第24話 錦戸side 「で、結局、そっちを選んだんだ?」

「で、結局、そっちを選んだんだ?」


 夏休みに入って初っ端の週にT大のオープンキャンパスが開かれた。僕とみずきはどうせ同じだからと、N駅で待ち合わせして一緒に向かう約束をしてた。


「M教大のこと? そうとは言ってないだろ。T大もまだ志望校」

「でも、どうせM教大にするんでしょ。じゃあ、受験は余裕だね。私を受からせてね」

「料金取りたいところだよ」

「いろいろ私に恩があるじゃん。それでチャラで」


 そんなに恩があったか?

 僕が雨宮先生を好きという勘違いの秘密か。

 いや、勘違いかどうか。

 既成事実にすれば、隠さなくてよくなる?


「一生チャラにならないじゃん」

「そうだよ。イベントに付き合うくらい別にいいでしょ。それに、私は一切興味がない教育大まで付いて行ってあげるんだから、むしろ感謝してほしいくらい」


 T大とM教大は同じ地下鉄の路線上にある。オープンキャンパスの日程が同じなのもあって、みずきにM教大の方もついてきてくれることになった。


 そこまでしてくれる知り合いは、みずきくらい、か。つまり、僕は友達が少ない。

 男では話す宍戸も、僕とみずきをカップルと思ってるのか、遠慮して前ほど話さなくなった。


「奏はさ、大学でも友達ができなかったらどうするの?」


 みずきは僕の心を見透かすような発言をした。

 

「あまり人とつるむのが好きじゃないだけだよ。平気だし。来るもの拒まず、去る者追わず」


 みずきはふーん、と白い目で僕を見る。


 正直こんなことで大学生活を楽しめるのかと、ちょっとは不安になるけど、一応女の子とこうやって外に出る仲にはなってるのだし、それだけで自信が湧いてくるものだ。しかも美人ではあるし。


「同じT大だったらねー。友達になってもいいのにねー」

「進学したら、以前の友達とは疎遠になるのが世の常だろ」

「ひどー。せっかく歓迎してるのに。でもいいの? 多分大学でも知り合いいっぱい作るし、利用価値高いよ。就職に有利かも」

「別に先生になるんだったら、コネも何もないだろ。教職とって採用試験に受かればいいんだ」

「もう先生になるつもりなの? つまんないなー」


 工学部のオープンキャンパスは、高校生に研究の話やデモを面白おかしく話して興味を持ってもらおうとする内容だ。


 一年、二年と、他大学のオープンキャンパスに行った際は、ロボット系の研究に惹かれた。

 みずきも化学系志望だったが機械系にも興味があるとのことで、同じような研究室を見て回った。


 さすが、国立の中でも研究予算が潤沢にある大学だ。手作り感満載の装置は少なく、AIやセンサーを用いた最新鋭のロボットが見られた。


 見た目が綺麗だ。聞くと、企業がお金を出してくれて共同で研究しているという。


「T大は毎年見学してるけど、機械系は初めて。やっぱりレベルが高いね」

「結局、どこの学科にするの?」

「うーん、研究職になりたいけど、どの学問を極めても全然OKというか。なんでもどんと来い、だ。機械も面白そうだよね。百体くらいのロボットが同期して、集団行動させたら面白そう。行進しても絶対ぶつからないやつ」


 確かに。オリンピックとかで披露したら話題になりそう。


 昼時になり、学食で食べることにした。カツカレーで四百円かよーと一人興奮していたところ、


「奏はいいね。なんだか最近吹っ切れた感じ? 進路も決まったしさ」

「だからまだわかんないって言ったぞ」

「私なんか中途半端に外枠だけ決めて、肝心な何をやりたいかはぐだぐだ悩んでさ。それって、進路だけじゃなくって、私生活でも同じような悩み抱えて悶々としてるんだよねー」

「中途半端って。まず目指すだけで大変なところなのに」

「なんなら、人から目指しなさいって指示されたら、M教大でもいいかも。それくらい主体性がないんだよ。私史上、最高に脆い時期だ」


 みずきはきつねうどんを一本ずつすすってつぶやく。


「でもさ、人には人の時間ってあると思うよ。すぐ決めるのがいいことでも悪いことでもない。ぐだぐだ悩むのがいいことでも悪いことでもないように」


 みずきはうどんをずずっと吸い込んで黙々と噛んでいたかと思うと、


「そうだよね。私には私の時間の使い方がある。別に大学に入学してからも悩んだっていいんだよね。よし、決めた」

「だからすぐに決めなくても」

「機械系。奏が望んでたロボットをやる」

「えー? なんで僕が出てくるんだよ?」

「誰かさんだって雨宮先生に影響受けたでしょ? それを否定するの?」


 それを言われちゃ言い返せない。


「もし望むなら、私についてきて。望まなかったら、私とは別々の道ね」

「別々の道って、大袈裟な」

「でもM教大もかなり近いよね。大学が別々でも、途中まで一緒の通学は全然できそう」

「そんなん、大学で友達できるまでだぞ」

「そうかな。私は二十歳になるまでは、奏と腐れ縁を続けてる気がする。というか、なる」


 小学校まで他人だったのに、幼なじみっぽく振る舞ってるぞこいつ。


「二十歳って。なんで?」

「私は二十歳に運命的な出会いをするらしいんだ。修学旅行の時、占い師から言われて。京都の占い師だよ? 千円出したし、絶対当たるよ」


 怪しげな情報を出されても、なんて返せばいいか困る。


「だからそれまでは、誰も想わないであげる」


 みずきは「話しすぎて麺が伸びたでしょー」と不満を言いながら、うどんを猛スピードで食べ終え、返却口へ急いだ。僕もカツを喉につっかえながら皿を空にして片付ける。


 M教大のオープンキャンパスの時間が短くなってしまうところだった。





 M教育大のオープンキャンパスでは、大ホールで学校説明があった。


「高校の教員って、なれる人が少ないんだね」


 みずきが露骨に興味なさそうにつぶやく。


「選ばれし人たちってことか?」


 酔っ払ってグヘグヘ言ってる雨宮先生と牧田先生を思い浮かべる。同じイメージをみずきも思ったようで、顔を見合わせるとお互い笑ってしまった。


「奏、理数系科目は倍率そうでもないって。なら納得」

「納得?」

「ほらほら、須田先生をイメージしなよ。美術教師なんて狭き門だろうし、あの人は実力が認められて採用されたんだよ。東京の美大出てるし、学生時代から有名だったらしいし」

「あの人は特別だよ」

「ま、奏なら成績もパーフェクト狙えて、高校数学教師になれそうだけどね。雨宮先生がなれてるのだし」

「反面教師もあるんか……いやいや、あの人、生活態度はどうかと思うけど、頭いいし、教え方はかなり上手いでしょ」

「まー、あんだけマンツーマン教育を受けてれば、伸びるのは不思議じゃないかな」

「なんだよもう。説明に集中しろ」

「私は別に聞かなくてもいいしー」


 見かねた隣の高校生から、私語を抑えてと小声で注意される。すみません、と謝る。


 学校説明が終わると、僕らはホールを抜け、別教室に移動し、数学の模擬授業を受けた。熱心に授業を受ける僕の顔に、みずきは冷めた視線を送っていた。


「興味のないことをするのって、体力いるんだね。今日分かった。なんで休みの日にまで授業受けなくちゃいけないんだって思っちゃった」


 教育大から地下鉄までの帰り道、みずきは疲れ切った表情だった。


「今日まで分からなかったんかよ。でも、やりたくないことを省いてって、やりたいことを見つけるのも手じゃん?」

「なるほど。じゃ、私に教師は無理だ。やっぱり」

「さっきまで、M教大に入るかもよ、とか言ってた人の心境の変化幅えぐいって」

「言うなよ。てかさっきの話さ」

「ん?」

「マンツーマン教育、本当に受けてたんだ?」

「……鎌かけたな」

「それってどういうこと? 雨宮先生もまんざらじゃないってこと?」

「嫌いじゃないって意味だろ」


 みずきは思い悩んだように黙って、僕の顔をじっと眺めていた。


「奏、今さらなんだけどさ。五月に体育館倉庫で秘密にした、奏は雨宮先生が好きって話、実はそれ以外の部分も聞いてた」

「えっ?」


 何を言ってるのかわからなかった。


「雨宮先生の方が奏を好きだってこと、あの時、聞いてて、ずっと知ってた」

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