第7話アメリカ ニューヨーク
「おい、早くしてくれないか。会社に遅れちまうんだけど!」
男が声を荒げているのが聞こえてきて、振り返った。徹夜で仕事をしたのだから朝くらい爽やかな気分になりたい。嫌気が差して振り返った。
見ると男が一人、レジに向かって怒鳴っていた。レジ係の女が慌てて会計を始めている。その横には包装紙と、置物が見えた。
デュークは目を見張った。――なんであの招き猫がここにある!?
それは確かに昨日、ネットで見つけた中国のアーティストの作品だった。レジの女が会計を済ませたアジア系の男に口で「ありがとう」というのが見えた。どうやら彼が渡したらしかった。
なぜ彼女にプレゼントしたのか、彼がどうやってあれを手に入れたのか。色々聞きたくて、デュークは店を出て行く男に近づいた。
店を出てすぐのところで、男が歩みを止めた。友人らしき男が片手を上げて近づいている。デュークも店を出て、すぐ横のところでコーヒーを啜って会話を聞いていた。
「プレゼントを渡せただけでも、よくやったと思うんだけど。ほら、あれ。早速レジ横に飾ってくれてる」
男が指をさすと友人は店内を覗いた。やはりあの招き猫は彼のプレゼントだったらしい。
「あれ、なんだ? 猫か?」
友人が訝しげに尋ねると、男が肩をすくめて、
「福を呼ぶ猫で、招き猫って言うんだ。中国じゃ商売繁盛の神様みたいなもんだよ。と言ってもあれは、中国の作家の作品だからご利益はなさそうだけど。まだ無名作家だけど、その内有名になるんじゃないかな」
「ふうん。お前のセンスはよくわからないな。プレゼントに普通、あんなの渡すか? 花束とかワインとかならわかるけど」
「毎朝のカフェの常連からいきなりそんなもの貰っても、びっくりするだろ。招き猫ならああやってレジ横に置いてくれるだろうし、それに……あの招き猫、ハートをモチーフに作られてるんだ。なんかその……多少は運が向いてきそうだろ」
その言葉で、ようやく彼があのレジ係の女のことを気になっているのだと気づいた。デュークはこれは面白くなりそうだ、とにやりとする。
「そう思ってるならさっさと気持ちを伝えないと! 一生後悔するぞ。今週には中国に帰っちまうんだろ?」
友人の言葉に、男がため息をつく。
「そうは言ってもやぱり無理だよ。僕のことなんて眼中にないかも」
おいおい弱気だな。デュークは赤の他人のことなのに呆れてしまった。
「ウジウジしてないで、もう一回チャレンジしてこいって。約束取り付けてこいよ」
友人が背中を押した。男がちらちらと店内を覗き込んでいるので、戻ろうかと迷っているのがわかった。しかしその時、電話が鳴った。二言三言話したかと思うと、
「わかった、すぐに行く」
電話を切ると、男は残念そうな顔をした。
「ダメだ、行かなくちゃ。どうも神様は僕とあの子をくっつけたくないみたいだ」
友人にコーヒーを渡すと男が走っていく。話しかけられなかったなとデュークはがっかりしながらも、持っていた店舗のリストを近くにあったゴミ箱に投げ入れた。
妥協はいらない。
もっと面白いものを見つけたら、撮りに行かなくてはいけない。これは俺の企画だ。俺がキングだ。
スマホを取り出し、局に電話する。
「――もしもし、デュークだ。ああ、公園のとこにあるカフェに撮影班を寄越してくれ。ん? いや、そうじゃない。新しい店舗取材なんてやめた!」
プロデューサーが何か文句を言っているが、そんなものは聞こえなかった。
自分がやりたかった作品が目の前にある。作家はいないけれど、もっと良いことを思いついたのだ。なんたって、あの招き猫には愛の話がある。一人の男の恋が懸かっているのだ。
「なあ、俺を信じろって。この企画は絶対に行けるさ。――面白いものが撮れそうなんだ」
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