第27話 雨宮side どこからツッコめばいいか分からない。

 どこからツッコめばいいか分からない。


「離婚って。え? いつ⁉︎」


 思わず立ち上がり、妹元夫婦を問い詰める。


「志歩ちゃん。声でかいって。やっぱ夕食でする話題じゃないな。場所を変えてからにしましょう。ね、要」

「そうだな」


 え? なんでそんなフランクに接せるの? なんでビールを注ぎ合うことができるの?


 理解が追いつかないまま、コース料理は殻付きウニ、フカヒレの茶碗蒸し、仙台牛のしゃぶしゃぶ、レモンゼリーのブラマンジェが運ばれ、大変美味しく頂いたが、頭の中はそれどころではない。

 日本酒でも飲みながら、お預けされた犬のように、ただ時が過ぎるのを待つしかなかった。


 夕食後、ホテルのワインバーに連れられた。大衆居酒屋に慣れた私には落ち着かない場所だった。


 最初に何を頼むか決めてとお願いされる。ワインは全然わからない。お店の人を呼んで、甘めの種類はどれですかと大雑把に質問し、山形が産地の白ワインを皆で飲むことにした。


「さ、少しは落ち着いたでしょ?」


 果歩が生チョコを食べながら言った。チョコと赤ワインは試したことがあったが、白と合わせたのは初めての体験だった。全然いける。 


「さっきはあまりに突拍子もない話だからつい。で、いつ離婚した?」

「去年の冬ぐらいから手続きなり裁判所行ったりして、七月に決まった」

「へーそう」


 一つ大きな疑問は一応解決したが、もう一つ。


「なんで夫婦然としてられるの?」

「元の幼なじみに戻ったというか。うまい具合に関係をリセットできたんだ」


 進藤くんは穏やかに話した。ちょっと酔いが回っている。


 果歩はそうそうと相づちを打った。

 そんな綺麗な関係があり得るのか?

 疑って考える。


 果歩は普段のんびり屋で、いざという時に底力を発揮するタイプ。対して進藤くんはカッコつけたがり、背中で語る。けど、優しくて、抜けてるところが多いのが憎めないタイプ。お互い引っ張り、引っ張られ合って、いい関係性のように思えた。


 それが解消されたらどうなるか? 果歩はまだしも、進藤くんは性格的に割り切れるのか怪しい。

 少し探りを入れてみるか。


「でもこういうのってさ、男の方が未練を残すもんじゃない?」

「んー」


 進藤くんは考えて考えて……黙った。


「おい、なにか言いなよ」


 果歩が進藤くんの肩をトントンと叩く。


「初めての経験だし、よくわからん。頑張る、としか答えられないよ」


 なんだ〜つまらん、と果歩は答えた。

 面白い返しを期待してたのか?


「ま、でもそういうことです。頑張るしかない」

「果歩、仕事はどうするの?」

「そこよ。実は私たち仙台に帰ろうと思ってる」

「え、果歩はともかく、進藤くんも?」

「そう。職場で色々あって、これを機にこっちで転職する。もう次は見つかってるんだ。大衡村の工場」


 仙台からはちょっと距離があるなー。一人暮らしになるんだし、会社の近くに住むんだろう。


「果歩は?」

「私はしばらくニートして職探そうと思う。たださ、実家に帰りづらい」

「あー全然帰ってこないから今更感あるよね。でも、大丈夫じゃない?」

「と思うんだけど、様子見たいからさ」


 果歩は背筋を伸ばし、手を合わせて、


「一週間ぐらい志歩ちゃん家に泊めさせて!」

「なるほど。今日はそれが目的か。ま、いいよ。ご馳走になったし、お客さん用の布団があるから大丈夫」


 果歩はヘ〜イと叫びながら進藤くんとハイタッチする。おい、うるさい。


「進藤くんは仕事いつ?」

「来月初めから。一月ぐらい空きがあるから、引越しの準備をしようかと。俺の方は寮が決まってるんだ」

「あ、そうだよね。二人とも引越しはいつ?」

「月末あたりかな。でも、私はまず、お母さんたちの了承を得てから。というか、得ないと荷物の行き場がないから困るんだけども。最悪賃貸? 今週中には決着つけたいな〜」

「賃貸とかかなりギリな時期じゃん。すぐ決めないと引越し日になっちゃうよ」

「そ。だからとりあえずの実家よ。はあ〜」


 果歩がため息をつくのもよくわかる。公務員夫婦であるうちの両親は、二人とも心配性すぎて小言が多いのだ。私も結婚の話で散々言われたから、距離を置きたいのはわかる。


 特にマイペースの果歩とは馬が合わない。なぜあの両親からこの子が産まれたのか不思議でならない。強いて言えば、お父さんの血筋?


「ダメだ。だんだん実家の居心地の悪さを思い出してきた。やっぱ賃貸にする! 明日! 不動産巡りしていい?」


 急すぎると思いながらも、実家に住むよう説得するだけの後押しができない。それくらい、気持ちはわかるのである。


「しょうがない。いいよ」


 この一言でワインボトルはもう一本増え、私たちは泥酔のうちに一晩を過ごしたのだった。





 朝、目覚めると頭がガンガンした。そりゃ飲み慣れないワインをがぶ飲みしちゃ二日酔いになる。

 枕元の時計を見ると、まだ五時半だった。


「うわ!」


 飛び上がって布団の上にへたり込んだ。

 進藤くんが窓辺の椅子に座って、レースカーテン越しに明るくなってきた外を眺めていたのだ。


 果歩たちは和室十畳の部屋をとっていた。一番窓際に近いところで寝ていたので、今の進藤くんの位置と思いの外近かった。果歩は三枚の布団の真ん中ですやすや眠っている。


 寝顔を見られたと思うと、恥ずかしくなって顔が真っ赤になる。


「うわ、はないだろ。おはよう」

「うん。おはよう」

「志歩って寝相悪いのな。シーツかけといたぞ」

「え? え?」


 私はシーツを顔まですっぽり覆うように身に纏い、防御体制をとる。赤面を隠す目的もあった。


「いや、そんなに身構えなくても」

「酔っ払って眠りが浅かっただけです! どうもありがとう」


 調子が狂う。酔っ払えば平気だけど、素面で対面すると少女のようにドギマギしてしまう。

 やっぱり意識しちゃうのか。

 恐れていたことが起きてしまった。


「志歩は彼氏いるんだっけ?」

「朝っぱらでする質問? いないよ」

「大学ん時に一回年上と付き合ったよね?」

「うん。あと、働き始めに同じ歳の人と一回。すぐ終わって、それきり五年間フリー」

「五年てすごいな」


 誰のせいだと思ってるんだと問いたいけど、大人気ないので辞めておく。


「でも今は変化が起きてて。デートに誘われたこともあったし、そこまで焦ってないよ」

「その言い方だと、デートに誘われて断ったってこと?」

「うん、そうなる」

「じゃ、振り出しだ。焦んなきゃだめじゃん」

「どうでもいいでしょ。進藤くんは関係ないし」

「いや、関係ある」

「何で?」

「もしフリーで今日の夜に予定がないなら、果歩と三人で花火を見に行かないかと思って。七夕の前夜祭だからさ」

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