第10話日本 東京
片方だけとは言え、松葉杖での移動って思っていたより大変だ。リュックで来て良かったと思いながら茉莉は電車が来るのを待っていた。
昨日、招き猫を取ろうと背伸びをしていた時に、人がぶつかってきて倒れた。あのまま素直に倒れていれば怪我もなかっただろうけれど、茉莉は思わず落ちてきた招き猫の方へと手を伸ばしていた。おかげで招き猫は運良くキャッチ。でも足をくじいた。
とはいえ、悪いことばかりじゃなかった。だってぶつかってきたのはあの飯田だった。同じクラスになってから気になっていたけど、そんなに話したことはなかった。昨日は家まで送ってもらえた上に、ラインまで交換したのだ。こんなにラッキーなことあるだろうか。
ぶつかって怪我させたことを気にしているらしく、今朝もラインに「おはよう。俺はこれから朝練だけど、大丈夫?」というメッセージをくれた。にやつきながらかわいいスタンプで大丈夫、と返した。そうすると「今日の部活は先生が全体会議で休みだから、帰りは送っていくよ」という返信があった。今日も一緒に帰れるとは思っていなかったから、やっぱりラッキーだ。
電車が風と共にやってきた。朝練がある日よりも一時間遅い電車だ。ホームにも結構人がいるし、これは混んでいるかもしれない。
電車が来てドアが開くと思っていたほどではなかったが、それでも座れる席はなさそうだった。優先席を思い出したが、真ん中のドアから乗ってしまったため端にある優先席まで移動するのも面倒だった。
仕方ないから入口の傍に立っていることに決めた。松葉杖が邪魔だけど仕方ない。スマホを取り出して通知が来ていないか確認する。飯田のラインが既読にならないということは、まだ朝練なんだろう。
電車が次の駅で止まると、ぞろぞろと人が降りていった。急行に乗り換える人達のようだった。けれど少し空いた車内でもあっという間に席が埋まった。茉莉が座ることを諦めた時、後ろから声をかけられた。
「あの、ここどうぞ」
見るとサラリーマンの一人が空いている席を指差していた。どうやら自分の前が空いたので茉莉に譲ってくれたようだった。
「ありがとうございます」
遠慮せずにお礼を言って、茉莉はその席に座った。松葉杖を前に持つ。譲ってくれたサラリーマンを見上げると、優しそうな人だった。まだ若いけれど、疲れているようだ。この人、どこかで見たことがあるなと思いながら、スマホでツイッターアプリを開いた。
「サラリーマンが席を譲ってくれた! 嬉しい!」そうツイートして、タイムラインを遡っていくと、「ニューヨークの招き猫が結ぶ縁。招いたのはお客だけでなく……」という記事のツイートを見つけた。気になってそのリンク先の記事を開くと、可愛らしい招き猫の写真が表示された。肉球がハートの形になっていて、カラフルに色付けされている。
記事の内容を読んでいくと、どうやらこの招き猫のおかげで、昨日ニューヨークのカフェにたくさんの人が集まって、その中で何組かのカップルが誕生したとか。
「あれ……」
この招き猫をどこかで見たことに気づいた。そういえば、昨日友だちに教えてもらった中国人だ。茉莉は思い出して、その人のツイッターを見に行く。やっぱりそうだ。色使いは違うけれど、同じようなデザインの招き猫だ。調べた結果に満足した時、席を譲ってくれたサラリーマンのポケットから何かが落ちた。スマホを取り出したはずみで落としたらしい。
「あ、落ちましたよ」
何が落ちたか松葉杖が邪魔をしていて見えなかった。サラリーマンが慌てて屈んで転がりそうになっているそれを捕まえた。彼ははにかんだような笑顔を見せながら、茉莉にお礼を言った。
「すみません、ありがとうございます」
彼の手を見つめると、そこにあるのはストラップになるような、小さな招き猫だった。その招いている手はハート型だ。
「あ……」
思わず声が出た。何という偶然なんだろうか。茉莉はスマホに視線を落とす。同じだ。彼が持っている招き猫と、この人の作品――。
「それ……」
サラリーマンが呟いた。顔をあげると、茉莉のスマホの画面に釘付けになっている。茉莉が声を上げてスマホを見たから彼も覗き込んだのだろう。サラリーマンはギュッと招き猫を握りしめたかと思うと、
「あの、すみません。えっと……その招き猫のアカウント、教えてもらえませんか」
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