第32話 雨宮side 「うん。白状する」
「うん。白状する」
広島で進藤くんと何があったのか。
どうして離婚なんて決断をしたのか。
薄暗くした部屋で、果歩はたどたどしくも告白した。
「私、要(進藤くんの名前だ)とが初めての恋愛で、そのまま学生結婚したからさ、自分がどうゆう人間になるか準備ができてなかったんだ」
「つまり?」
「自分って、案外嫉妬深いんだなってこと」
「あ、そうなんだ」
私の知ってる果歩は、マイペースで、でも思い立ったが吉みたいに突如行動する。カバみたいだ。確か、カバはめっちゃ速く走るって、何かで見たことがある。
それだけ感情的になるということだ。嫉妬深いのも不思議じゃない。
けれども、果歩の嫉妬深さに触れたことがない。姉妹でも案外知らないことがたくさんある。
「昨年の夏、ちょうど一年前の話なんだけどさ、要の動きがちょっと怪しかったんだ。飲み会が急に増えてさ。で、ちょっとお店の名前を聞き出して、こっそり張り込みしたんだよね」
「それなんて探偵小説?」
私のツッコミに果歩は笑った。
「ほんと、自分でもよくわからない行動だよ。事実は小説みたいに動き出した。要は女の人と一緒に飲んでいた」
「そうだったのか……それは大変だったね」
進藤くんが浮気するなんて。
彼は情にほだされる傾向にあるけど、なんだかんだいって、義理を尽くす人だと思ってた。
所詮、男なんてそんなものか。
主語を大きくして考えると錦戸くんまで疑ってしまう。綾野さんから告白されて断ったけど、伝わってなくて、ずるずる関係が続く感じ。あり得る。
「違う違う! 話を最後まで聞いて!」
「え?」
「私の勘違いだった。女の人は職場の同僚で、単に彼氏へのプレゼントを相談されてただけだったの! 確かにサシで相談するって怪しい行動だし、女と飲むなんて報告もなかったけどさ、何もなかったんだって」
「それ、ほんとかなー。無罪を証明する手段はないんでしょ?」
「……それはそうなんだけど。ただ、そんなことも言ってられないことになって」
果歩はそう言うと、ふーと息を吐いて、
「実はね、要に仕返ししようと、こっそり浮気してしまったんだ。バイト先のファミレスのお客さん。それがバレた」
「あー……」
言葉に詰まる。考えうる限り一番酷い対応。
ベッドで気持ちよさそうに眠っている万智子ちゃんに聞かせなくてよかった。
「バカだなー。ほんとバカ」
「うん。バカだった。お互いこっちに戻ったのは、嫌な過去から逃げるためだったんだ」
「果歩はさ。今も進藤くんが好きなの?」
「うん。だけど、向こうが許してくれないと思う」
「そりゃそうだよね」
二人そろってため息をついた。
「私も今は果歩のこと許せないな」
「うん」
「相談して欲しかったし、頼られたかった。お姉ちゃんですし!」
「うん」
「許せないのは別として、私は果歩が仙台に戻ってきてくれて嬉しい。だって、近くにいられて、これからいっぱい話せる。悩みもわかってあげられる。もう遠慮することはない。家族だし」
「うん……よろしく。ありがとう」
果歩は涙声でそう言うと、鼻をすすり、咳き込んだ。咳を合図に号泣が始まった。
涙に誘われて私も泣いてしまう。横になった状態で果歩を抱きしめた。
果歩と抱き合ったのは何年ぶりだろう? 中学生の頃が最後か。
今もそうだけど、果歩の態度はちょいちょいずうずうしい。それをよく思わない男子から顰蹙を買うことがあった。
ある時一人の男の子がキレて、果歩のお気に入りだったキティちゃんのキーホルダーをカバンから引きちぎり、川へ捨てた。
流れが早く、とてもじゃないけど回収できそうになかったらしい。夕方からずーっと家で泣いているのを、母が慰め、私が慰めた。
その時だ。果歩を抱きしめたのは。あの時の果歩の体温。それが今も感じとれるのはこの上ない幸せだった。
◇
「あ、あれ? 万智子ちゃん?」
翌朝、起き上がるとベッドに万智子ちゃんがいなかった。
「志歩さ〜ん。こっちです! 今準備ができました!」
扉から現れたのは、エプロン姿の万智子ちゃんだった。持っているお盆にはお味噌汁が三つあった!
「え、嘘⁉︎ 万智子ちゃん神!」
家の冷蔵庫の貧弱なラインナップでは、お味噌汁にネギを少々入れるくらいしかできなかっただろう。それでも、沸き立つ湯気から漂うお味噌の香りは、食欲をそそるには十分だった。
「ごめんなさい、勝手にキッチンと食材借りたりして。でも、泊まらせてもらったし、ベッドに寝かせてくれたしで、何かやらなきゃと思って」
「いや、ほんと助かる! 土曜日の朝に立派なお味噌汁がいただけるとは思わなかったよ」
すると炊飯器の炊けたお知らせ音が鳴った。
「なになに?」
起きてきた果歩は事情を知ると、万智子ちゃんをハイタッチで迎えた。
「「「いただきます!」」」
お味噌汁をすする。ちょうどいい塩加減。
「マッチ〜、あの冷蔵庫の中身からよくここまでおかず作ったね。美味しいし、えらすぎる。ほぼ酒つまだよね」
「作ったというか、ただ出しただけです。でも褒めてもらえて嬉しいです!」
果歩が指摘したのは主菜だった。冷奴、イカの塩辛、生卵。私は普段朝食を食べない。全て夜のお供だった。それが朝にご飯と共に出されれば立派な朝食だ。
「万智子ちゃんは料理するの?」
「そうですね。簡単なものなら。最近だとゴーヤチャンプルをよく作ります」
「おお〜。マッチはいい人つかまえられそうだけどな。彼氏はいないんだっけ?」
「彼氏できたこともないんですー」
果歩はええ〜と驚き、
「欲しいと思ったことは?」
「もちろんありますけど……私、男の人が苦手で」
「そんなのはさ。慣れるしかないよ。志歩ちゃんが面倒見てくれないの?」
話がこっちにきた。
「ちゃんと紹介したよ。同じ職場の。ね?」
果歩は身を乗り出して、
「先生ってこと? いいじゃ〜ん! 誘ってみようよ。今日!」
「ただし、その方は志歩さんが好きなんですけどねー」
どういうこと⁉︎ から果歩の質問が始まって止まらない。須田先生のことを筋道立てて話した。
「なるほどね〜、今は仕事のコラボもあっていい感じだけど、向こうが志歩ちゃんを諦めきれてないっぽいか。ちゃんと確認したほうがいいんじゃない?」
ほらほら〜と果歩は促した。万智子ちゃんはLINEで『今日は部活ですか?』と送った。
返事はすぐきた。
『今美術室で描いてます。一日ここにいるつもりです』
『じゃ、少ししたらお伺いしてもよろしいですか?』
『どうぞ』
「チャ〜ンス。マッチ、今日で話を詰めるよ。絶対今日! 予定ないよね?」
「ええー。ないと言えばないです。学校で飼ってるグッピーに餌与えるぐらいで」
「万智子ちゃん、私たちはちょっと果歩の住む家を決めないといけないから、今日一緒にいられないけど、状況報告してね。今日中だからね」
面白くなってきたので果歩に便乗する。
「志歩さんまで! ああー」
「大丈夫。作品書いてるのにそんなに返信が速いなんて須田先生らしくないから。頑張って!」
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