育んだもの
第33話 牧田万智子side やだなー。
やだなー。
私、牧田万智子は気が重かった。
志歩さんの家から帰宅した後、お風呂に入ってなかったので湯船に浸かりながら考えていた。
須田先生のこと。
今日中に何かしらアクションすること。
別に須田先生がタイプじゃないとかではない。
誰もが認めるイケメンだし、最近は打ち解けるようになった。思ったよりお茶目で女子生徒に人気があるのもうなずける。
決定的だったのは、動物の死体を怖がらないことだった。高総体の日、冗談で解剖スケッチしませんかと声がけしたら、OKがでてびっくりした。しかも楽しそうにスケッチするのだ。
技術はもちろん素晴らしいものを持ってる方で尊敬するんだけど、それよりも私のやりたいことに喜んで賛成してくれる人なんていないと思ってたから、その点でもう、この人しかいないって決めた。
付き合えるのならお願いしたいくらいだ。しかし気乗りしない。
なぜそう考えるのかを考える。
学生時代に男っ気がないわけではなかった。
でも、なんとなく女子だけで固まって生きてきたせいで、男性と接点が少なかった。
本当になんとなくだ。運命なんて感じたことがない。いいなーと思う男性はいても、その程度だ。そして、サイコロを振ろうとしない者に転機が訪れることはなかった。
男から見ても、私はちょっと近寄りがたい存在だったと思う。悪い意味で。そこはもう諦めた。
須田先生と志歩さんを通して話すようになった初期の頃は、超警戒してた。あの時邪険にしてたから、今更手のひら返しに態度を変えるのもなんだかなーと思って、私としては全然話したいんだけど、少しずつ打ち解けるような振りをしてる。
プライド高いんだよな、私。
でも理解者は少なからずいるし、志歩さんがいるんだ。今の志歩さんくらいの歳になったら焦ればいいかなーと余裕ぶってみる。
そもそも女からアタックするのをよく思わない。志歩さん果歩ちゃんごめんなさい。人には人のやり方があって、私はそう思ってるだけなんです!
お風呂から上がって外出の準備をする。
えー。今日はどのくらいメイクを仕上がればいいんだ? あんまり仕上げても引かれるし、かと言って普段通りというのも気分がのらない。
気づかれない程度に、かな?
気づかれても、この後予定があって、なんて逃れればいいや。あ、でも、メイクするような予定って何? って怪しまれる?
余計な詮索はされたくない。
いやいや、あえて気になるよう仕向ける?
「あーもうーめんどくさい!」
これだから男を意識するのは嫌なんだよなーと思いながら、メイクを中断し、冷凍庫からあずきバーをあさる。栄養補給。
でもまあ、果歩ちゃんに気合い入れてもらったし、やるしかないか!
主体的に動くより、言われて動くほうがいい。
昔からそうだった。
そういう時こそ、うまくいくんじゃないかって勝手に信じてる。だから、今日しかない!
結局、開き直っていつもよりしっかりめのメイクで家を出た。土曜日に職場。しかも暑い。いつもは嫌になるのに今日は晴れ晴れとした気分。だって特に何もすることがない。男の人とお話しするだけだから。
美術室の前まで来て澄んだ心がまた濁ってきた。また例の女子がいたらどうしよう? 殺気が怖すぎるんだよなー。
そう思いながら教室をドア越しでのぞいてみると、不思議なことに須田先生だけだった。
「あ、おはようございます! 珍しいですね、お一人なんて」
私の声に須田先生は振り向いた。最近では向こうも、あ、どうも、みたいに軽い挨拶を返すようになってきている。
「牧田先生、おはようございます。いや、せっかく前もって人が訪ねてくるのなら、話しやすい環境がいいと思いまして。三人いたんですが人払いしました」
「え、どうやって?」
「知り合いの作家に頼んで、絵を勉強するように仕向けたんです。近くに住んでる暇な友人がいるので」
そんな手がかかることをこの短時間に!
私は須田先生の大胆行動に呆然としたせいで、目の前の巨大な絵に気を取られるまで時間がかかった。
「し……雨宮さんの絵、着々と進んでますね!」
いけない。学校では苗字呼びだった……!
等身大の志歩さん単身の絵。確か五月末に描き始めたと言っていたから、二ヶ月半。油絵らしい衣服の艶が現れている。一方で背景と肌の部分は未完成な感じだけどーー
「きれい」
率直な感想はこれだ。これしかない!
「きれいです! きれいすぎます! ここのあたり、、この前までまだ鈍かった色が急に! どうしてですか?」
「え、ああ、ハイライトが入ると違うからですね。愛が宿る瞬間、と言いますか……」
須田先生は普段口にしないような、ちょっとかっこいいセリフを言ったせいか、「なんというか……光が宿る瞬間……いや、それはそのまんまだな……えーと、あ、魂が宿る瞬間、か」と独り言を始め、ついに良さげな言葉にたどり着いた。
まごついた須田先生は新鮮で、かわいいと思った。そして、あ、今イケるのでは? と直感で思った。
「須田先生、来週デートしましょう」
「えっ?」
「今、お相手いないんですよね?」
「えっ、ええ、まあ」
「じゃあ、来週デートしましょう」
私の頭は興奮のあまり高速回転して……
でた! 誘い文句を考えすぎて、雑で突発的な発言するやつ! きっと志歩さんならもっとスマートに誘えるんだろうな……。どうせならもっと雰囲気を作ってからこういうこと言えばよかった! 失敗! 最悪! やっぱり今のなしって……言えるわけないよな〜。
あーもう、どうにでもなれっ!
「はい。OKです。土曜がいいですね」
「うぇ?」
「ん?」
「うぇえええええ!!」
え、ちょっと待って。うそ。冗談? まさか。え。え。
「牧田先生、そのポーズは?」
我に変えると、半ば万歳のようなポーズで固まっていた。
「……あ。死んだカエルのポーズ?」
それを聞いた須田先生は急に笑い出し、止まらなくなった。なんだかよくわからないけど、須田先生が笑った! やった、のか?
「すみません、あんまり面白くて。牧田先生は知れば知るほど変な人ですね」
「……変な人に言われたくないです」
「お互い様ですよ。あの、実は、前から牧田先生が気になってました。こっちから誘おうかと思ってたら、先越されましたね」
「えっ?」
そうだったの!? と等身大の志歩さん像を眺めながら思う。私の目線に気づいたのか、須田先生は自作に目をやり、私の顔を見、そしてまた自作に視線を移した。私の言いたいことを察したようだった。
「雨宮先生はきっぱり諦めました。情けないです。この作品が完成するまでは何があっても雨宮先生しか見ないと思って制作計画を立てたのですから」
確かにこの絵を毎日見てたらねー。
こわばった雨宮さんの顔がずっと真正面向いてるんだもん、見えない何かに束縛されてるみたいだよ。
私の携帯が鳴った。果歩ちゃんからのLINE通話だ。須田先生に断り、教室を出て電話をとる。
「もしもーし。そちら状況いかがですか? どうぞ」
「もしもし! デート誘いました。OKでした! どうぞ!」
「「ええ〜!」」
志歩さんの声も聞こえる。
いきなり! とか、自力で行った! とか自分ごとのように喜んでるのが嬉しい。
「万智子ちゃん、須田先生タメ口になってない?」
「え、いや、なってないですね」
「じゃ、お願いしてみて」
志歩さんはそれだけ言って、また果歩ちゃんにバトンタッチした。
「マッチ〜今日も祝杯だかんな! 志歩ちゃんのお願い叶えてやらないと飲ませないぞ!」
それは困る! 自分から告ってOKもらうなんて神展開を祝ってもらえないのは困る!
「了解です! その代わりお店確保してくださいね!」
「あいよ〜」
「須田先生!」
「電話、終わったんですか?」
「はい。あの、単刀直入に言いますと、タメ口にして欲しいんです!」
言ってしまった。
若干、お酒飲みたさで発言してしまった節はあるけども。そこはもう言ったもん勝ちということで!
須田先生は言葉の意味を飲み込めてないような顔でこっちを見つめた。何か考えているようだった。
「えーと。万智子」
「名前呼び捨てにしてと言ったんじゃないです! タメ口です!」
「あ、すみません……じゃなくて、ごめん」
私の鋭い眼光を見て、須田先生は慌てて訂正した。
意外とポンコツだなこの人。
「うん、許します」
私は須田先生に駆け寄って、彼の手を握った。夏なのに冷たい、けれど包み込まれるような大きな手だった。
正直、自分のキャパオーバーの大胆行動をしているわけで、当然のことながら顔がまっかっかになってしまう。で、向こうも同じくらいの赤面っぷりなのを見て安心する。
「じゃ、まずはLINE交換しましょう!」
「いいよ。交換しよう」
◇
その日は舞い上がりすぎて、なんで須田先生と会うのを面倒くさがったんだろうとか、もっと早く告っとくべきだったとか、色々つまらないことばっか考えてたので回想はここでやめておく。
とりあえず、夜の祝賀会にて志歩さんに次の質問をして、その返答に驚いたのは書いておこう。
「志歩さん、参考にしようと思って聞きそびれちゃったんですけど、錦戸くんに最初、どんなロマンティックな言葉で告ったんですか?」
「あ。えーと。それはね……」
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