真宵猫ー乙窪神社跡地
準備という準備は特になく、とりあえずの戸締りと朝食の残りを詰めた軽食の弁当箱を用意して準備は終わったので先生の元まで向かう。
先生の元まで向かうと室内にもかかわらず黒の日傘を広げくるくると日傘を回しなが優雅にこちらの到着を待ってくれていた。
「お待たせしました、先生」
「準備できたようね」
「はい!」
こちらの返事を聞き終わると先生は左手を前に出す。そこから淡い青色の光が円を描くとその場の空間が歪み、人が二人ほど通れるほどのポータルが出来上がる。
これは先生の魔法の一つでどこでも簡単に移動できるという超便利魔法だ。制約と言う制約は発動まで少し時間がいるというものだが詠唱の必要もなく行ったこともない場所まで行けるためよく先生が重宝している魔法の一つだ。
「それじゃあ行きましょうか」
ポータルを潜り外に出るとすぐ目の前に石階段と石の鳥居が姿を現した。
「ここが乙窪神社跡地、ですかね?」
「ええ、場所に間違いはないわ」
跡地という割には石階段は整備されており上りやすそうだ。
辺りを見渡してみるが街灯もなく整備されていない田舎道と管理の行き届いていない雑草が生い茂る田畑があることで不自然に整備されている乙窪神社跡地が不気味に思えてくる。
「どうされました先生?」
先生は直で日差しを浴びることを極端に嫌う。だからいつも外に出る時は室内から日傘をさして外に出る。そのため外でそれもまだ日が照り続けている昼時に日傘を閉じたのでびっくりして先生にどうしたのかを訪ねた。
返答は特になく逆に質問を返された。
「怜、聞きたいことがあるのだけれど魔力は練れる?」
「……?魔力ですか?」
言われて魔力を練って見るが上手く練ることができない。
魔法を使う時には手順があり、まず体のどこか一か所に魔力を貯める。
そこから集めた魔力を糸状にして三つ編みを作る要領で魔力でできた糸を束ねることで魔力を練っていく。
そしてその練った魔力を火や水へと変える呼び水として使用し事象として起こすことが魔法である。
要約すると貯めて、練って、打つ。
ただ今はその中間練る部分ができない状態にある。なんというか練る時に異物が混じって邪魔されているような感じがする。
「……練れないですね、何かに邪魔されてる感じがします」
「やっぱりね、私は大丈夫だけどあなたには少し効果があるようね。怜、練る時の一本一本の魔力量を多くしなさい。魔力が練れるまでね」
先生の言われたように糸状にする魔力の太さを太くする。
邪魔する異物を魔力で潰せるように太く、そして魔力の糸をいつもより多く作って練る。
すると異物に邪魔されることなく魔力を練ることができた。ただ、いつもの二、三倍の魔力を使用しないといけないため燃費が悪すぎる。
「う~ん、魔力は練れてはいるけどいつもよりも遅いし魔力の消費量も多いわね。もし戦闘になったら戦えそう?」
「えっとまだコツは掴めてはいないのですが戦闘には差し支えないかと」
「そう―――なら行きましょうか。この現象の元凶のいる場所へ」
どうやら先生はこの魔力を阻害している元凶がどこにいるのかをわかっているようだ。
石の鳥居を潜り、石畳の階段の下まで来た怜たち、階段を上っていき頂上まで辿り着くと綺麗に整備された境内が現れた。
やはりここも跡地というわりに綺麗に整備されているようだ。
「猫は……いませんね」
辺りを見渡すが猫どころか他の動物がいないと断言できるほどに境内は静まり返っている。
ただ静まり返っている割に至る所から視線を感じる。
「ふむ……。ここ、やっぱり穢れているわね」
「え?穢れて、ですか?」
先生は鼻を押さえ臭そうにしている。
魔女特有の感覚なのか人間には感じられない気配があるらしい。
「ここには猫なんて絶対にいないわ。猫なんかの動物は人間にはない感覚器官を持っていて危機察知能力がとても高いからこういった穢れが集まる場所は避けるのよ」
穢れって確か、前に先生に教えてもらった時はその場所においての禁忌を犯すと自然に溜まっていくものらしい。
その場における禁忌の簡単な例えで言えば神社の賽銭を盗むだとか無意味に命を狩るなどの行為があたる。要は犯罪を犯すとその場の穢れが増えるらしい。これは余談だが心霊スポットなんかでは穢れがよく溜まっているという話だ。
この神社でも何者かが何かしらの禁忌を犯したことで穢れが溜まっていったのだろう。僕にはいたって普通の神社にしか見えないが。
先生いわく穢れがある場所は空気が悪く臭いらしい。先生は大丈夫なようだが穢れを感じれる一般人もいるらしくそういった人たちにとってはひどい場合は気絶するほどらしい。
「はあ~とりあえず祓うわよ怜、穢れを祓うにはまず穢れが見えないと意味ないから見えるようになる方法を説明するわね。まず初めに穢れは霊や妖を見るのとはベクトルが違うの」
「ベクトル……テレビで言うチャンネルのようなもの、ですかね?」
「その認識であってるわ。ベクトルを変えるには目に纏う魔力の性質を正から負へと変える必要があるの」
「正から負……ですか」
「簡単に言うとスイッチを押す感覚に似ているわね。今見ている世界を正として負へと変えるスイッチが必ずあるからそれに変えるの、あなたは霊や妖なんかは見えているから認識さえできれば簡単にできると思うわ。私がアシストしてあげるからあなたは集中しなさい」
先生は怜の後ろに回ると背中に触れ魔力を流し込む。
するとカチりとスイッチが押された感覚が全身を走ると今までは何も映らなかった境内にヘドロのようなどす黒い泥が一面に映るようになった。
「うわっ!何だこれ!?」
認識すると一瞬でこの空間が異常であると理解でき、そして先ほどまで感じてなかった悪寒が全身を駆け巡る。
「うっ!?」
スイッチが変わった瞬間、目だけを変えるつもりが全身を変えてしまったようで臭いも感じれるようになってしまった。
いきなり腐敗臭のような臭いというか硫黄の臭いのような、血のような血生臭い臭いもある、そんな鼻を刺激する臭いに鼻を押さえるも涙が流れ吐き気を催す。
「大丈夫、怜!?ちょっと我慢なさい、今調整するから」
再び先生に魔力を流されると刺激的な臭いは治まりを見せた。
「はあ……はあ……はあ―――……」
「大丈夫?ごめんなさい、怜の協調力が高すぎることに気を配れていなかったわ」
「だ、大丈夫です」
先生の調整のおかげで鼻が曲がるような臭いは治まった。
ハンカチで涙を拭っていると先生はおもむろにどこからかナイフを取り出すと右手の人差し指に傷をつけた。
できた傷から真っ赤な血が流れている。何をしているのかと聞く前にその血が出ている人差し指を怜の口元へ近づけてきた。
「怜、飲みなさい。それで安定すると思うわ」
「あっと……わ、わかりました。し、失礼します」
口に入れやすいように先生に合わせて膝を着き、人差し指を口に入れる。
飲みやすいように舌で出てくる血を吸いだす。
出てくる血を飲み込むごとに乾いた喉に水を飲んだ時のような全身を癒す感覚が駆け巡る。
先ほどまでの息切れや気持ち悪さは何処へやら何ならここに来る前よりも肉体的にも精神的にも健康体へと変わったことが自分自身で認識できる。
「ふぅ~ごちそうさまでした、先生。生き返りました」
「よかったわ」
言って先生は濡れた指をハンカチで拭っている。拭い終わった人差し指を見てみると先ほどまでできていた切り傷が完全に塞がっていた。
「先生の血も肉体も不思議ですよね。できた傷はすぐに癒えますし他者が血を飲めば飲んだ人の肉体や精神を癒す作用まであるんですから」
「そんなすごいものじゃないわよ……」
「え?」
先生の目を見るとどこか悲しそうな悲痛な目でこちらを眺めていた。
「……」
何か声をかけたい、けれどなんと声をかければいいのかがわからない。
太陽が煌びやかに照らす境内、階段から見下ろせば綺麗な景色が眺められる。
昼時の太陽に照らされて二人の影が沈んでいく。
そんな二人を狙う影が一つ、先ほどまで誰もいなかった賽銭箱の目の前に真っ暗なドレスを着た人間が忽然と現れた。
「――――ッ!」
現れたと同時にそちらに視線を向ける。先生は視線だけを向けている。傍から見ればただ立っているだけに見えているだろうがすでに戦闘態勢をとっている。どうやら最初から向こうの存在に気づいていたようだ。
怜もまた袖に仕舞っていた杖を抜き相手へと杖を向ける。
現れたのは体格的に多分女性、大きな胸を強調するドレスを身に纏っており、顔は黒いベールをつけているため確認できない。
装束は手袋に至るまで真っ黒で隙間から見える肌は服が黒のためか真っ白な肌が強調されてよく見える。
「あなたたち見ない顔ね?ここにはあの人たちしかは来ないと思ったのだけれど……結界が機能していないのかしらぁ?」
「結界?」
「怜、気を引き締めなさい。来るわよ」
「え?」
その言葉を合図とばかりにドレスの女の地面から真っ黒な棘が地面を抉ってこちらに向かってくる。
「――――ッ!」
左右に分かれて回避する二人、ダメージはなかったが棘を壁代わりに先生と分担されてしまう。
「右の子の方が美味しそうね。私、好きなものは後に残しておくタイプなの。だ・か・らまずは右の男の子の方からいただきましょうかぁ~」
こっちが狙いか!
聞いてもないことを独り言でぺらぺらと話す女は手を一振りするとさらに棘の壁を高くし完全に分担する。
どうしたものかと考えていると先生のいつもの緩み切った声が反対側から聞こえてきた。
「怜~その程度ならあなたでも死ぬ気で頑張れば勝てるから頑張りなさい!」
「え!?いやあの、先生!?」
「私思ったのね、やはり実践は大事だと思ったの。だから今回はあなたの成長のため私は手を出すつもりはないわ~!危なくたったら助けてあげるから頑張りなさい!」
「せんせぇ……」
先生の死ぬ気で頑張れば、は本当の意味の死ぬ気でだ。腕や足の一、二本は失うのは覚悟しなければならない。
先生は反対側でどこからかパラソルと椅子を取り出すと運動会を見に来た親のようにこちらの様子を楽しみだした。
はあ~こうなったら仕方が無いが覚悟を決めるしかない。
杖を構えなおし戦闘態勢をとる。
相手との距離は約五十メートルほど、簡単に距離を詰められる距離、どちらかが動けば戦闘が始まる。
睨み合いをするつもりはないらしい。最初に動いたのは女の方だった。
右腕を左に振ると横にできた棘の壁から棘が飛び出てきた。
それが戦闘の合図となった。
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