第30話 雨宮side 人は過去の選択を後悔することが多い。

 人は過去の選択を後悔することが多い。


 選択をするのは自分だけじゃない。誰だって日々些細なことでも選択し、たまには満足するが、たいていは後悔する。


 ある人の選択に自分が関わっていたら?

 その人の苦しみに気づいてあげられたなら?

 もしかしたら私の選択で、その人は変わるかもしれない。


 進藤くんは高校生の時、実は私が好きだった。

 私も当時、進藤くんが好きだった。

 私は進藤くんの、「俺、勉強も部活も頑張るから彼女は作んねー」宣言にビビって、告白できなかった。むしろ、彼が頑張れるよう、避けてしまった。


 多分、進藤くんも照れ隠しでそう言ったのだろう。私が避けるのを感じて、何を思ったかわからない。私たちに一年遅れて妹が同じ高校に入学し、妹の猛アタックに真藤くんは負け、二人は付き合いだした。それが事実だ。


 あの時、進藤くんの気持ちに気づいていたら。私たちが結ばれていたら。どうだったのだろう? 学生結婚して、広島で適当な仕事をしていたのかもしれない。もしくは、別れて今と同じく教師になってたかも。


 待てよ? 後者の場合、五年後に進藤くんが仙台に帰ってくる。一度好きになった人は、その後どうなろうと忘れられないのが私だ。相手がフリーなら、元恋人と一緒になる可能性大だ。


 あの時進藤くんと付き合ってたら、どう分岐しようといずれ結婚するのか?


 と、IFにIFを重ねまくった妄想で時間を費やした。


「志歩。なんというか、ごめんしか言えない」

「別に謝らなくても。今、頭の中を整理したくって黙っただけだから」


 花火会場から地下鉄で浴衣の着付け会場に戻り、着替えた。その後仙台駅に移動している間も最低限の会話しかしなかった。それくらい、私の中で処理したい想いがうごめいていた。


 仙台駅に着いた。JRで進藤くんは実家に戻る。改札前で彼を引き止めた。


「進藤くん」

「ん?」


 私は意を決して、


「やっぱり、進藤くんとは一緒になれない。果歩の元旦那であることを抜きにしても、だめだ。私には好きな人がいる」


 進藤くんは少し黙ってから、


「わかった。志歩の意思を尊重する」


 ごめんね。あなたを見てると、顔立ちにしても、仕草にしても、ずっと、それこそあなたに再会した時からずっと、錦戸くんを思い出すんだ。


 あなたはかっこいいのに、将来もあるのに、そしてとにかく優しいのに、もう、私の中に居場所はない。それがわかるまで、昨日今日とずいぶん優柔不断だった。


「ごめん。でも進藤くんに会えて、ほんとによかった。私の心の奥底に、いつもあなたがいたから。なんというか、思い切った感じだよ」

「こっちこそ、そこまで悩んでくれてありがとうと言いたい。果歩をよろしく頼む。俺はまだあいつのしたことを許してないけど、いずれなんとも思わなくなる時がくる。それまで、金貯めて暮らすかな」

「次会うときは昔みたいに三人で遊ぼうよ。あ、できるだけカンパしてくれると助かりますので、よろしく!」

「おう」


 そのとき進藤くんのスマホが鳴った。果歩からのようだったが、私に代わってくれとのことだった。


「雨宮さん! 何やってんですか! 超心配したんですよ!」


 耳が痛くなるほどの大音量で叱られる。万智子ちゃんだった。


「今日はよくわかんない理由で急に休むっていうし、LINEしても返事ないからどうしたと思ったら、デスクにスマホ置きっぱだし!」


 あ、そうだったんだ。


「大変だったんだから。ね?」


 少し間があって、


「そうなんです」


 出てきたのは錦戸くんだった!


「牧田先生と一緒に雨宮先生の家に行ったら、別の人が現れて、そしたら妹さんじゃないですか。先生は花火に行ってるって。で、電話をお借りしてかけたんです」

「そか。ごめんね〜」

「おかげで花火見られなかったです。どうリカバリーしてくれますか?」

「でも、花火は見ないって……」

「よく考えたら、牧田先生やみずきを誘えば別に行けたんです」


 あ……そんなんでよかった。私の目は節穴か。


「じゃ、じゃあ、今月下旬の広瀬川花火を見ようよ!」

「調べましたが、今年は花火ないそうです」

「えー! ないの⁉︎」

「どうします?」

「ちょっと考えさせて!」

「無理しなくてもいいですよ。すでに高総体で花火したじゃないですか。それよか、雨宮先生は誰と花火を見に行ったんですか?」

「え、んと、果歩、妹の元旦那と」

「あ、はい。知ってます。さっき聞きました」


 怖い怖い。胃のあたりがキューっと縮むような思いだ。


「……変なこと言ってごめんなさい。何もなかったんですね?」

「うん。信じて」

「ま、いいか。初回お試しサービスですよ。僕もモヤモヤしてた人なんで。じゃ、まっすぐ帰ってきてください」

「うん。帰る」


 通話を切って、スマホを進藤くんに渡す。


「話の流れでなんとなく事情はつかめた。今話してたのが好きな人?」

「そうだね」

「なんだか、昔の素直な志歩に戻ったみたいで面白かった。そういう表情できる人に会えたんだな」

「うん! 私の大切な生徒!」


 進藤くんは面食らった顔で呆然としていた。やがて立ち直って、じゃ、と手を挙げ、


「今度果歩と遊びに行く時までに、どこに旅行したいか考えといて!」

「オッケ!」


 進藤くんは改札を通り、ホームに向かう階段へと消えた。


 バイバイ、私の大好きだった人。生まれ変わったら、一緒になれるかもね。

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