真宵猫ー眠る夜は君と共にー2
三階へと続く階段には一切の妨害は無かった。あの二階へと上る階段にだけ何か仕掛けがあったようだ。
「この宿には私の趣味半分ともう半分で
「やはり修行のためでもあったのですね……。それで、あんな奴ってのは?」」
「ん~、
はあ~と呆れたようにため息を吐く先生。
半神半妖、前に先生が教えてくれたっけ、確か神社なので妖が神として人々に長年拝まれ続けた結果昇格した位だとか。それ以上の詳しいことは話してはくれなかったが今の怜なら瞬殺だと言われたので近くにいた場合はすぐに逃げろと言われていた。
「じゃあもしかしてあの重圧は――――」
「あ~あれは普通の妖、多分上級のね。二階に上がってくる妖すべてに威圧してるんでしょう。それで上がってこれればあの牛が言っていたようにここにいる妖に気に入られるって感じじゃないかしら。まああの重圧は低級の妖からしたら死刑宣告を受けているような感じに感じるでしょうから上がれるのはほんの一握りの奴らだけになるでしょうけどね。」
死刑宣告、言い得て妙だと納得する。あれは常に背中に銃口を突き付けられているような感覚だった。確かにほんの一握りしか上がれないというのも納得ではある。
妖には位があり一番下の下級、その上が中級でさっきの胡毘牛がそれにあたる、そのさらに上が上級で怜が苦しめられていた威圧を放っていた連中になる。その上にも位はあるが基本的にはこの三階級に分かれているらしい。先生の言うほんの一握りの妖とは上級のことを指すのだろう。
「まあ上出来よ、怜。上級の圧に屈することなく上り切れたのは成長だと思うわ。」
「そうなんですかね。」
「ええ、そうよ。まあ及第点ではあるけどね。私の力を借りずに部屋まで戻れれば満点をあげていたわ。」
「そう、ですよね。……もっと精進します。」
そんな話をしていると部屋にたどり着いた。
怜は部屋に入ると背中に抱えていた先生を下し、備え付けの風呂場へと向かう。
「じゃあ自分シャワー浴びてきますね。汗を流すだけなんですぐにあがると思います。食事の方、頼んでもらっても大丈夫です。」
「ううん、待っているからゆっくり入ってらっしゃい。食事は頼めばすぐに来るから気にしなくていいわ。」
「?わかりました。じゃあちょっと長めに入らせていただきますね。」
それから十分ほど、備え付けの風呂場にも温められた温泉があったので汗を流した後にゆっくりと浸かった。
怜が上がると先生は晩酌しながら湖の景色を眺めていた。
「ふう~先生、上がりました。」
「そう、なら食事の方を頼みましょうか。」
言って先生は両手を四回叩く。
すると入り口からノックの音、それに続いて女将の声がする。
「失礼します。お食事の配膳に参りました。」
「今開けます!」
怜がカギを開けると扉が開き、女将とその他三名の従業員が配膳を持って入ってきた。
入って手前にある長テーブルに持ってある食事をどんどん置いていく。
置かれていく料理はどれも高級感溢れる品々でイセエビが丸々乗っている海鮮刺身の木船だったりキャンドルコンロ付きの小さな鍋におせち料理のような箱に入った少量のけれど中身はウニやカニなどの高級な食材が詰め込まれている料理まである。
「品物、全品ご用意させていただきましたので今宵の食事の説明をさせていただきますね。」
そう言うと女将は呪文でも唱えるようにつらつらと料理名を口にしていく。
「今回は海鮮料理多めに品物をご用意させていただきました。まずはそちらですね。」
そう言って女将は刺身が乗った木船を指さす。
「刺身船です、鮮度はもちろんのこと味も良質なものをご用意させていただきました、わさびの方も生わさびを直接すりおろしたものです。醤油もよし、わさびだけで刺身そのままにいただいても美味しくいただけましょう。」
女将の後ろにいた従業員の一人がどこからか醤油瓶を三本と大根、そして大根おろし器を取り出し二つの皿におろしていく。
三本の醤油に目をやるとそれぞれの瓶にラベルが張ってあり、甘口、刺身醤油、生醤油と書かれている。
「では続きましてこちらの鍋はカニ出汁鍋です。カニの他にも豊富な野菜を詰め込んだ一品となっております。」
キャンドルコンロの小さな鍋、中身はカニ鍋だったらしい。蓋を開けると香ばしいカニの匂いが鼻を通り唾を飲み込んでしまうほどだ。
「それに続きましてこちらが海の幸を贅沢に乗せた幸箱です。最高級のカニやキャビア、ウニにクエなど珍しい食材をのせた料理になります。」
この黒いつぶつぶがキャビアなのか、初めて見た。
「そしてこちらは黒毛和牛の一口ステーキです、海鮮料理に飽きられることもありますでしょうからご用意させていただきました。」
魚だけでなく肉までも用意してある。しかも一口で食べやすいサイズに調整されているためなんとも無駄がない。
「そして最後にこちらが当館自慢の白米と米酒でございます。こちら二点は当館の目玉とも言っていいほどのものでしてぜひ気に入っていただけましたらおかわりのほどをお申し付けくだされば。デザートに関しましてはお食事の後にご用意させていただきますので終えられましたらお声がけください。では、良きお食事をご堪能くださいませ。」
言って一礼すると四人は足早にその場を後にした。
静まり返った部屋でぐつぐつという鍋の音だけが聞こえてくる。
「怜、じゃあ早速だけれどいただきましょうか。」
「あ、はい!そうですね!おいしそう。どれから食べればいいのか迷ってしまいます。」
「ふふ、慌てなくてもなくならないわよ。」
二人は同時に手を合わせる。
『いただきます。』
まず怜が最初に手をかけたのは木船に乗る刺身。手前にあったぶりを刺身醤油が入った小皿にまで持って行く。
醤油は少し、そのまま口に運ぶ。
「―――――ッ!?」
噛めば噛むほどにぶりの旨味が口全体に広がっていく。こってりとした味わいはあるものの後味はよく飲みこみやすい。
次にマグロにイカ、ハマチとサーモンと食べ進めていく。そのどれもがいままで食べてきたものとは比較にならないほどうまかった。とくに大トロ、口に入れた瞬間、口の中に広がる甘みが舌を喜ばせ、もうひとつ、また一つと次々に口に運んでしまうほどだ。
女将が言っていたおろしたてのわさびを少し多めにとる、それをマグロで巻き醤油を少し、そのまま口に運ぶ。瞬間、甘さが広がったかと思うと割って出たわさびが鼻を刺激する。
ツーンと鼻に来るが甘さと辛さのギャップが癖になりそうだ。
このままでは刺身だけで満足してしまいそうになったいたので慌てて目の前の白米に手をかける。
まずは何も乗せずに白米だけを楽しむ、口に入れると白米が甘い。もちろん不快な甘さなどではない。口に入れた瞬間甘さが広がりそして泡のように消える。後味が続かないためこの甘味を口に残そうとするとこの白米を口にかき込むしかない。
当店自慢の一品その一言が間違いではないと言い切れるほどにこの米は美味しかった。気づけば白米だけで食べてしまいお米が切れてしまったためどうしたものかと考えていると扉が開き白米が入った茶碗を持つ従業員の女性が入って来た。
「おかわりのほうをお持ち致しました。」
怜はまだ何も言ってはいない。もしかして監視でもされているんじゃないのか……?
「あ、ありがとうございます。えっとでも何でおかわりが必要だと思ったんでしょうか。」
「当店をご利用くださるお客様のほとんどがこのくらいの時間帯でおかわりをご所望されるためいつも持って参っております。」
「そ、そうなんですね。」
「ええ、それでは失礼しますね。あ、それと―――もしおかわりの際は手を二回、その場で叩いてください。そうすれば参りますので。」
そういうシステムなのか。
従業員の女性は軽く会釈すると扉から出ていった。
「ふう~気を取り直して鍋に行こうかな。」
鍋の蓋を開ける、すると先ほども嗅いだカニの匂いが鍋の周りに溢れ出す。
鍋に箸を入れ具材を掴むとカニと白菜、エノキが取れた。それを白米が入った茶碗に移し白米と共にカニ鍋の具を口に運ぶ。
まずは先に本体のカニ肉がプリっとした食感で、続いてこってりしたカニ汁が口いっぱいに溢れる、そこに甘い白米とシャキシャキ食感でカニ出汁を豊富に含んだ白菜がエノキと一緒に口に広がる。
ほうっと甘い息が漏れる。頬がとろけそうだ。
ただがっつきはしない。先に少しだけ具材を食べる。その間に一口ステーキにも手をかけてみる。ステーキは口に入れると肉汁が口いっぱいにじゅわ~っと広がりしかも硬さがない。柔らかくタレなしでも食べれる味の濃さ、でも胃もたれを感じさせない。どういう作りなんだ。
怜はこれでも料理を趣味としているためこういう作りの工夫には興味を持ってしまう。
鍋と一口ステーキを交互に食べ比べながら食い進める。そうこうしているうちに鍋に少し空きができたためそこに白米を入れる。
カニおじやだ。用意されていた少し深めのスプーンでおじやをすくい具材と共に口に運ぶ。先ほどのしっかりとした食感とは打って変わり、米や具材が飲むように口に運ばれスープ状になっているため先ほどよりカニの味が口全体にガツンと来る。
熱いことなど気にすることなく次々に口に運んでいく。気づけば鍋は綺麗に完食していた。
「ふう~ごちそうさまでした。」
気づけば一人で出された料理のほぼ全部を食べきっていた。いつもならこの量は食べきれないだろうがここの料理は満腹という言葉を忘れてしまうほどにおいしく、お腹が満足した。
ただ個別に出されたおせち作りな高級海鮮ゾーンのキャビアは先生におすそ分けした、庶民舌と言えばいいのかキャビアはあまり口に合わなかった。先生としてはあの塩辛さがお酒に合うのだとか。キャビアの味を楽しめる大人になりたいものだ。
食事の余韻に浸りつつ先生を眺める。
先生はもともと少量を頼んでいたらしく、怜よりかは周りにある料理は少ない。ただがっつりとは食べていないが米酒の瓶だけは十本ほど置いてあり、それにプラスして自前で用意したであろう日本酒が
お
「先生、その辺にしておいた方がいいのでは?明日は仕事の関係上、外を歩きますから。」
「ん~?だいじょ~ぶ~……でも~もお~いいかも~?」
体を前後に揺らしながらもお酒を注ぐ先生、ただもう目は開いておらずお酒を注ぐことに力尽きたのかテーブルに右頬をつけながら自分の右腕を枕に眠ろうとしている。お猪口は右手に持っているが落ちるのも時間の問題だろう。
「先生、眠るならベットに行きましょう。ほらお猪口、危ないですから手を放してください。」
先生の傍まで行き声をかけながらお猪口を取ろうとする。先生は最初はイヤイヤ言っていたが先生の手に触れるとゆっくりと離してくれた。
中に入っていたお酒をこぼさないようにテーブルに置く。
「よし、さてと―――こう、かな?」
怜はその場で四回、叩いてみる。
従業員の女性が言うには二回でおかわりの合図だと言っていたので先生が最初にしていた四回で鳴らしてみる。
すると扉からノックと女将の声が聞こえてきた。
「お客様、入室してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい!どうぞ!」
「失礼します。」
言って女将が入って来た。軽く一礼すると要件を訪ねてきた。
「あ~とすみません。もう食べ終わったので食器をさげてもらっても構いませんか?」
「かしこまりました。デザートの方はいかがいたしましょうか?」
「いえ、先生がこの通りなんですみませんが明日の朝食にでも回してくだされば。」
「かしこまりました。では食器の方はさげさせていただきますね。」
「はい、お願いします。それと美味しかったです、ごちそうさまでした。」
「お粗末様でした。」
言って女将はいつ呼んだのか入って来た従業員の女性数人とで食器を回収していきあっという間に最初に入って来た時と同じ状態へと戻し一礼して去っていった。先生が食べていたお菓子類もしっかりと補充して。
「はや……。」
静まった部屋の中、思わず零れたその一言は誰に届くでもなく先生の寝息に搔き消されるのだった。
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