真宵猫ー眠る夜は君と共にー1
先生に歩幅を合わせながら部屋に戻る。
酔った先生は行きとは立場が変わり、今は
「大丈夫ですか、先生?」
「ん~だ~いじょ~ぶい~」
右手で崩れたVサインをする先生、しゃべり方はいつもと違うし体を完全に怜へと預けているが歩行には一切の乱れがないため上手く酔いをキープしている。
これなら問題が起きない限りは僕が引っ張って行っても問題はないだろう。
そんなことを考えながら上る二階への階段、酔った先生が階段に足をもつれさせないように注意しながら慎重に上っている時、下から声がかけられる。
「おい、お前さん!階段を上っているお前さんだよ!お前さん、二階は大妖怪の
どうやら声をかけてきた妖はこちらを同じ団体客の一人だと勘違いしているのだろう。許可がないと上ってはいけないというルールを教えてくれるのはありがたいが生憎とこちらは別団体、それに目的地が三階のため上るしか選択肢はない。
振り返ることなくその呼び声を無視して階段を上っていると下から階段を上る音が聞こえ、先生が抱き着いている右肩を思いっきり引っ張られる。
その反動で右に重心が傾き先生が危うく転げ落ちそうになっていたところをすんでのところで左腕で支える。荷物が階段から落ちていくが先生の方が大事だ。
「だから話を聞けちゅう言っちょるやろ!死にたいんか!?」
今一際重大な危機に瀕していた怜のことなどお構いなしに肩を引っ張った妖は立て続けに捲し立て肩を引っ張り下に降ろそうとする。
「すみませんが離していただけませんか。」
先生のことでいっぱいになっていた怜もここまでされればさすがにこの妖に構わないわけにはいかない。
注意と共に初めて自分のことを引っ張って来た妖を見た。
上、下真っ黒なジャージを着た牛男だった。鼻にはオシャレのつもりなのか金のリングが付いている。
「お前さんたち、霊力を全然感じないが下級やろう?ここのルールを知らずにただ酒を飲めるからと来たんとちゃうんか?知らない様やから教えておいてやるがここから先の二階からは揶揄様っていう大妖怪様の許可が必要なんや、もしそれを破って二階に上ろうもんなら上階のお偉い方々に消されてまうぞ。だから降りてこい、酒が飲めるのならば一階でも構わんとちゃうか?」
おせっかいな妖怪に絡まれ困った怜はどうすればいいのか先生に訊ねようと抱えている先生に視線をやるがどうも眠気が勝ったらしい、可愛らしい寝息をたてながら目を閉じて眠っている。子供のようだ。
一瞬先生の寝顔に気を緩める怜だが今この状況が結構なピンチであることに気づき再び緊張の糸が張り詰める。
どの道落とした荷物を回収しないといけないため先生を抱えながら一度階段を降りる。
「おお!やっとわかってくれたか!最近の下級どもは言うことを聞かなんやつが多すぎる。怖いもの知らずというか恐れ知らずな奴らばっかで――――――」
牛の妖怪が何か言っているが怜は無視して落ちた荷物を回収すると眠った先生を背中に抱え、一階の渡り廊下を歩いていく。
このおせっかいな牛妖怪がいる以上、ここの階段は使えない。館内図には他に二か所ほど三階まで上がれる場所があったため荷物と先生を抱えてそこを目指す。
下級妖怪、あの牛男は僕たちのことをそう呼んだ。先生が万が一のときのために魔法で視覚の認識阻害をしてくれているのだろう。まあ先生が起きていればこんなことにはならなかったわけだが……。
ここから近いもう一つの階段を目指し歩いている時、後ろから先ほど聞いた声が近づいてくる。
「お~い!お~い!待ってくれよ~!戻るんなら一緒に戻ろうや~!」
後ろから近づいてくる声、先ほどのおせっかいな牛男だ。
どうやらまだ怜たちに用があるらしい。
怜は振り返り牛男を待つ。
「ふう~やっと止まってくれた。勝手に行くもんやからびっくりしたわ~せっかくなら一緒に戻ろうや!」
暑苦しい、早くこの場から離れたい、がしかし変に無視してもついてくるだろうからハッキリと告げる。
「すみませんが僕にはやることがあるのであなたとは飲めないんです。申し訳ありませんが他を当たってくれませんか?」
言うと明らかに不満そうな顔で腰に手を当てる牛男。
「なんや、やることがあるってどうせその嬢ちゃんの介抱やろ?お前さんからは全っ然酒の匂いがせん。その嬢ちゃんは休憩室にでも預けてわしと二人で飲もうや?せっかくの酒の席が台無しやで!」
「すみませんが結構です。もう僕たちには構わないでください、では。」
「あ~ちょい待ちいな~」
振り返り前に進もうとすると壁にぶつかる。
「―――――ッ!?」
ここに壁わないはず、ぶつけた鼻を押さえながら前を見るとそこには壁、のようなデカさの妖が立っていた。
「す、すみま―――」
言い切る前に牛男が間に入りその妖怪をはやし立てる。
「いや~これはこれは
手はゴマすりで、腰を可能な限り低くして銘猿にこびへつらっている。
「おお~お前は確かこの前オレの酌を注いでくれた
「へい、そうでやす。いや~名前を憶えてくださり大変至極にございます!」
この牛男、胡毘牛って言うのか。
それよりも怜がぶつかった妖は銘猿と呼ばれる大猿の腹だった。何故か通路で座り込んでおりというかこの旅館にどうやって入って来たんだというほど大きい。頭は天井すれすれだ。
「それで?銘猿様はどうしてこちらに?」
「ん?おお~じつわな、下から旨そうな匂いがしたから降りてきたんだ。」
「旨そうな、ですか?」
「そうだ、だが降りて来てからはその匂いが消えてしまってなあ~オレも戸惑っていたところなんだ。」
銘猿は顎を触りながら鼻をピクピクさせている。
「ここら辺からだったんだがな~」
「あ~もしかしたら今下で行われている餅焼きではないでしょうか?ご案内致しますのでささ、こちらへ。」
「おお~そうか、それはなによりやわ。」
銘猿が立ち上がるとさっきまで座っているサイズよりも一回り小さくなり胡毘牛の案内で後ろをついていく。
怜はと言えば邪魔にならないように道の端に退いていたのだが二人はそんな怜を無視して障子奥の部屋へと入っていった。
結果的には助かったがぶつかったはずの銘猿がこちらに反応を示さず、あれだけしつこかった胡毘牛でさえ横にいた怜のことは忘れたように無視をしたのでもしやと思い後ろを振り返ると先生が目を開けていた。
「先生、起きたんですね。」
「ええ~まあね。迷惑かけたね、怜。」
「気にしないでください。」
怜の肩に顎をのせ、寝惚け眼で目をこすっている先生、口が近いためか少しお酒臭い。
先生は酔いが回るのは早いが酔いが醒めるのも早いらしい。十分も眠れば酔いは醒めるのだとか。
「まさか私が眠っている間に妖どもに絡まれてるなんて思いもしなかったよ。」
「ははは、僕もです。」
「直ぐに気づいて魔除けの結界を張ったからよかったけれど見つかっていればまた面倒なことになっていたわね。」
「妖って厄介な連中なんですね。」
「そうよ、だから言ったじゃない。」
うつらうつらと眼が閉じようとしている先生。まだ眠気があるのだろう。
「先生寝ててもいいですよ。結界さえ張ってくれれば多分部屋まで戻れるでしょうから。」
「大丈夫よ、部屋に着いたらご飯も来るだろうし、それに―――二階が一番警戒しないといけないから。」
先生の雰囲気が変わる。
「わかりました。先生、守ってくださいね。」
「まかせなさい。」
先生を改めて抱え直し銘猿が封鎖していた階段を上る。
すると先ほどは感じなかった重圧が階段を一段一段上るごとに体に乗る。体全体に錘がどんどん増えていくような感覚だ。
初めて入った時、そして温泉に行くとき、合わせて二回通った。その時はいつも先生が何らかの結界を張っていたがためこの重圧を感じることはなかった。でも、今はその重圧を感じている。
なぜか、は聞かない。多分先生なりの勉強の時間なのだろう。
ただ怜はこの時間を噛み締めて階段を上る。
重い……。足が鉛のようだ。一段上るごとに不快感が高まり冷汗が額から流れていく。今すぐにでも後ろを振り返って階段を駆け下りたい衝動にかられるが歯を食いしばって階段を上る。早く終われと心の中で叫び続ける。
そうして無限に続くものだと思っていたこの時間は過ぎ去り、気づけば怜は三階の階段に足をかけていた。
三階へ続く階段に足をかけたとき今まで感じていた重圧から解放され、前のめりで歩いていたため危うくコケそうになる。
「うおっとっと……。ふぅ~」
「お疲れ様、怜。疲れた?」
酔いが醒めたであろう先生は言葉遣いがいつもの先生に戻っており、ただ体を預けて怜を見守ってる。
「え、ええ。先生や荷物の重みは感じないのに体全体にはかかり続ける重圧と不快感、お風呂に入ったばっかなのに冷汗が止まらなかったですからね。体が汗でべたついて気持ち悪いです。」
「ふふ、お風呂は部屋にも付いているから、部屋に帰り着いたら汗を流しなさい。」
「そうなんですね、じゃあそうさせていただきます。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます