第31話 雨宮side 「うーん、バカだね」
「うーん、バカだね」
果歩が腕組みし、下を向きながら罵倒する。
「悪手も悪手。志歩ちゃんに相手がいないからって気を許した私がいけないんだけど、まさか付き合う寸前の相手がいたとは。なぜ流された?」
「そこ。雨宮さん、信用一気にダダ下がりです」
万智子ちゃんも果歩に加担する。
花火大会から帰ってくると、私の家で果歩と万智子ちゃんが冷たいお出迎えをした。その後強制的に三人揃っての作戦会議となった。
スマホは万智子ちゃんから受け取った。LINEの通知がえぐい。といっても錦戸くんと万智子ちゃんからだけだが。
心配してくれたんだな〜としんみりする間もなく、審問が始まったのだった。
「えーまずは皆さん、アイスブレイクとしてちょいとお酒を……」
そろりと冷蔵庫へ抜け出そうとしたところで果歩に肩をつかまれる。
「志歩は酒癖が悪いから、まとまる話もまとまらんのだよ。罰として、本件落ち着くまで酒は一切禁止!」
青天の霹靂! あ、地味に万智子ちゃんもショックを受けてる。
「一切はちょっと……たまには解禁してもよろしいでしょうか?」
と、万智子ちゃんは下手に出てくれた。
「うーん、いいか。マッチのお願いならいいよ〜」
「やった! 果歩ちゃんありがとー!」
「えっ? 二人は今日初めて会ったんだよね?」
万智子ちゃんは果歩と顔を見合わせて、
「そういえばそうですね。雨宮さんの緊急事態に気を取られて、ろくに自己紹介もせずいつの間にか馴染んでしまってました」
姉が仲良いんだから、妹とも相性いいのかもね。
改めまして、からお互い自己紹介が始まった。これまでの経緯も交えて、小一時間話は続いた。
「あの、そもそも私も雨宮なんだけど」
と果歩が言った。私とどっちを呼んだかごっちゃになると。
「あーそうですね。じゃあ、志歩さんて呼んでもいいですか?」
「学校では雨宮でいいからね。学校の外だけならいいよ」
いえい! 祝杯だ! と万智子ちゃんは一瞬興奮した後、飲酒禁止の掟を思い出したのか露骨にテンションが下がった。
「飲んでいいよ。初めて人を下の名前で呼ぶのって大きな出来事だよね。今日は特別ね〜」
いつのまにか果歩が年上らしく振る舞ってて驚き、嬉しくなった。
「よっし。つまみは宅配ピザだー!」
結局酒盛りが始まってしまった。
◇
「志歩ちゃんは好きな顔の若い方をとったんだね〜」
果歩は酔っ払って挑発するようなことを言ってきた。
「なんかそれ、人聞きが悪い。よく見たら進藤くんの方が少し掘りが深くて、少し顎が尖ってて、違いはあった」
ピザにかぶりつく。花火大会で食べた焼きそば、進藤くんにちょっとあげちゃったし、色々考えてたらお腹が空いてしまった。
一人黙々と食べる。口がいっぱいになってしゃべられなくなった。
「ま、いっか。元旦那とくっつかれたら、ややこしくて志歩ちゃんとは会えなくなりそうだし。それよっか、錦戸くんの気持ち奪還作戦、始めなくちゃ」
と言って果歩は考え始めた。
すぐに閃いたようで、
「真面目な子だったらさ、勉強を教えまくるのはどう?」
「ん……すでにやってる。成果も上がってる」
「そもそも、ですよ?」
万智子ちゃんが話に入ってきた。
「もう奪還してるのでは?」
「えっ? さっき、信用ダダ下がりって……」
「ごめんなさい、勢いで言っただけで。昔好きだった男と花火大会に行くってシチュエーションを考えれば、完全にアウトなんですけど。でも錦戸くん、あんまり怒ってなかったなと思って」
「んー確かに」
「朝、錦戸くんが私のとこに来た時は、LINEの返事がないって慌ててたんですけど、花火に行くって果歩ちゃんから聞いたら、大人しくなって。で、さっきの電話では優しい口調だった」
「静かな時こそ怖い人もいるじゃない?」
果歩の言う通りだ。
「そんな人もいますが、錦戸くんは割とストレートに思ったことを言うタイプですよ」
「んー確かに」
今日の万智子ちゃんはなんだか冴えている。
「志歩さん……ってなんだかくすぐったいですね……錦戸くんが電話口でなんて言ったか覚えてます?」
「んと、『無理しなくてもいいですよ。すでに高総体で花火したじゃないですか』だったかな」
「そう! それです! だからね、特にイベントを望んでるわけじゃないのです!」
私と果歩はおお〜と納得した。
「いいんか?」
「いいんよ。でもね、LINEのメッセージだけでもフォローはしといた方がいいぞ〜。ここは私たちに任せて、ほら行け!」
「何を任すんだよ、もう」
果歩に追い出されて、私は行き場がなく、仕方なしにスマホを持ってベランダへ出た。ベランダの縁へ寄りかかって遠くを見る。ここは二階だ。遠くに大きな通りが見える。
花火大会の余韻は続いていた。二十三時過ぎ。夜中にも関わらず、数人の学生が笑い声を上げながら会話している。一組だけじゃない。男女混合、女子だけ、はたまた、酔っ払った男の子たち。みな、花火からの帰宅なんだ。
「錦戸くんは絶対ああいうグループ無理そうだよねー」
一人声に出してつぶやいてしまって、恥ずかしくなった。聞かれてないか部屋をのぞくと、私なんて気にもせず、果歩と万智子ちゃんはお酒を飲みながら談笑していた。
なんであんなに仲良いんだ。
親友をとられたような気持ち。嫉妬だった。でも妹なんだから、私と親しい人とフィーリング合うよなと、無理くり自分を納得させた。
『まだ起きてますか? 今日は心配かけてごめんね』
LINEでくまのsorryと詫びるスタンプと共にメッセージを送ってみた。すぐに既読がついた。
『いえ、気にしなくても大丈夫です。おあいこなので』
『おあいこ?』
『実はみずきから、やんわりと告白っぽいことをされたんです。いや、僕の勘違いだったらめっちゃ恥ずかしいですけど。そこで僕は気づきました。フェアじゃないって』
恋愛にフェアも何もないでしょーが。
そうテキストで打とうとしたがやめた。
錦戸くんはこういう子だって知ってたから。
代わりに、
『告白されて、なんて返したの?』
と打った。返事はすぐ来た。
『別に好きな人がいる、と返しました』
その文面を見た時、思考が一瞬止まった。
「えええ〜」と声が漏れてしまう。お隣さんに聞こえなかったか? 恥ずかしくなってしゃがむ。
嘘、これって……私?
浮ついた考えをすぐに振り払う。でも、じゃあ誰が錦戸くんの好きな人なのか、想像できなかった。
私が返信する前に追加のメッセージで、
『誰かはあえて言いません。ルール違反になりますので』
ときた。ルール違反? と不思議に思ったがすぐに思い当たった。
ーー三月に改めて返事をもらえればいい。
確かにそう言った。逆に考えると、三月までは返事をもらえないことになる。
私の推理が正しければ、ものすごく律儀だなと。
でもま、そこがいいところだ。好きなとこだ。
そっちがそうくるなら、深掘りしないようにしよう。
『今日の花火の埋め合わせをどうしようか考えたのだけど、錦戸くんがちゃんと勉強に専念できる方がいいと思いました』
『はい。雨宮先生も無理しないで。最近、進路指導とかでお疲れ気味ですよね?』
『そーね。なんだか、疲れが取れなくって』
二十代後半になると、昔より無理ができなくなるのを感じる。忙しさのピークは先月だったはずなのに、八月一週目になってもだるい感覚から抜け出せない。
『飲んでるからじゃないですか? 今日も飲んでるでしょ?』
『なぜバレた?』
『当てずっぽうでも当たりますよ』
『はいはい。その推理を勉強に活かしてください。じゃ、寝る前の勉強頑張って!』
錦戸くんから了解スタンプが送られてやり取りは終了した。
「お待たせ!」
気分よく窓を開けて部屋に戻る。すると果歩がし〜と指を立てて言った。部屋は薄暗い。
万智子ちゃんがテーブルに突っ伏して寝ていたのだった。
「万智子ちゃんが寝落ちなんて珍しい」
「それだけ志歩ちゃんを心配したってことでしょ。さ、ベットに寝かせるの手伝って」
万智子ちゃんをベットに移し、片付けを済ませた後、私たちはそれぞれお風呂や歯磨きを済ませ、果歩はお客さん用の布団へ、私は寝袋へ入り、消灯した。
教師になりたての頃、いつ何時何があってもいいようにと買っておいた寝袋が、五年後の今日になってようやく役立った。
と言っても暑くて、寝袋は敷布団がわりとして、タオルケットをお腹にかけた。
エアコンの風の音だけが静かに響いていた。
「果歩、まだ話できる?」
「うん」
「進藤くんと何があったか。ちゃんと聞かせてほしい」
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