真宵猫ー依頼ー2

 依頼主の女性から詳しい話を聞くため応接室に案内する。


 こういった顔色が悪いお客さんはたまにだがいる。猫をペットとしてではなく一人の家族として可愛がり愛していた、そんな家族がいなくなったことで憔悴しきっているのだろう。


 このようなお客さんには蜂蜜を少し入れたハーブティーがよく効く。


 依頼は一度後回しに彼女の前にハーブティーを差し出す。


「蜂蜜の入ったハーブティーです。一口でいいのでお飲みください。少しは気分が晴れると思いますので」


 差し出されたハーブティーにゆっくりと手を伸ばし一口飲む女性、少しだけだが彼女の顔色が良くなったように感じた。


 彼女の顔色も回復したことで本題に入る。


「僕の名前は夏場なつばれいと言います。今回の依頼は僕が担当しますので以後よろしくお願いします」

「えっと、はい、よろしくお願いします」

「それで迷い猫の捜索ですね。まずはこちらに必要事項をご記入いただけますか?」

「あ、はい、わかりました。えっと……」


 そうして彼女は自身が住まう家の住所や名前などを書き記した。


 彼女の名前は藤山とおやま晴菜はるなさん、今年で24歳になるようだ。住まいの場所はここから二駅ほど離れた場所にあり賃貸の安いアパートに今回の依頼対象の猫と二人で住んでいる。


 仕事は電話会社のお客様相談センターの社員として働いているようだが猫がいなくなった一週間ほど前から有休を使い休んでいるようだ。ここのことはその会社の同僚からの口添えで知ったようだ。


「ありがとうございます。それでお聞きしたいのですが依頼の猫の写真などはございますでしょうか?」


 そう聞くと藤山さんはスマホを取り出し真っ白な猫と藤山さんが映った写真を見せて来てくれた。


「この子が探してほしい子です。名前はチャコと言います。この子の毛並みは全身真っ白なんですが首元の毛だけ茶色なんです。それでチャコという名前に……」


 彼女はチャコが映っている他の写真も見せてくれた。確かに首元に特徴的な茶色の毛が生えている。


「写真を見る限り結構な大きさをしていらっしゃいますがこの子を飼われて何年くらい経つのですか?」

「そうですね。この子を買ったのが会社に入社して一年目の時だったのでもう三年くらいになりますかね」


 そんな話をしながら彼女は遠い目でどこか別の場所を見て物思いに浸っている。


 それにしても三年、か。病死や天寿を全うしたとは考えづらいな。


「チャコちゃんはよく外に出していたんですか?」

「よく、と言えばそうなんですかね?私が家に居る時にだけ外に出している感じです。私が仕事から帰ってくるのと入れ違いでチャコが出ていくって感じが私たちの日常でした」

「では基本的に夜に外出していた感じですか?」

「ええそうですね。朝だと車などが怖かったのもありますがチャコは根っからの夜行性だったみたいで―――ただいつもは私が寝る十二時前にはベランダの窓の前で私が入れてくれるのを待っていたのですがあの日はいつまで待っても帰ってくることはなくもう一週間も……」


 藤山さんが涙を流し出したのでハンカチを差し出す。


 彼女が泣き止むのを待ってからいろいろと追加の情報を聞き込んだ。


「わかりました。いろいろありがとうございます。なるべく見つけられるよう努力いたします」

「すみません、お願いします。どうかあの子を見つけてください……」


 話が終わり、藤山さんを入り口までエスコートする。最初にあった時とは違いだいぶ表情に余裕ができたように思う。


 入り口の前でさんざんチャコのことを頼むと念押しされた後、ようやく彼女は帰路へと着いた。


 帰路へついている最中も何度も何度も遠目に姿が見えるくらいの距離であってもこちらが見ていることを確認すると深々くお辞儀をしているのが見えた。


「はあ~疲れた。さて報告書をまとめて―――ッ!?」


 次の言葉を発する前に空気が変わる。


 それは猛暑とはいかずとも夏であると言いきれるほどの暑さがある日。それなのに空気が変わった瞬間、先ほどまでの熱気が嘘みたいに冷気へと変わる。


「振り返るな。我々はエリシア協会の者だ。災禍の魔女リリム=ヴェル=ヴァーミリオンとその弟子に依頼する」


 その声は中年の男の声、ただ聞けば聞くほど人間の声ではないような不快な声が入り混じって気持ち悪い。


「この写真に写る古物を回収してもらいたい。この古物はあるあやかしが保持しているという情報も入っているためついでにその妖も祓え。ここに置いていく金は前金だ。依頼達成を確認すればその倍は払う」


 一瞬強い風が吹いたかと思うと先ほどまで吹いていた冷気は無く、また蒸し暑い熱気が吹き荒れるだけだった。


 言うだけ言って帰りやがった。


 先ほどまで奴ら居たと思われるそこに目をやると写真が一枚と一万円の札束、多分百万円だろうものが無造作に二束ほど地面に捨てられていた。


「はあ~不用心にもほどがあるだろう。せめて受付のトレイに置いてくれ」


 玄関先の入り口でれいは写真と札束を拾い上げるのだった。

 


 

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