魔液の風習

子供たちがもう少し成長すると、砂トカゲ狩りからは卒業し、人間同士の戦い方の訓練や、砂漠へ出ての魔物狩りを本格的に開始する。


魔物の外見は、動物に似ているものから全く異なるものまで、さまざま。そして普通の動物と違い、積極的に人間や動物を襲う。また、魔物は自然発生するので、定期的に討伐しないと大変なことになる。

魔物討伐には報酬も伴う。魔物の最たる特徴は、死ぬと魔液に変わることだ。

魔液は一見すると黒い水のように見えるが、その水溜りは中央付近が少し盛り上がる。

魔液に直接触ると火傷のような怪我をするので要注意だ。うっかり飲もうものなら、死は確実だ。しかし金属や土石・ガラスを溶かすことは無いので、魔畜瓶という道具で回収することが出来る。回収した魔液は行商人に売ってお金に替えることが出来るほか、魔道具を使うのにも使用できる。


明かりを灯す魔道具や、外国の情報ニュースを映し出す遠見の水晶板テレバンなどは、オアシスの村でも使われている。

これらの魔道具は人間の魔力を直接使用することでも動かせるが、サラム人は魔力が少ない。魔畜瓶の魔液は、あればあるだけ役に立つのだ。


・・・


こういった魔物や魔液の知識は、文字の読み書きと共に、魔物狩りに行く前に大人たちから教わる。

しかし、大人たちが教えなくても広まっていく話というものもある。例えば、魔液を飲んだら強くなれるという噂話だ。


子供A「アーキルは、魔液を飲んだら強くなれるって話、知ってるか?」

アーキル「ああ、一回飲んでみてえよな。オレはもっと強くなりてえ」

子供B「ダメだよ、アーキル。魔液は危ないから、触っちゃダメって、教わったじゃん」

子供C「そうだぜ、飲んだら死ぬ猛毒だって」

アーキル「大人たちがそう言ってるだけじゃねぇ? 大人はあれはダメ、これもダメってうるさいからな」


大人たちが注意しているつもりでも、どの世代の子供たちの間にも「魔液を飲んで強くなった物語」というものは自然と伝わっていく。強さを求める者が多いサラム人のさがだろうか。

しかし子供がうかつにそれを信じて魔液を飲もうものなら、本当に死んでしまう。


そこで、希望者には非常に薄めた魔液をほんの少しだけ舐めさせるという風習が出来上がった。ある意味、荒療治である。

そして、もっと強くなることを望んでいたアーキルは、これを希望したのだった。


ことり。

アーキルの前に、小皿が置かれた。中には、非常に薄めた魔液がほんのちょっとだけ入っている。黒い水のようにも見えるが、中央付近が少しだけ盛り上がっていて、明らかに普通の液体ではない。

大人「ちょっとだけ指先に付けて、舐めるだけだぞ」

アーキル「あぁ」

まずは言われた通りにするつもりのアーキルだったが、大丈夫そうなら全部飲んでやるぜ、と考えていた。


アーキルは、小皿の中の黒い液体にちょびっと人差し指の先端を付けた。

アーキル「うっ」

ちりちりとした痛みが指先に走るが、これくらいなら我慢できる。


アーキルは魔液が付着した指先をぺろっと舐めた。

アーキル「…うぅぅううう!?」


ほんの一瞬の間の後で、アーキルの口の中に酷い苦みが広がった。そして苦みが苦しみに変わる。アーキルは七転八倒した。

アーキル「ぐああっ!おええぇっ!うげっ!!ぺっぺっ!!」

アーキルは慌てて口の中の魔液と唾を吐き出す。


子供たち「ひやああぁ…!」

一緒に見ていた子供たちに怯えが走る。


大人「分かったか?」

アーキル「…あぁ、分かったぜ。…これは…絶対死ぬ…!」

さすがのアーキルも、二度と魔液を飲もうとは思わなかった。

そしてガキ大将のアーキルでもこの有り様なのを見て、子供たちの間では魔液を飲む話に対して「やめとけ。絶対に死ぬぞ」という意識が強く根付いたのだった。

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