第23話 錦戸side 「親がどうのこうの言うのが三者面談なんでしょ!」

「親がどうのこうの言うのが三者面談なんでしょ!」


 母は父を黙らせた。続けて、


「でも、せっかくT大を狙えるのにもったいないじゃない。T大でも教職は取れるのでしょ? なら、今選択肢を狭めなくても……」

「選択肢を広めようと狭めようと、将来はわからない。俺もT大卒だけど、今は薄給でこき使われてる」


 将来がわからないなら、少しでも可能性のある方をとればいいでしょ! と母が言い返したのを機に、夫婦喧嘩となった。


 僕にとっては日常風景だが、雨宮先生はどうすればいいかとオロオロしていた。

 けど、急に決意したように大声で、


「口出しして申し訳ありません! この話は保留にできるでしょうか⁉︎」


 皆静かになった。母は決まりが悪い様子で、お茶を飲んで落ち着こうとした。そのタイミングが父と被ってしまい、僕はもう少しで吹き出すところだった。


「今の奏くんは順調に行けば、どちらの大学も入れる可能性があります。やや無責任に聞こえてしまいますが、十二月まで待って、願書を出すといいと思います。現時点でT大を志望すれば、奏くんの今の希望に背く。M教育大を志望すれば、志望校のレベルを落とすことになりますので、勉強のモチベーションにはマイナスです。大学受験、特に現役生の受験は、夏から冬にかけての追い込みが大変重要です。成績が伸びてきている今、水を差すような発言で奏くんの心を乱すべきではないと考えます」

「では、冬まで待って、状況が何も変わらなければどう判断されますか? M教大に行きたいが、T大に入れる可能性も高い場合のことです」


 父は試すような言葉を投げかけた。母はちょっと……と言って、たしなめた。父は聞かず、


「どうでしょう?」

「それは、その」

「雨宮先生自身はどうお考えか? も、重要な判断材料になります」


 えっ? と雨宮先生はつぶやいて、続きの言葉を躊躇した。先生は僕を見る。真剣な眼差しに、僕は頷いた。


「私の存在が、人の人生を変えるきっかけとなったのなら、とても光栄なことと思います。奏くん、そしてお父様お母様が許すなら、私は彼の希望を尊重します」

「それが聞きたかった。ありがとうございました」


 父が深々とお辞儀をすると、母はちょっと待って、と慌て、雨宮先生は、まだ保留の段階ですから、となだめ、なんだかんだで進路の話は終わりになった。


 その後は普段の生活の話、オープンキャンパスの話(T大も行ってもらうようにと教頭から頼まれまして……と雨宮先生は申し訳なさそうに言った)から、なぜかお酒の話まで、話題は多岐に渡った。緊張感のある時間がひと段落して、母も父も雨宮先生も、楽しそうに会話していた。


 そして面談の最後に記念写真を撮った。父は忘れていなかった。





「錦戸くん、うまくお使いに行けた?」

「はい。牛乳、みりん、料理酒、炭酸水。全部重たい液体だけ。ひどいです」

「まあまあ。今日はご両親が頑張ったのだし、いいんじゃない?」


 夜九時ごろ、LINEに雨宮先生からメッセージがあった。「これから話せる?」と。「適当に用事を作って家を抜け出します」と伝えて今となる。


「どうしたんですか? 電話なんて。以前、僕がバッティングセンターで遊んでた時以来ですよね」

「今日は大変気を使って疲れたからね。一人でお疲れ様会をしていたんだよ」

「あー。飲んだから気分が良くなって電話したんでしょ?」

「正解〜」

 

 電話口から笑い声が聞こえる。焼肉の時に聞いた酔っ払い声だ。


「冗談はさておき、雨宮先生、今日は大変ありがとうございました。その、うちの親が変で、すみません」

「いやいや、理解のあるご家族でよかったよ。私は別に大したことしてないし」

「でも、うちの親が揉めてるのを制して、ちゃんと話を進めたじゃないですか。すごいと思います。僕はあーなったら、いつも見て見ぬ振りします」

「そーか? そんなに言うなら、ありがたくお言葉頂戴だよ。嬉しくって、もう一缶開けちゃうよ?」


 問いかけと同時にプシュッとプルタブを開けた音がした。


「開ける前に聞かないでくださいよ。意味ないし。それよか先生。教師っていい仕事ですね」

「え、う、うん。そりゃー、私がプライド持って仕事してるんだもの。生徒には感じとってもらわなきゃ」

「特に雨宮先生は最高の先生ですね」

「何、ギャグで言ってんの?」

「真面目です。だから、僕は憧れたんです。あ、あと、うちの妹が先生のこと、綺麗って言ってました。今日撮った集合写真見せたら」


 雨宮先生は、少し黙った後、「照れる」とつぶやいた。


「錦戸くん、この場で高総体での話、続きを言わせてもらうよ。君は私の幼なじみに似ている。最初に君を好きになるきっかけは、確かにそこにあった。でも、錦戸くんはまっすぐに私を見ていてくれるから好き。君のありのままの姿が好き」


 雨宮先生は緊張しているのか、声が震えていた。


「電話で告白するなんて、だめだね。とにかく! 勉強頑張って。どこに行こうと私は応援するからね。それじゃ!」


 返事をさせてくれないくらいに一息で気持ちを言い切って、雨宮先生は電話を切った。


 ため息をつく。心残りがあった。

 みずきのことだ。

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