第34話 綾野みずきside 最近成績が上がってつらい。

 最近成績が上がってつらい。


 私、綾野みずきは模試の結果表を広げながら、ため息をついた。

 偏差値七十。奏が律儀に毎週勉強会を開いてくれるおかげで、数学を中心に教科全体の成績が伸びた。


 いい知らせにも関わらず、私は落ち込んでいた。勉強はやればやるだけ伸びる。当たり前のように感じるけど、世の中には頑張っても何かが悪いのか、成績が落ちる人だっている。そういう人たちを考えると、私は恵まれていると思う。


 それでも落ち込む。


 高校三年の秋が終わりに近づいている。今年は秋でも気温が高くて、十一月でもワイシャツを腕まくりしている男子が結構いる。


 奏もその一人だった。


 八月のオープンキャンパスの日、私は告白まがいな行動に出て、結局気持ちをちゃんと伝えられないまま負けた。どうせフラれるなら、好きだってはっきり言った方がスッキリしたなと今でも後悔している。


 チャンスはもう来ない。直接確認はしてないけど、奏は雨宮先生一直線になってるっぽいし、雨宮先生の方も、高総体のあたりは元気がなかったけど、今は張り切ってる。先生と奏が話している場面を見るのが増えたように感じる。


 勉強会も含めて多分トータルでは、雨宮先生より私と会話する時間のほうが長いと思う(夜スマホとかで話してるのかはわかんないけど)。相変わらずクラスの中には、私と奏が付き合ってると信じている生徒が数人いるし、否定しても信じてもらえない。


 フラれた後の方が想いが強くなってる。


 ここまで未練を残すなんて想定外だったからびっくりしてる。なんだ、私って意外と恋愛感情あるじゃんって思う。今まで強く人を想うなんてなかったから。


 だから、成績が上がって無事にT大に行けたとしても困ってしまう。奏はM教育大かT大か、どちらに入学するにしろ、通学方面は一緒。会おうと思えば気軽に会える。


 逆にそれがしんどい。適当に、東京の私大でも受けるかなとも考えている。WやKでも、今の実力なら受かる自信はある。恋愛でこじれたら、遠くに逃げるのが一番いいと雑誌で読んだことがあるし、多分その通りなんだろう。


 でも奏と雨宮先生がうまく行くとも限らないし、可能性はゼロじゃないところが中途半端に私を苦しめる。


 夏からこれまで、自分の感情を抑えるために勉強に没頭した。そのくせ、奏との勉強会がある水曜日が来ると嬉しくなってしまう自分が滑稽だ。離れればいいのに、成績は順調なんだから離れる理由がない。


 今日は水曜日。ホームルームが終わって生徒は散り散りとなってる中、奏はいつものように私を廊下で待っていた。


「じゃ、自習室行こうか」


 私は思い切って、


「たまにはさ、駅前の喫茶店で勉強しない?」

「えーだってお金かかるじゃん」


 その反応は予想内。


「奢るよ。特別ね」

「お。うし。行こう」

「というか、時間割いて教えてもらってるんだし、毎回それくらいの金額は出しても全然足りないくらいだよ。予備校も通ってるけど、めっちゃ高いからね」

「そうそう。もっと感謝してよ」

「ケーキセットくらいならOK」


 奏はおっしゃと言いながら機嫌よく歩き出した。





「んじゃ、抹茶ラテとチーズケーキで」


 N駅の中にあるコーヒーショップで、奏は注文するメニューを決めた。私も同じのにして、二セット分支払う。


 時間的にやっぱり、私たちのような高校生カップルが二組いた。しかも同じ高校だし、知り合いじゃなくてもどこかで見かけたような顔触れだ。


 席に座って一息つくと、奏も気づいたようで、


『斜め後ろの奴ら、バスケ部のやつだろ』


 とわざわざLINEでメッセージを送ってきた。


『あ、言われてみれば、二年の子か』


 夏まで在籍してた卓球部は、バスケ部と練習場所が隣同士だ。休憩中は女バスの同級生と話したりもする。学年が違っても顔はなんとなく知ってるわけで。


『でもさ、あの女の子、彼氏が変わってない?』


 奏の指摘の通りで、確か最近まで別の男バスの子と付き合ってたと思った。同じ男バスだけど違う人がそこにいる。


『え、先月学園祭あったじゃん。あのタイミング? しかも同じ男バスで? えぐいね』

『タイミングはちょっとわかんないけど、元彼からしたらやりづらいだろうな』

『そういう女いるんだね。カテゴリが大事、みたいな』


 前の彼氏はどんな思いで部活に来るんだろ。


「さ、集中しよう」


 奏の一声でスマホをカバンにしまい、テキストノートを出して勉強モードに入る。


 カフェに行こうと言ったのは、多分カップルがいるだろうなと思ったからだ。視界にカップルが入ることで、自分たちもカップルと見られるのだと意識させる。


 この作戦は案外成功した。奏はいつもよりソワソワしてた。


 いつものように、私がわからなかった問題を一つ一つ解説してもらうように頼んで三十分くらい経った後、こう切り出してみた。


「志望校変えるって言ったらびっくりする?」

「えっ?」


 やっぱり驚いて私は満足だった。


「模試の成績、上がったじゃん。もっと上を目指す?」

「いや、上というより、東京の方に行ってもいいかなーって考え始めて。WとかKとか」

「両方受ければいいんじゃないか」


 あっさり返されてイラッとした。


「そりゃそうすればいいんだけど。そっちに受かったら、東京に出てっちゃうからさ」

「うん」


 うん、じゃないよ。なんで平気そうなの?


「私としては、地元に残りたい気持ちもあるし」

「その方が安く済むだろうからね」


 だめだ。奏の考えが私に一ミリも向いてない。

 

 吹っ切れた。とりあえず今は何も期待しないようにしよう。淡々と勉強だけしていよう。


「じゃ、やっぱりT大でいいや」

「なんだったんだ今の会話」





 いつも通り勉強して、いつも通り別れた。勉強の場所が変わっただけだった。くそぉ。


 ただ寂しいだけかもな。


 牧田先生は須田先生とデートしてるっていうし、冬に近づくにつれて周りにカップルが増えてんだ。無理もない。


 電車の窓に反射した自分の顔をながめながら心の中でつぶやく。


 京都の占い師が言ってた、二十歳で運命の出会いってやつ。早めにしてもらえないかな。大学受かったら前払いで、とか。


 とにかく、大学受かってから考えよう。


 家の最寄り駅を出て歩きながらぐちゃぐちゃ考えてたら、自然と涙が出てきた。


 え、また泣いたよ。今度は一人で。


 涙が出たことよりその驚きの方が強かった。オープンキャンパスに引き続いて二回目。


 恋して泣くなんて、理解できないってバカにしてたのに。今年だけで二回も泣いてしまった。私はどうなってしまうんだろう。このまま泣き虫女に成り下がるのだろうか。今までの自分と違いすぎて怖い。


 帰宅してからも家族と接触を避けて、晩ご飯も食べないまま寝て、次の日ひどい顔で登校した。由香里にバレた。


「みずき、どうしたのその顔?」

「うん。ちょっとね」

「奏くんと別れた?」

「いや、だから何度も言うけど付き合ってもないし」

「健吾(由香里の彼氏)に聞いてみよっか。良さげな男子いないかって」

「だって受験だよ?」

「恋愛で泣いたんじゃないの?」

「そりゃそうだけど。時期的に相手にも悪いじゃん」

「じゃあ、受験が終わったら合コン! セッティングするよ。親友だし、健吾と引き合わせてくれた恩があるし」

「合コンね。じゃお願いしようかな」


 二十歳に運命の人と会うから、この合コンはハズレだろう。それでも、由香里が私を気遣ってくれたことが嬉しかったし、多少は恋愛の練習になるかなと思った。


 十八から二十歳の間に練習して、一周回って奏と何かある。そんなルートもなくはない。


「合コンできるまで頑張るかー」


 おじさんみたいなセリフだなと思って一人で笑った。いや、その前に──


 玉砕されに一回告っとくかー。モヤモヤしっぱなしは体に毒だ。

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