虚を突かれ……

第26話 雨宮side 「嘘……」

「嘘……」


 学校から帰宅すると、一つ下の妹・果歩が玄関の前に立っていた。


 姉妹そっくりな顔立ちだけど、私より若干タレ目な一つ下。着る物は似てる。目の前の果歩は黒シャツに紺色のワイドパンツ。私のローテに入ってるようなチョイス。

 白めの金髪をストレートに伸ばしているところだけが全然違うけど。


 何年振りに会うだろう? 私が就職したと同時に広島に行ったきり、まったく帰ってこなかったから……五年⁉︎


「サプラーイズ!」


 果歩はそう叫んだあと、あっはっはと声を裏返して笑い、


「志歩ちゃん、久しぶりに会ったら、やっぱちょっと老けたな」

「果歩だって。一個違いだしだいたい一緒でしょ。てか、なんで連絡もよこさないの⁉︎ 私が帰ってこなったら、ずっと待ってるつもりだったの⁉︎  てか、進藤くんは⁉︎」

「要件をいっぺんに喋んないでよ。答える前にひとつ訂正。私も進藤なんだけど。いい加減、要くんとか要さんとか、なんでもいいから名前で呼びなよ」

「んなこと言ったって、私にとって進藤くんは進藤くんなんだよ」


 進藤くん。かなめという名前はあるけどいつまで経っても彼は進藤くんだ。妹の旦那であり、私たち姉妹の幼なじみ。私の初恋の人であり、つい数年前まで引きずっていた張本人である。


「ま、いいや。それよか志歩ちゃん、今から温泉に行かない? 要が待ってるからさ」

「はあ⁉︎ 今から⁉︎ 泊まりなの⁉︎ 明日も平日なんですけど」

「やっぱダメか。おごりなんだけどな〜」

「ダメとは言ってない。ま、生徒は夏休みだし、明日は部活休みだし、大した仕事はないし、他の先生方も休暇取ってるし、ズル休みするか」

「先生がズル休みしていいんですか〜?」

「オリンピックよりレアなことが起きたんだからしょうがない。おごりだし」


 そりゃそうか、と果歩は腑に落ちたようで、私が旅行の準備を済ませるまで、家でくつろいだ。


「ね〜彼氏は? 呼んだことないのここに?」

「呼ぶ彼氏はいません」


 えー? とベッドで仰向けになって、空中で自転車を漕ぐように足を動かしながら果歩は言った。


「寂しいっすな〜」


 よっと立ち上がった果歩はおもむろに冷蔵庫を漁った。


「酒ばっか。こりゃ彼氏いないわけだ〜」

「おい。モラルゼロか」

「小綺麗にしてるから呼んでも恥ずかしくないんだけど、冷蔵庫がこれじゃあね〜」

「ほら、準備できたよ。もう行こう」


 車に乗り込むと、あることに気づいた。


「果歩、荷物は?」

「要に預けちゃった」

「えー、じゃあ身一つで来たの? 本当に私が不在だったらどうしてたの? 進藤くんに迎えに来てもらうつもりだったの?」

「ここまでは送ってもらったけど、今頃旦那は酒飲んでてダメだと思う。志歩ちゃんがいなかったら電車乗って、タクシー使ってとか、適当に旅館に向かってたよ」


 後先考えないのが妹だ。久々のこの感じ、思い出した。


「何時間待ってたの?」

「四時からだから、二時間くらい?」

「暑かったでしょ。さすがに電話するでしょ、普通」

「そこはさ、サプラーイズじゃん」


 そのサプラーイズとやらにどれほどの価値があるのか。よくわからない。


 聞いてみると、場所は秋保のある温泉旅館だった。この時間の286号線は混んでいる。渋滞にハマったところで話はひと段落し、お互いの近況を報告しあった。


 果歩は広島のファミレスでウェイトレスをしていると言う。人が得意というわけじゃないけど、読めない性格が面白がられるので、ピッタリな職業だ。


 私の方は錦戸くんの件だけ避けて、だいたいのトピックスは話した。須田先生から告白された場面では、なぜ断るのか理解できないと言われた。


 普通はそう思うよな。


「志歩ちゃんはさ、結婚したくないの?」

「したい、したいよ。でも、自分の気持ちに妥協してまではしたくない」

「でもさ、あんまり理想の形でゴールインしたら、あとは落ちるだけだよ? だったら、最初からほどほどでいけば、ずっとほどほどに生きていられるんじゃないかな」

「果歩はそうだったの?」


 昔から気になってたけど聞くに聞きづらい質問をした。

 果歩はう〜んとうなってから、


「最初は私が盛り上がってたけど、すぐに落ち着いて、こんだけ一緒にいられるなら、ま、いいか、みたいな感じだったな。プロポーズらしいプロポーズもなかった。学生だったけど、将来の不安とかもなかったな〜。お互いガツガツとは対極の性格だしね〜」

「果歩がそれを言うか?」

「何度も言うけど、あのときは一瞬、魔がさしたんだよ。そういう時期ってあるじゃん」

「あえて聞いただけ。ま、昔からお互い知ってるからね。そばにいるのが当たり前が、ちょっと発展しただけ、みたいな」

「そんな感じ」


 話を落ち着かせたが、いつまでも内心引っかかることがあった。果歩が告白して付き合い始めたあたりから、急速に進藤くんとは疎遠になったのだ。

 彼なりに義理を果たしたのだろうけど、私は傷ついたし、そこに果歩は気づいていなさそうだった。


 果歩の能天気さは憧れるけど、姉妹だし、イライラすることはある。ましてかつてのライバルだったから。


「志歩ちゃんもガツガツできないじゃん。そういう人はほどほどに愛情をキープできる人を探すといいんだよ。さっきも言ったけど、なんで須田先生に行かないんだよ。違和感があっても、末長く過ごせそうでちょうどいいじゃん」


 ガツガツできない、ね。我が身を考える。

 臆病な人は案外、一度壁を超えると、勢い止まらず突き進んじゃうのかもしれない。加減を知らず、盛り上がるだけ盛り上がって、あとは落ちていくだけかもしれない。


 そう思うと急に不安に襲われた。コンビニ寄ってもいいと言って停車し、カバンを確認する。

 ない。スマホが、ない。


「スマホ! 家に置いてきた!」

「え〜まだ半分くらいだし、戻れるっちゃ戻れるけど、遅くなるよ」


 困った。こんなとき、別にするとは決めてないけど、いつでも錦戸くんに連絡が取れるようにしときかった。今日はオープンキャンパスだったし、もしかしたら彼からメッセージが来てるかもしれない……いや、一度も向こうから来たことはなかったか。


 今日は現実忘れようよ〜と頼まれ、非現実みたいな状況だしいいか、とそのまま出発した。


 コンビニからは渋滞もなく、二十分ほどで現地に着いた。ここは地元でも有名な老舗旅館だ。ここがおごりなんて、進藤くんはお金持ってるんだろうな。


 旅館に入って大広間は七夕の吹き流しが四つ飾られてた。仙台七夕と同じサイズ? 三メートルくらいか。

 そこで初めて、今週末は七夕だと気づいた。


「要は夕食会場の近くで酒飲んでるんだとさ。行ってみよ」

「う、うん」


 急に緊張してきた。や、久しぶり、みたいな軽いテンションで対応できるか不安だ。


 いや、そもそも、ずっと想った過去があって、五年ぶりに会う妹の旦那という属性はかなりレアじゃないか? 平然としていられる方が異常メンタルだ。別に上手く対応できなくたっていい。向こうもわかってくれるでしょ。


「あ、果歩。こっちこっち。あ、志歩! 久しぶり!」


 進藤くんと会って嬉しいと思うより、先に果歩が認識されるのか……とモヤっとする方が勝ってしまった。


 久しぶりに会った進藤くんは、やっぱりちょっと老けた。くせっ毛で、丸顔、印象的なくりっとした目、喉仏がデカい。背は平均よりやや小さく私と同じくらい……という錦戸くんの特徴ほぼそのままで、ちょっと老けさせれば進藤くんが完成する。


 兄弟と言われても納得する。同じ仙台だし、もしかしたら遠い親戚かもしれない。


 進藤くんと合流してからは、流されるがままに夕食会場へ行き、近況報告をし合いながらご飯を食べる。

 正直、話の内容も、ご飯の味も、頭に入ってこなかった。


「実はね、志歩ちゃんに聞いてほしいことがあってここへ呼んだんだ」


 果歩の言葉で私はようやく現実に戻ったような気がした。

 果歩は咳払いして、


「さっき嘘をつきました。ごめんなさい。私はもう進藤ではありません。雨宮です。私たち、離婚しました」

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