどんと失っていくということではないのか?


 そのれいの予想は当たっていたらしく、左足の肉もどんどん風船の空気が抜けるみたいに徐々に萎み始め、体中からは魔力のほかに体力や気力、水分も失っていっている。


「はあ……はあ……」


 やばいやばいやばい……!!


「うっ……!がはっ!」


 口から大量の血が溢れ出す。多分大事な臓器の一部が傷ついたらしい。そのせいで血が逆流したようだ。


 体中にあるものがどんどんと奪われていきとうとう立つことさえ困難になっていく。


 どうもこの地面に近い部位から失っていくらしい。


 最初は足の筋肉がなくなっていき、今は腸などの生きる上で大事な臓器などがなくなってきているようだ。


 急がないと本当に死んでしまう。


 まだ手は動く、なので急いで腰にあるポーチに手を伸ばす。ポーチの中には三本の試験管が入っており、その中から一本瓶を取り出す。


 それは真っ赤な液体が入った瓶、中身に先生の血が入った瓶でゲームで言うところの回復ポーションのようなものだ。


 急いでそれを口に含むとなくなった足の筋肉や臓器が瞬時に回復する。


 ただそれは一時しのぎにしかならない。徐々に筋肉が無くなっていっているのがなんとなくだがわかる。はやくここから出る方法を見つけないといけない。


 辺りを見渡しても見えるのは地平線まで続く草原だけ。もしここが異空間ならば術者かもしくはかけた相手が死ぬまで効力が続く、脱出はほぼ不可能と言っていいだろう。


 他の方法とすれば術者本人が魔法を解くか、後はこの魔法を崩壊させうる力をぶつけるなりすれば脱出は可能だが前者も後者もまず難しいだろう。


 とりあえず今できることは何とか耐え忍ぶこと。


 この魔法はあの女の切り札らしい。なら消耗も相当なものだろう。この魔法が維持できないくらいに時間を稼げればもしかしたら魔法が解けてここから脱出できるかもしれない。


 なら今できることをする。


「杖よ、我が意に従い魔力を集めよ」


 全身からどっと魔力を奪われていく。奪われた魔力は杖の先一点に集まりだす。


 集めている間にポーチにある先ほどの余りのポーション二本を取り出し一本を口へ、一本を杖にかける。


「魔力は“薄い膜”となる。薄く堅くすべてを阻害する“結界”となる。地は廻りそらは慈愛を受け入れる。【第二階級魔法:天地結界セツ・エルマ】」


 杖を天に掲げると杖を中心に薄い膜の結界がれいを包み込む。


 その結界は即時効力を発揮し始め、結界を張り終わると体力などの奪われる量が一気に少なくなった。

 

「ふぅ〜だいぶよくなったかな」


 結界を張れたことでなんとか余裕を持てる。


 このまま相手の魔力が切れるまで耐え忍べばこちらの勝ち、逆にこちらの魔力が切れれば負けるのはこちらだろうが杖の魔力も合わせれば一週間は耐え忍べるだろう。邪魔が入らなければの話だが......


「耐え忍んで魔力切れを狙おうなんて姑息な真似、私が許すとでも?」

「――――ッ!」


 何処からか聞こえてきた声は先程まで対峙していた女の声、それが聞こえてきたかと思うと辺り一面から先ほど見た黒騎士が無数に現れた。


「耐え忍ぶなんて許さない。黒騎士たちよ、我が敵をすりつぶせ!!」

「まあそう簡単に勝たせてはもらえなでしょうね!」


 結界を張って耐え忍ぶだけで勝てるなんてそんな甘いことは考えていたわけではないが追撃として一体でも厄介だった黒騎士が無数に出てくるこの状況は流石に死を覚悟しなければいけないかもしれない。


 結界に集中している今、他の魔法の発動には制限がかかる。そんな状態で黒騎士の相手は一体ですら骨が折れる。


 どうしたものか考えをめぐらせようとしたが、黒騎士がそんな猶予を与えるつもりはないようだ。


「グルゥアアアァァァッ―――――!!!!」


 耳をる獣のようなおびただしい声が聞こえて来たかと思うと無数の黒騎士たちが結界に向かって攻撃を開始する。


「くっ……!」


 一撃一撃の攻撃の重みが結界越しに伝わってくる。


 今はまだ結界の強度が黒騎士たちの攻撃を防ぎ切っているがそれも時間の問題だろう。何処か一点でも結界にヒビが入ればそこから一気に崩壊する。


 案の定、黒騎士の猛攻は怜の結界に徐々にだがヒビを入れ始め、怜の修復速度を上回り始め出す。


(どうする!?攻撃にーーーーいや、今修復の手を止めれば結界が壊れる。ただこのままじゃジリ貧だ!どうする、どうすれば.....!)


 焦る気持ちが視野を狭くする。


 背後にできていた小さなヒビ、そこに怜は気づくことが遅れ、そこを狙われる。


 パリンとガラスが割れたような音が背後から聞こえたかと思うと振り返る前に胸に鈍い痛みが走る。


「あ……がっ……」


 胸を見ると黒い剣が怜の心臓をふか深く貫き、ドス黒い血が胸から溢れ出す。


 あ〜死んだな、これは......


 左右から今にも怜の首を狙って剣が振り下ろされ死を覚悟し目を瞑る。


「......」


 ただいくら待っても首と胴が切り離されることがなくゆっくりと目を開けると信じられない光景が目の前に広がっていた。


「せん...せ......?」

「大丈夫、かは聞くまでもないわね。まあ今回は秘技を使われてしまったから仕方ないわ。とりあえず私の血をあげるから飲みなさい」


 目の前にいたのは先生だった。


 先ほどまで怜を囲っていた黒騎士の集団はいつの間にかいなくなっており、そこには先生が立っていた。


「ほら手首を切ってあげたからここから飲みなさい」

「先生、すみません」

「何を謝っているのかわからないけどあなたはよくやったと思うわ。まあ及第点くらいはあったと思うわよ。もちろん反省点はあるけど今は血を飲んで回復しなさい」

「はい、ありがとうございます、先生」


 先生のか細い腕に口をつけ血を飲むと胸に刺さった剣がひとりでに抜け、傷など元から無かったかのように綺麗に完治する。


「じゃあとりあえずここから出ようか」

「あ、はい!でもどうやって帰るんですか?」

「普通に」

「普通?」


 言うと先生は手を三回その場で叩くと魔力の波紋のようなものが先生を中心に広がりはじめる。


 波紋が三回、先生から広がると一瞬にして元の境内に戻っていた。


「ほらね?普通でしょ?」

「え、あっ……ええ?」


 怜は改めて先生にとっての普通とはと疑問を浮かべたがそれを口にすることはなかった。

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