第28話 雨宮side 「どうして、二人そろって急に言い出すかなあ」
「どうして、二人そろって急に言い出すかなあ」
花火。本当は錦戸くんと行きたかった。
けれど人混みの中で知り合いにばったり会ったら一発でアウトだし、そもそも誘うだけの勇気がないし、勉強を邪魔するのも悪いし、諦めざるを得なかった。
「まあ、いいよ」
断る理由がない。
「サンキュー。今日は果歩の新居探しになったから、終わり次第、そのまま花火を見に行こう。着付けまで予約しといたんだから」
七時に果歩が起きた。それぞれ朝の準備を済ませ、朝食会場へ向かう。
出勤時間の前に、旅館の電話を借りて学校に電話した。昨晩急に妹夫婦が来て、色々と手続きしなければいけないことがありまして……と、超ばか正直に休暇のお願いをした。夏休み中だからか、特に問題なく受け入れられてホッとする。
これで心置きなく朝食が食べられる。朝食はビュッフェだった。食べ放題は元を取ろうと必死になってしまう。あれこれとるとお盆がいっぱいになって、もう一枚追加。朝カレーに朝ラーに。炭水化物ばかり。
まずはお味噌汁を頂く。二日酔いのズキズキする頭に沁みる。やはり仙台味噌。仙台味噌しか受け付けない。
「志歩ちゃんは相変わらず朝も食べるね。しかも昨日あんなに飲んだのに」
果歩は二日酔いがひどいのかぐったりしてて、お豆腐をちまちま食べながら言った。それに対して、私は朝カレーを口一杯に頬張っていた。
「こんだけあるから、食べなきゃ損かなって。てか、あんたらさ、本当に離婚したの? ドッキリじゃない?」
私はニヤニヤしながら二人に話しかける。進藤くんが果歩に野菜スティックを勧めて与えているところだった。
「あ〜?」
果歩が口を開けたままこちらを見る。にんじんスティックをかじろうとしていた。
「本当だよ。ま、普通に元家族としてつながりを断ち切ったりはしない。この先、お互いいい人ができたら応援する。それが志歩ちゃんでも、さ」
「え? だって、進藤くん大衡村でしょ。ちょっと遠いかな」
私の冗談に妹元夫婦は大笑いした。
「近かったらいいんかい!」
進藤くんが突っ込んだ。
◇
果歩の新居探しの前に、私の家に寄ってもらった。進藤くんに部屋を見せたくないので外で待機してもらった。
スマホが見たかったのだ。しかし果歩に鳴らしてもらっても出てこなかった。学校かもしれないと伝えたけど、探してたら日が暮れる、その前に物件と言われ、おとなしく諦めた。
物件探しは難航した。果歩は部屋の条件にうるさかった。この子はのんびり屋なのに敏感なたちである。普段はのんべんだらりとしているが、気になったことは物申すし、我慢できない。
特に体調が悪い時、二日酔いにしても、ネガティブ傾向は強くなる。
そんな果歩をさりげなくフォローする進藤くんとは、ぴったりの夫婦、のように見えた。
築三年以内がいい、地下鉄の駅近がいい、南向き角部屋などなど、一つ一つは大した条件じゃないが、積もり積もって大変な家賃の物件を紹介される。それに文句を言う果歩をなだめる進藤くんは嫌そうではなかった。
不動産屋で物件を紹介され、五件の物件を見学し終わった頃には日が暮れかけていた。私たちもへとへと。
「果歩〜。もうここに決めようよ。まず富沢駅近いから私の家も近い。築浅だし、その割に家賃5・5万だし」
五件目の物件のリビングで膝に手をついた。早く帰ってシャワー浴びてビールを飲みたい気分。
「でも一階じゃん。怖いんだよね。窓も西南西で西陽がキツそうだし」
確かにそうだが。この安さで新しいのだから四の五の言ってられないでしょ。
進藤くんも疲れているようだ。でも、決めろオーラを隠さない私と違って、果歩の話を聞く余裕はある。
案内のお姉さんはにこやかなものの、若干引きつった笑顔を垣間見せている。
「今日はさ、志歩ちゃん家で一晩ネットで物件を調べるから。花火行かない」
この発言にさすがの進藤くんもきっと目を見開いて、
「は? 二人分、浴衣の着付けとか予約してたろ? どうすんだよ」
「志歩ちゃんと行ってきてよ〜」
「「はあ?」」
私と進藤くんは同時に叫んだ。
「果歩! キャンセル料とかどうするんだよ!」
違う! それもそうだけど、気にするのはそこじゃないって。
「私が払う。迷惑かけたしね。行ってらっしゃい」
進藤くんは、まあ、それなら……と譲歩を受け入れようとしている!
私は全然受け入れられない!
けど口には出せない。断ってギクシャクしたらやだなと思ったから。
ああ、私って流されやすい。昨日からずっとそうだ。こんな時、意地でも意見を曲げない果歩が羨ましくなる。
進藤くんと久々に二人きりになる。
気まずいと思いながらも、心のどこかでどうにでもなれと考えを放棄する自分がいた。
◇
「やっぱ、志歩は果歩と違って浴衣が似合う身長だな」
黒に朝顔模様の、ど定番浴衣に着替えた163センチの私を見て、進藤くんは言った。下駄もあったけど、お店の人から歩くならサンダルが無難ですとアドバイスされ、その通りにした。
ここはアーケード沿いの着付け屋だ。通りは観光客でごった返していた。普段と違うのは、みな一方向に向かって進んでいることだ。
「元妻を悪く言わないでよ。比較するな」
果歩は155センチ前後だ。そこまで小さくないのに。
着付けの方が違和感のある愛想笑いになったのを見逃さなかった。
元妻を悪く言わないでよ?
予約をキャンセルした雨宮果歩と雨宮志歩は姉妹? どんな関係?
そんな疑問符が浮かんで見える顔。
私は失言に気づいて、焦りながら話題を変える。
「進藤くんは相変わらずだね。かっこいいじゃん」
二十八歳ともなれば、人によっては体型が変わるだろうに、進藤くんはシュッとしてて、浴衣を着こなしていた。程よく締まったふくらはぎを出している。
私たちがどんな関係なのか興味が湧きつつある店員さんから逃れるように店を出た。
アーケードを歩く。傍目から見たらカップルか夫婦にしか見えない。わかりきったことに気づいてしまった。
周りの目を気にしながら進藤くんを見ると、彼も同じことを考えていたようだった。
「二人でいるって慣れないね。志歩、知り合いにあったらどうするよ?」
「そんときはそんとき。腹を括る」
「男前だな」
「いや、ジ・エンドってやつ」
「まじかよ。サングラス買ってこかな」
「冗談だよ。久しぶりに再会した幼なじみって馬鹿正直に説明するって」
「その幼なじみと二人きりで、浴衣着て花火見ようとしてるんだぞ」
「ま、なんとかなるって!」
生徒と二人きりでいて、知り合いにばったり会う恐怖に比べれば百倍マシだ。
アーケードを抜け、広瀬川に近づく。川を越えればいい位置で花火が見られる。しかし会場に近づくにつれて人混みが激しくなる。
進藤くんははぐれないようにチラチラ私の方を向いて確認してくれたが、しびれを切らしたのか、私の腕をつかんだまま歩き出した。手でもなく、手首でもなく、腕というところが気遣いだな、と思ってホッとするのと同時に、緊張してきた。ドキドキしてきた。汗が吹き出してきた。
振り向かずに進藤くんは進む。ちょっと痛いくらいにつかまれたけど、次第に感覚がマヒしてきた。
「志歩。俺と果歩はいい夫婦に見えた?」
「え? うん。仲良しでいいなと思った」
「そうだろね。でも現実は違う。二人きりではほとんど話さない」
西公園の信号待ちで止まった。進藤くんは私の腕を握ったままようやくこっちを見て、
「果歩が浮気したんだ。俺はそういうの、我慢できなくて離婚したんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます