33 確かに、愛らしいものはずっと見ていたくなる
「では、陛下のお許しが出ましたし、私もおそばに侍らせていただきます」
一礼してジェスロッドに告げる。
ソティアは侍女達に裁縫道具と、作成用の見本として実家から持ってきた子ども服を持ってきてくれるように依頼する。
ジェスロッドが侍女達に命じたのはペンとインク壺だった。
もともとこの部屋にも置いてあったのだが、ユウェルリースが興味を持って欲しがったら大変なことになるので、別室に移動させたのだ。
華美ではないものの、上質な家具で揃えられたこの部屋でインクをぶちまけられたらと思うと、気が気でない。
侍女達が取りに行ってくれている間に、すっかり寝入ってしまったユウェルリースをマットに下ろし、そばに座って毛布をかける。
はしゃいで疲れたせいだろう。寝落ちるのもあっという間だった。無意識なのか、そばにあったソティアのおしきせの裾を小さな手できゅっと握っている。
「よく眠っているな」
ソティアの隣に立ち、眠るユウェルリースを覗き込んだジェスロッドが、小さな声で呟きながら柔らかな笑みを浮かべる。
「さっきはあれほどこちらの肝を冷やしたくせに、のんきなものだ」
ユウェルリースを起こさぬようにと声を落とした囁き声は、言い方こそぞんざいだが、声音には隠し切れない優しさが宿っている。
「起きて活発に動いているユウェルリース様もお可愛らしいですが、寝ている様子もとてもお可愛らしいですね。いつまでも見ていたくなってしまいます」
すよすよと安心しきった顔で眠るさまは、愛らしくて仕方がない。見ているだけで顔がゆるんでしまう。
「確かに、愛らしいものはずっと見ていたくなるのは大いに同意しよう」
力強い声音にジェスロッドを見上げるように振り向くと、黒瑪瑙のまなざしが真っ直ぐにソティアを見つめていた。
ソティアと目があったジェスロッドが、「あ、いや……」とあわてたように視線をユウェルリースに移す。
「だが……。こいつの場合、愛らしさにほっこりするより、寝ている間はじっと大人しくしてくれていることに安心するな」
疲れた溜息とともに洩らされた言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「それはユウェルリース様に限りませんわ。私も弟妹の世話をしていた頃は、弟達のお昼寝の時間だけが日中でひと息つけるわずかな間でしたもの」
聖獣の館と違い、実家では侍女などいなかったので、本当に弟達が昼寝している間くらいしか体を休められる時がなかった。
弟達の愛らしさに、世話を嫌だと思ったことはないが、身体がつらいのはどうしようもない。
「ならば、せっかくユウェルが昼寝している間くらい、ゆっくりするといい。裁縫は急ぎでなくてもよいだろう?」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが、大丈夫です。こちらでは侍女のみなさんがいらっしゃいますから、ちゃんと交代で休憩を取っておりますのでご安心ください」
「本当か?」
笑顔で告げたが、ジェスロッドは難しい顔のままだ。
「ちゃんと休んで、食事もしっかりとっているのか? 昨日も思ったが、あまりに
「も、申し訳ございません。ひょろひょろと背ばかり高くて……」
もう少し女性的なまろやかな身体つきなら、「かかし令嬢」と
身を縮めて詫びると、「何を言う?」と、生真面目な声が降ってきた。
「謝る必要など欠片もない。昨日も話しただろう? 俺にとっては好ましいと。だが……。女性に対して、体形の話など口に出すべきではなかったな。すまない」
「い、いえっ! 謝らないでくださいませ」
あわててかぶりを振ったところで、遠慮がちに扉がノックされた。ソティアがユウェルリースの手をほどこうとするより早く、「俺が」とジェスロッドが
侍女から裁縫道具やインク壺などを受け取ったジェスロッドに合わせて、起こさぬようユウェルリースの手をそっとほどいたソティアもテーブルへ歩み寄る。テーブルの上には侍女達が置いていった荷物が置かれていた。
ひと抱えはありそうな色とりどりの布を手に取ろうとすると、ジェスロッドに制された。
「裁断などもするのなら、広いテーブルのほうが作業しやすいだろう? 俺は書類を読むのが中心だから、ソファーでいよう」
部屋の奥にはソファーとローテーブルも置かれている。
ソティアが答えるより早く、ジェスロッドが裁縫道具を置いた代わりに書類の束を持ってソファーへ移動する。
令嬢達がお茶会にも使っていたテーブルはそこそこの大きさだ。ジェスロッドが言うとおり、布を広げるのなら、広いテーブルのほうが作業をしやすい。
ソティアはありがたくジェスロッドの厚意に甘えることにした。
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