10 陛下も、呆れてらっしゃるのでしょう……?
「へっ、へへへっ、へい……っ!」
驚愕のあまり、うまく言葉が出てこない。
「すまん。ユウェルの奴が無理をさせているんだろう? まったく、癒しの聖獣のくせに世話係を
「だ、だだだだいじょうぶですっ! ちょっとつまずいただけですのでっ! ど、どうか下ろしてくださいませ……っ!」
ぶつぶつと文句を言いながら危なげなく歩を進めるジェスロッドに、泣きそうになりながら懇願する。恥ずかしさで顔が爆発しそうだ。
声が潤んでいるのに気づいたのだろう。ソティアを見下ろしたジェスロッドがぎょっと目を見開く。
「だ、大丈夫か!? もしや熱でも……っ!?」
「ち、違いますっ! 熱などございませんから……っ! お願いですから、下ろしてください……っ!」
鏡を見なくても、
「本当か……?」
いぶかしげに呟きながら、ジェスロッドが気を遣ってくれているのがわかる丁寧な動きで、そっと地面に下ろしてくれる。
だが、まだソティアがふらついているせいか、大きな手のひらは背中に回ったままだ。まるで抱き寄せられているかのような体勢と、甘く香る
「やはり、どこか体調が悪いのではないのか……?」
「い、いえ……っ。その……」
ふる、とあわててかぶりを振る。
「なんだ、言いたいことがあれば言うがいい。許す」
口に出してはいけない。
「へ、陛下も……」
頭ではわかっているのに、勝手に問いがこぼれ出る。
「呆れてらっしゃるのでしょう……? 女のくせに背が高くて、やせっぽちでかかしみたいだと……」
「……は?」
問うた瞬間、呆れ果てた声がジェスロッドから洩れる。同時に、ソティアも我に返った。
「も、申し訳ございませんっ! 愚かなことを……っ!」
何をわかりきったことを聞く気だったのか。
ぱっと身を離そうとすると、それより早くジェスロッドに抱き寄せられた。ふわりと麝香の薫りが甘く
「何を言いたいのかよくわからんが……」
困惑気味の低い声が
「これほど優秀な世話係を、かかしみたいにつっ立たせておくだけなのはもったいなさすぎるだろう?」
にやり、と口の端が
「ふむ。もしソティア嬢がかかしというのなら、さっき泣いているユウェルをもてあましていた俺は、
ははは、と快活な笑いが響く。
「そんなっ!? 何をおっしゃいます!?」
息を呑んで見上げると、予想以上の近さに凛々しい面輪があった。先ほどの様子とは一転し、黒瑪瑙の瞳が気遣わしげな光をたたえてソティアを見下ろしている。
「すまん。ソティア嬢の背丈が青年だった頃のユウェルと同じくらいだったので……。思わず考えなしに口に出してしまった。許せ」
「と、とんでもないことでございます! 陛下が謝られる必要などございません! 女のくせに背ばかり高い私が悪いのですから……っ!」
「ソティア嬢は何も悪くなどないだろう?」
ジェスロッドが不思議そうに目を
「少なくとも、俺にとっては隣にいて落ち着く高さだ」
「っ!?」
ふわり、とこぼされた微笑みに、ソティアは、一瞬心臓が止まったのではないかと思う。
「あ、あああっ、ありがとう、ございます……っ」
恥ずかしさと嬉しさで顔を上げられない。ぱくぱくと高鳴る心臓が口から飛び出してしまいそうだ。
初めて、背の高さを悪くないと言ってくれた人。たとえそれがユウェルリースの背丈に似ているからという理由だとしても……。
涙がこぼれそうになるほど、嬉しい。
高鳴る鼓動の音が聞こえてしまうのではないかと心配になって身じろぎすると、我に返ったようにジェスロッドの腕がほどかれた。
「見送りはここまででよい。いろいろとやることもあるのだろう?」
ソティアの返事も待たずにジェスロッドが
「お心遣いありがとうございます……」
確かに、このままどんな顔でジェスロッドを見送ればいいのかわからない。
深々と頭を下げて、ソティアは遠ざかってゆく足音に耳を澄ませた。
◆ ◆ ◆
聖獣の館がある聖域は同じ敷地内にあるため、王城とは目と鼻の先だ。
王城へ戻ったジェスロッドは真っ直ぐに応接室のひとつへ向かった。
扉の前に立っていたのは秘書官のエディンスだ。明るい金髪の青年は、険しい表情をしているジェスロッドを見た瞬間、「ひぇ」と小さく呟き、叱責に怯えるようにぴんと背筋を伸ばす。
エディンスに言いたいことは多々あるが、いまは話している暇はない。エディンスが恭しく開けた扉をくぐった途端、室内で待っていたアルベッドから、からかい混じりの声が飛んできた。
「わたしを待たせるとは、国王陛下の執務はよっぽど忙しいらしいね」
「すまん。待たせたことについては詫びよう」
忙しい中、無理やり会談をねじ込んできたのはそちらだろう? と言いたい気持ちをこらえ、ジェスロッドは短く謝罪を口にする。
ジェスロッドに万が一のことがあった場合の聖剣の持ち主として、アルベッドを隣国から招いたのはジェスロッド自身だ。
叔母が隣国に嫁いだ時に交わされていた盟約とはいえ、アルベッドに手間をかけたことは真実だ。
だからこそ、忙しい執務の合間を縫って、こうしてアルベッドの要望に応え、時間をとったのだ。
「それで、何の用だ? 手短にしてくれるとありがたい」
「数年ぶりに落ち着いて話せる機会だというのに、冷たいものだね」
ジェスロッドを焦らすかのように、アルベッドが肩をすくめる。
大柄で武骨なジェスロッドとは対照的に、細身で
おそらく、さまざまな夜会で令嬢達の熱い視線を集めていることだろう。
「どうだったんだい? ハランドル王国との会談は?」
ジェスロッドが十日もの間、ユウェルリースのもとを訪ねられなかったのは、バーレンドルフ王国とは逆側の国境を接するハランドル王国と、国境付近で会談を行っていたためだ。
アルベッドの言葉に不快な記憶を呼び起こされ、ジェスロッドは思わず顔をしかめる。
「どうもこうも。邪神が首尾よく封じられたのかということと、俺が五体満足か、確認するだけの呼び出しだ。その程度のこと、わざわざ理由をつけて国境付近まで呼び出さずとも、書簡で確認すれば済むことだろう?」
とはいえ、ハランドル王国もそれなりの大国だ。自分の父親以上の年齢の国王直々に会談を申し込まれて、すげなく断ることはできない。
何より、ユウェルリースが赤ん坊の姿になってしまったいま、会談に応じなかったためにローゲンブルグ王国内のことを調べられ、ユウェルリースの状態を調べられたくはない。各国に混乱が巻き起こるに違いない。
それゆえ、仕方なくしばらくの間、城を空けて国境へ赴いていたのだ。
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