第29話 雨宮side 夢を見ているようだった。
夢を見ているようだった。
昔好きだった人と花火大会へ、なんて夢みたいだし、その人が私の妹に浮気されて今はフリー、なんてのも夢のまた夢みたいだ。
おかしい。現実はどうかしてる。理解できない。
「志歩?」
「あ、ごめん。ショッキングだったので意識が飛んでた」
身内の不手際は想像以上に応えた。明日からどんな顔で果歩を見ればいいのだろう。というか、私の家に泊まってるんだよな。今日、帰ってた頃には寝てて欲しい。
「そうだよな。果歩を悪く言うつもりはないからこれ以上は控えるけど、事実だけは伝えておこうと思って」
「わかった。勇気を出してくれてありがとう」
と、体裁上は伝えたけど、正直複雑な気持ちだった。知らないままでも、不都合はなかったんじゃないか。
男女には当人同士しか感じ合えない部分がある。彼らが離婚したことについて追求するつもりはなかったし、原因を知ろうとする素振りも見せなかったつもりだ。
進藤くんの名誉のため? というか、このことを伝えるために私と二人になったの?
モヤモヤしてる間に信号が青になった。交通整理の警官の鳴らす笛が夜空に響き渡った。もうすぐ橋を渡る。
橋までくると、人混みで通路が塞がれる。ちょっとずつちょっとずつ、やはり腕を掴まれたまま進む。
「進藤くんはさ、もう女は信用しない?」
「なんでそうなるんだよ。果歩がそうだからって、他の人も一緒くたには見ないよ。まだ恋愛する気はあるし」
「ふーん。そういうものなんだ」
私の環境で、もし同じようなことが起こったらどうするか考える。
錦戸くんが綾野さんと付き合う、とか。
って、全然浮気じゃないじゃん。
そうなったらキッパリ諦められる? わからない。もしかしたら、が考えられない。考えたくない。
「志歩は離婚したばっかの男とこんなとこにいていいのか? デートの誘いを断った人がいるっていうけど、もう復活は無理なの?」
「いろいろ事情があって無理かな」
「話はつけてるんだな。事情って、向こうが仕事とか、体調が悪いとか、そんな理由?」
「あー、まあ、うん。そんなとこ」
と濁しておけば話題は移ると思っていたが、
「これからどうすんの? 一生独身?」
え? と困惑し、人混みに合わせて立ち止まる。進藤くんを見る。真面目な顔だ。
朝も訊かれた質問。人の心配をするにはちとくどい。私は私のペースがあるんだから、放っておいてほしい。進藤くんが私に興味があったとしても、どうにもならない関係なのに。
逃げきれないとわかって、本当のことを伝えることにした。
「正直言うと、好きな人がいる。告白して、春に返事をもらうことになってる」
今度は進藤くんが慌てふためいた。
「春って、半年先の話? なんでそんな先よ? 仮にオーケーをもらえても、将来あるの?」
そんなの、知ってる。知ってることを正論ぽく話されても、こっちとしては反感以外出てこない。
私の無言に進藤くんは、
「ごめん。志歩なりのプランがあるんだね。でも」
「でも、何?」
進藤くんは私の挑発に一瞬たじろいだが、負けなかった。
「でも、他の選択肢もあるよってことを言いたかった。ほら、本命がうまくいかなかった時のために、プランBを準備するとか」
「そのプランBはなんでしょう?」
「俺と一緒になる、とか」
こいつ……。
強烈な感情が湧き起こる。
「遅い! 遅すぎる! しかも、妹と結婚して離婚して、すぐ私を誘うの? 果歩に非があるからって、自分はすぐリセットできるの? 常識がない。品がない。最低。最悪。何考えてる」
人混みが私たちをジロジロ見てきた。え、喧嘩? そんな声も聞こえる。
私は進藤くんにだけ怒っているのではない。私自身にもだ。
砂金みたいに、彼を諦めきれない気持ちがまだ心の澱みの中に埋まっているのが自分で許せなかった。
錦戸くんが好きって言ったくせに、気持ちが揺れ動いてしまう風見鶏っぷりが、小物っぷりが、許せなかった。
そのとき、湿気のある空気を引き裂く音がした。音は昇って、弾けた。
「あ……始まった」
巨大な花火が四方へ散る。巨大すぎて、私たちを襲って、そのまま飲み込んでしまうくらいの錯覚があった。
「ごめん、進藤くん。言いすぎた。ほんとごめん」
「いや、事実だから。それより、今は花火を楽しもっか」
「……そうだね。黙って、眺めてよう」
次々と打ち上がる花火をひたすら目で追っていく。こんなにも近くで花火を見るなんて、初めてだ。疲れたけど、頑張ってここまで来た甲斐があったな。
やがてせき止めていた想いがあふれ出る。
進藤くんは気づいて、慌てて人を押し退け、橋の欄干へ私を誘導した。彼のハンカチを受け取って目に押し当てる。拭いても拭いても止まらなかった。せっかくの花火が、見られない。
それでも時間が解決してくれる。しばらくして落ち着き、花火を眺めた。隣の進藤くんと微笑み合う。
ああ、これが十年前だったらよかった。もしそうだったら、この人と一緒の人生を歩んでいたかもしれない。
花火にも小休憩がある。私はふと焼きそばがあるのを思い出した。進藤くんが持ってるビニール袋を指さして、食べたいと伝えた。
「いつ言ってくれるかと思ってずっと待ってたよ。腹減ったな。食べにくいけどここでもいい?」
私たちは欄干の上にパックの焼きそばを載せて食べることにした。
「おい、あんだけ泣いて、よく喉に通るな」
進藤くんは呆れた様子でつぶやく。私はガツガツ食べてほっぺたが膨らんでた。
「だからこそ、お腹が減ったのです。進藤くんだって、もうないじゃん」
「ま、そうなんだけど。ちょっと足りないな。牛タン串とか買っとくんだった」
「いいよ。私の少しあげる」
進藤くんは子供のように喜んだ。こういうところは昔から変わってない。
花火は一時間打ち上がって終了した。
もう九時。早く帰ってスマホを探さなければ。
志歩、と進藤くんは歩きながら言う。やっぱり腕をつかまれ、地下鉄の駅に向かう。
「前言撤回するつもりはない。俺はいつまでも待つ」
「いつまでもって。具体的に言わないとわかんないじゃん」
あー最悪だ。何言ってんだ。そういう次元の話にこだわってるんじゃない。あなたとはこの先、何も起こらないことを伝えないといけない。
「来年の春って言ってたよね。じゃ、俺も同じ。そっちは三月? 四月?」
「え、えと、多分三月」
「じゃ、三月に返事をもらう。結局、半年待つことになっちゃったな」
ずるいなと思いながら、そういえば私も同じことを錦戸くんにしてしまってるのだと気づいて、嫌になった。
「志歩、今更の話なんだけどさ」
「ん?」
「俺は高校の時、実は志歩が好きだった」
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