何でも屋、万能堂の魔女

鐘上菊

真宵猫ー依頼ー1

 何でも屋、万能堂には魔女が住むと言われている。


 そんな噂が流れだしたのいつ頃だったか、もう覚えてはいないが確かに今僕の目の前で優雅にティータイムに洒落込んでいる少女のことを魔女と言われるのは納得がいくものだ。


 それは何故かって?ティータイムを楽しみながらも彼女の周りの空中ではペンや紙が浮かんでおり、手を使ってないにもかかわらず必死に仕事用の書類を書き連ねているためだ――――――というか彼女自身も宙へと浮いている。


「先生、またこんなに散らかして――本は元あった場所に、実験道具は危ないから床に置かないでくださいと散々言っているでしょう」


 先生に注意しながら床に置いてある実験器具に触ろうとすると実験器具が触れる前に宙へ浮く。


 先生の方を見るとティーカップを何もない宙に置き、こちらを見ることなく人差し指を指揮の棒でも振るっているかのように揺らしている。それに合わせてか散らばった本や実験器具が指を振るタイミングに合わせてスッと元あった場所に収納されていく。


れい、あなた手袋をしていないのに私の実験器具や本に触らないでと何度も言っているでしょう。もし効力が切れてしまったらめんどくさくなるでしょう?」

「ならせめて床に散らばらせないでください!誤って踏んでしまったら大変でしょ!ほらデザートを持ってきましたから一度息抜きをしましょう」


 そう言うと今まで先生の周りを浮いていた書類だったりペンが綺麗に机の上に置かれ、浮いていた先生もまた地面にゆっくりと空から羽が落ちるかのようにふわりと着地した。


「今日のおやつは何かしら?」


 先ほどのクールな先生はどこへやら、一転出されたお菓子に目を輝かせる無邪気な子供のような表情に変わり目を輝かせている。


「今日は先日の依頼報酬で頂いた冬瓜とうがんを使用したマフィンを作ってみました。ふっくら焼けたので美味しくできたと思いますよ」

「冬瓜ってあの、冬瓜……?野菜の?」

「ええそうですよ」


 先生の顔を見ると複雑そうな顔をしている。野菜のマフィンなど美味しいのだろうか。そう、思っているのだろう。


 僕は右手に持っていたオボンを先生の前に差し出し、先月給料で買ったよく海外のレストランなどで見る銀の丸い蓋、クローシュをゆっくりと開けた。


「ほう!この匂いは!」


 開けた途端に広がるマフィンの香り、嗅ぐだけでも食欲がそそられるほどにいい匂いが部屋に満ちる。


「ふむ、これがあの冬瓜を使ったマフィンなのよね?見た目からは全然わからないわね」

「食材をどう生かすかが私の仕事ですから」


 ドヤ顔なバカ弟子を尻目にクローシュを開けて出てきたマフィンに目をやるが確かに説明しなければ冬瓜で作られた食べ物とは思わないほどに食欲をそそられおいしそうだった。


 ただ美味しそうな匂いでも味が野菜ではダメだ。それは決しておやつとは呼べない。


 訝しみながらも手に取ったマフィンを口に運ぶ。


「―――――ッ!?」


 お、美味しい!しっとりとした触感に少し甘めのバター、いやメロンのような一言では表せないような味が仄かに口全体に広がっていく。


 あまりの美味しさに夢中でパクついていると最初に持ったマフィンがものの数秒で手元から消えていた。


 バカ弟子の方にチラリと視線を向けると明らかなドヤ顔でこちらを見ていたためオボンごとって先ほど浮かんでいた場所にまた浮かび上がる。


「ああ~もう~!一緒に食べようと思ったのに……」


 あからさまに肩を落として落ち込んだ素振りをしているが知ったこっちゃ無い。


 弟子を無視して二つ目のマフィンに手をかけようとすると部屋にインターフォンの音が鳴る。

 

「ああ~もしかしてお客さんが来たかな?先生~自分が出ますが先生はどうしますか?」

「今回はパス~情報をまとめて後で私に教えなさい」

「はいはい」


 どうやら先生は冬瓜のマフィンにご執心のようだ。


 仕方が無いので部屋を出て一階へ降りる。ここ、万能堂は三階建てのオフィス建築で二、三階が主に先生と僕の家であり一階に万能堂のオフィスがある。


 下に降りると髪は短めに揃え小奇麗な格好をした二十代ほどの女性が入り口で待っていた。


 よく見ると顔色がすごく悪い。小奇麗にしている分よく目立つ。家ではなく病院に行くことを進めるほどに彼女の顔色は青白く痩せこけてる。


「こんにちは、何でも屋万能堂へようこそ。今回はどういったご依頼でしょうか?」


 営業スマイルで話しかけると女性は神妙な面持ちでゆっくりと言葉を発した。


「家の猫を探してくれないでしょうか……」


 


 


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