第25話 錦戸side 「知ってた?」

「知ってた?」

「うん。知ってた。あの日、雨宮先生が奏に告白したんでしょ。ほぼ聞こえてたんだ」


 理解が追いつかなかった。

 わけがわからない。

 知らないふりして何が狙いなんだ?


 とりあえず、本当のことを言うしかなかった。


「実際は修学旅行の間に告白されたんだ。体育館倉庫では、改めて気持ちを確認する話をしてたんだよ」

「そーなんだ。でもまあ、核心は合ってるよね」


 みずきは感情が消えたような、まっさらな顔になった。


「今まで僕と雨宮先生をくっつける真似をしてたのはなんだったんだ? 楽しんでたの?」

「楽しんでたわけじゃない。教師と生徒の恋愛なんて、フィクションだけの話だと思ってたし、絶対無理じゃん……無理だよ」


 みずきは弱々しく語尾を切ると、黙った。やがて静かに涙が流れる。半泣きになる。


 まだ大学の構内だ。帰宅途中の高校生たちに白い目で見られ、みずきを近くの人目につかない木陰に連れて行く。


「目立っちゃってごめん。はは……これで女を泣かせた男になっちゃったね」


 みずきはハンカチを取り出して目元を拭う。涙は収まった。


「別になんてことないよ。それよか、なんでややこしい行動したんだよ?」

「だって、雨宮先生はすごいと思ったんだもの。難しい関係になるって分かってるのに、踏み込む勇気に感動した。奏は、何を考えてるのかわからなかったけど、応援したいがためにくっつけようとしたんだ。で、ダメだったらおこぼれをもらうつもりだった」


 みずきはそう言ってから、「おこぼれってなんやねん」と自分に突っ込んで笑った。


「高総体の時に奏となら付き合えるって言ったけど、あれは本当。でもそれが真実の愛……真実の愛ってなんやねん(笑)……まごころ、と言うべきか。まごころなのかどうか、自分でもわからなくってさ。確信が持てるか持てないか。結局それが私と雨宮先生の違いなんだなって。中途半端だよなって」


 僕は息を長く吐いて、


「人のこと考えて泣くようなやつが、中途半端なわけあるかってーの。ちゃんと立派な感情だと思う。でも恋愛というより友情に近いんじゃないか? だって、恋愛感情ってもっと愚かで、恥ずかしくって、あとで黒歴史認定するような気持ちなんだ……と、思う……」

「あー、今我が身を思い返したでしょ! へー。そういうもんなんだ」


 みずきは自分を納得させるようにしばらく考え込むと、


「うん、やっぱり、奏に対する気持ちは友情の方が大きいな。個人レッスンのおかげで、七月のT大オープン模試は数学の偏差値よかったし、何より勉強の自信がついたし、感謝しかないよ」


 みずきは元気になっていひひと笑うと、急に僕の手をつかんできた。彼女は引っ張るように進んで、急ぎ足で地下鉄の駅まで向かった。

 エスカレーターに乗っても手を繋いだままだった。


「み、みずき。なんなのこれ?」

「え?」

「いや、手」


 手首ではなく、手のひらをつかまれる。みずきの手の小ささ、冷たさを直に感じた。

 さすがに女の子の手を握るのは恥ずかしくなる。初めてみずきを意識して赤面した。


「親友の印と思って」

「手をつなぐのは恋人じゃ?」

「あーそうか。そうだよね。ごめん」


 みずきは手を離す。僕らはよそよそしく髪をいじったり、顔をかいたりして、長いエスカレーターをやり過ごした。


 改札を出て、ホームに向かった。ちょうど地下鉄車両が来てすぐに乗り込む。


 車両はT大、M教大のオープンキャンパス帰りの高校生でごった返していた。圧力がかかるくらいの混み具合。みずきを壁際に立たせ、僕は背中を盾にした。


「奏、キツくない? 大丈夫?」

「うん。全然」


 三駅分無言になる。人がはけないどころか、大学生が乗り込んできて、さらに圧迫される。


「なんかあれだね。壁ドンされてるみたい」

「そう?」

「もう少しイケメンにやられたら、離さないのにな」

「すみませんね、イケメンじゃなくって」

「まー惜しいとこだね。中の上くらい」

「微妙な。褒めてるんだか、けなしてるんだか」

「私は基準厳しいから、褒めてることになるよ」

 

 みずきはいたずらっぽく笑った。


 仙台駅に着く。ようやく満員電車から解放された。ここで東西線から南北線に乗り換える。


「イケメンの一位は誰なんだよ?」

「うちのクラスは関くんでしょ。でも頭悪いから好きじゃないかな。森くんは由香里の彼氏だし……」


 好みまでは聞いていない。


 下りのエスカレーターに乗る。みずきは考えた挙句、


「……ダメだ。顔面上位陣は彼女いるかバカのどっちかだ。次が奏になる」

「でも、僕は雨宮先生が好きだけど」

「いや、その演技、バレてるって」

「いや、真面目に」


 みずきは目を見開いて黙り、エスカレーターの一段下にいる僕をじっと見下ろした。見透かそうとするような眼差しだった。

 ふと、彼女は目を伏せる。


「え〜、ここで告る? そんなの、本人に言いなよ」

「うん。そうする」

「はあ?」


 今さらどうした? とみずきは半ば呆れた顔で聞いてきた。


「さっき、手握ったろ? あれでなんというか、スイッチ入った。僕はやっぱり、先生が好きだ。先生の手を握りたいと思う」


 エスカレーターを降りて、ホームの停車位置に移ろうとしたところを、呼び止められた。


「待って。もう、私邪魔じゃん。いいよ、行っておいで。ここで解散ね」

「帰る方向一緒じゃないの?」


 みずきは僕の呼び止めを無視して、


「じゃ、またね。私は駅で買い物してるから」


 上りのエスカレーターのある方へ小走りで去った。


「行っといでって。まだアポも取ってないのに」


 そうブツブツ言いながらも、自然とLINEの画面を開いて、雨宮先生に初めての電話をかけることにした。


 出ない。


 その後、メッセージを送っても返答はなかった。





 次の日、自習するために学校に来て、職員室をみたらいない。牧田先生から雨宮先生はお休みと言われた。


「朝電話があって、お休みだって。珍しいよね。皆勤賞だったのに。なんかね、妹さん夫婦? が急にやってきて、どうのこうの、よくわかんなかった。LINEで聞いてみたけど返事がなくてちょっと心配」


 胸騒ぎが始まった。

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