真宵猫ー朝食
「んっ?ぅん~……。」
意識がゆっくりと覚醒する。
眼をあけると、うつつな、渋い網膜に、小さな人影が映る。
まだぼやけている視界を覚醒させるため二、三度瞬きをする。
そこでやっと目の前にいる人物を認識できた、先生だ。先生はまだ眠っている、可愛らしい寝息をたて
まだ眠気が後頭部に残っている感覚、再び目を閉じれば夢の世界へ旅立てるだろう、そう確信を持てたがそれを右腕の痺れが許すことはなかった。
「いっ……!!」
痛む右腕に目をやると先生が枕として使っている。
右腕を長時間枕代わりにされていたためか痺れが右腕を襲い、指一本動かせない。
それに下手に動かせば眠っている先生を起こしてしまうので痛みが走らないようゆっくりと腕の力を抜く。
一応今の状況の確認をする。
昨夜先生に捕まりそのまま眠ってしまったようだ。先生はと言えば拘束は完全に解除され怜の胸で眠っている。傍から見たら恋人かもしくは親子か、まあ勘違いされることは確かだろう。
ただ腕だけは枕代わりとして使われているため動かせないでいる。先生が起きるのを待つしかないらしい。
今の時間はわからないが朝日が部屋に入り込んでいることから七時くらいだろうか。
再び先生に目をやると敷き布団から顔だけを出して眠っている。
可愛らしい寝顔で眠っているためか少し悪戯したくなる。空いている左手で先生の頬を二回ほどつつく、赤子の頬を触っているみたいに柔らかい。
「ん……んん~~。」
先生を起こしてしまったと慌てて左手を退かす怜。どうやらその予想は当たっていたようだ。
先生の
うるうるとした双眸を二、三度瞬きすると先生と目が合う。
「お、おはようございます、先生。」
「おはよう、怜……。」
小さくあくびをする先生、まだその双眸は視点が定まっていないようで黒い宝石のような瞳が見え隠れしている。
「んっ!んん~~」
体を伸ばしながらゆっくりと起き上がる先生、ただ頭が重たいらしく右へ左へと動かしながら目を瞑っている。
「――――ッ!?」
起き上がった拍子に敷き布団が取れ布団で隠れていた先生のあられもない姿が現れた。
浴衣がはだけ、中に着た下着が見えている。
あまり視界に入れないようにはだけた浴衣を後ろから直す。
「ありがと……怜。」
「い、いえ。」
起こしてしまったことと下着を見てしまった罪悪感を感じその場を少し離れようとやっと解放された痛む右腕を押さえながらベットから外に出る。
「……?怜、腕見せてみなさい。」
「え?あ、いや……。」
「いいから。」
まだ少し眠気が残っているのか艶っぽい甘い声で呼び止められる。
腕の裾を引っ張られたためゆっくりとベットに腰かける。
「ごめんなさい、怜、この腕の痛みは私のせいよね。」
「い、いえ」
「私、昔から酔うと甘えっぽくなるってよく言われているのよね。知り合いからもお酒を飲むときは気をつけなさいって言われていたのだけれどごめんなさい、あなたに負担をかけるつもりはなかった、もう少し自重するべきだったわ。」
暗い顔をしながら怜の腕をさする先生。
先生の手が薄緑色の光で輝き、その手が腕に触れると先ほどまで感じていた痛みが一気に引いていく。
「先生、気にしないでください!お酒に酔った先生も可愛らしくて僕は好きです!」
「でも……。」
「先生、僕は先生の弟子です。先生を支えることが僕の使命であり先生にかけられる迷惑なんかもすべて受け入れたいと僕は思っているんです。だからそう、落ち込まずにもっと僕を頼ってください。」
「怜、あなたは……いえ、違うわね、ありがと。」
「はい!」
腕の痛みが完全になくなる。回復魔法を使ってくれたらしい。
「じゃあ早速お願いしようかな。」
「はい、お任せください。」
「ふふ、じゃあ服を着替えさせてくれないかしら、怜?」
先生の笑顔とは裏腹に怜の表情は引きつる。ただ迷惑をかけろと言った手前断ることができない。
深い溜息をつきながら立ち上がる。
「はあ~迷惑のかけ方をよくご存じで……。」
「ふふ、ダメかしら?」
「いえ、お任せください、先生。」
「ええ、お願い。」
先生はどこからともなくよく愛用しているゴスロリっぽい服を取り出すと怜にそれを預けてベットの上で浴衣を脱いだ。
下着は見えてはいるが正面からではないため極力見ないように服を着せる。
着やすくするためか両手を挙げてくれていたため引っ掛かることなくするりと服を着せられた。
服を着た先生はベットに腰かけると右足を怜へと伸ばす。
用意された膝上まである長い黒の靴下を右足へ履かせる。やってることは弟子というよりどちらかと言えば執事や召使いだと心の中で笑いながら両足に靴下を履かせた。
「ありがとう、怜。」
「いえ、とりあえず洗面所まで行きましょうか。」
「そうね。」
怜はとりあえず自分も服を着替え洗面所まで向かう。
二人で歯を磨き顔を洗い終えた後先生が夕食のように手を四回叩くと扉がノックされる。
「おはようございます、リリム様!朝食をお持ちしました!」
怜が扉を開けに行くと元気溌剌な十代くらいの女の子が深いお辞儀と共に満面の笑顔で出迎えてきた。
女将さんが来ると思っていたので呆気に取られていた怜だがすぐに気を取り直す。
「……おはようございます、中にどうぞ。」
「失礼します!」
昨日の夕食と打って変わりこの少女一人らしい。まあ朝食ということもあり量は少なくこの子一人でも十分なようだ。
食事はザ・和食と言うに相応しい味噌汁に白米、さんまと供えに大根おろしが載せられており、その横には野菜の漬物が添えられている。
「では私は失礼します……。」
配膳を終えそう言った少女だが何故かまだ先生の隣に立ちもじもじと自身の服の裾を掴んだりしている。
「どうしたの?」
流石の先生も気になるらしく首を傾げて少女を見ていた。
少女はというと意を決したのかバッと顔を挙げると先生に当たらない手前に勢いよく右手を差し出した。
「私、リリム様の大ファンなんです!不躾だとは思いますが握手、していただけないでしょうか!?」
「え?あ~うん、これでいいかな?」
「はあ~~!!ありがとうございます!ではお食事、楽しんでください!!」
言って少女は入ってくる時とはまた違った、けれど幸せそうな満面の笑みで部屋を出ていった。
「に、人気ですね、先生。」
「はあ~なんで人気なのか私本人がわからないのよね~まあいいわ、ご飯、食べましょうか。」
「ええ、そうですね。」
「食べながら今日の予定を話すからそのつもりで聞きなさいね。」
「わかりました。」
口に運ぶ食事はやはり絶品でそのおいしさのせいで先生の話を聴きそびれそうになったがその都度わかりやすく、怒りも含めて話してくださったおかげで頭の中に今日の予定を詰め込むことにはさほど苦労はなかった。
ただ先生へのご機嫌取りにはひどく苦労することになったが。
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