第16話 雨宮side 「須田先生はこっちです!」

「須田先生はこっちです!」


 待ちに待った焼肉食べ放題+アルコール飲み放題。十九名は、四人席五テーブルに分かれて、好き勝手乱雑に肉を焼いた。


 教師三人はローテーションで各テーブルを巡る。と言っても、やっぱり須田先生は女子が離さない。さっきまで私と話してるせいで行方不明だったのも、女子たちの心配症に拍車をかけたのだろう。問い詰められて可哀想だ。


 私は錦戸くん、綾野さんと三人で一テーブルだった。やはりまずは部長たちのねぎらいからだ。


「お二人とも、二年間部活お疲れ様〜!」


 私は乾杯して、最初のレモンサワーを一気飲みした。飲んだ途端にエネルギーがチャージされる気分。


 焼肉は忙しい。肉をじゃんじゃん焼いて、自分に取り分けたカルビを三枚一気にご飯とともに食べる。口いっぱいに頬張り、無言でいいねポーズをした。綾野さんもサムズアップに付き合う。


 綾野さんはジンジャーエールを飲みながら、


「奏は結局、志望校、上を目指さないの?」

「その話なんだけどさ。雨宮先生と話し合って、T大の工学部を目指すことにした。まだ油断できないけど」


 それを聞いて綾野さんはおお〜! と盛り上がった。


「なんだー、早く言いなさいよー! そっか、私と同じだ。えっ、工学部のどこ?」

「機械系かな。みずきは?」

「私は化学かな。でもキャンパスは一緒だし、もしかしたら大学でも会えるかもね」

「成績が順調に行けば。ちょっとでも危うかったら取り下げるよ。うち、私大は無理だし浪人も無理なんで」

「そこは切磋琢磨して頑張ろうよ。それより奏ってさ。なんで雨宮先生が好きなの?」

「ゴホッ」


 不意打ちをくらってむせる。レモンサワーが喉に引っかかって咳が止まらなくなった。


「ほら奏、こんな純粋無垢の二十七歳をからかってどうすんのさ? もうアラサーなんだぞ。体育館倉庫での話、ずーっと気になってたんだから。納得のいく説明はあるんだろうな?」


 はは……自虐はいいけど、人に言われると結構くるなこれ。


「つまりさ……ゆくゆくは先生みたいな人と結婚したい……かな」


 錦戸くんはこちらをチラッと見て頷いた。

 やっぱ話を合わせるための嘘か。そうだよね。


「理想の人ってこと?」

「うん……あの、雨宮先生。真面目に恥ずかしがんないでください。こっちまで恥ずかしくなる」

「あ、うん。ごめん」


 嘘とはいえ、真面目に告白まがいな言葉を面と向かって言われると、どうしても口ごもってしまう。


 綾野さんが張り切って、


「では先生のターン! 好きなタイプをどうぞ」


 えっ、と私は戸惑い、少し唸ってからこう言った。


「えっと。頑張り屋で優等生で優しくて決して悪目立ちしない。人のことをよく考えて発言して、意外とドジで、鈍感で、頼りがいがちょっとだけある……錦戸くん!」

「おおっ?」

「……の年上ヴァージョン!」


 錦戸くんも綾野さんもずっこけた真似をする。


「ある意味残酷な言葉かもね。絶対に無理なんだから。てか、これこの前も聞いたか」


 綾野さんは錦戸くんから注文タブレットをひったくると、操作をしながら、

 

「じゃあ雨宮先生に質問しますね。ズバリ、過去に何人の男と付き合いましたか? ちなみに今は?」

「そうきたか。二人です。二人目と別れてから五年間フリーです」

「教師ってやっぱり出会いないんだー」

「ほっとけ」

「元彼の写真はありますか? 別れたら消すタイプ?」

「いや、ほったらかしのタイプ。あったっけ。前にスマホ変えた時に移行できてれば」


 私はスマホを取り出してテーブルに置き、調べることにした。もう見返すことはない昔の写真。なんで取ってあるのか疑うほどくだらない写真もある。


 探すのに時間がかかった。綾野さんがお手洗いで抜ける。しばらく錦戸くんと無言で写真を眺める。

 だいぶスクロールする。すると、


「あっ、これだ。新人の頃〜若いー」


 綾野さんが戻ってきた。三人でテーブルに置かれたスマホ画面を見る。男女の自撮りだ。

 私はリクルートスーツ姿。今よりちょっと幼く見える。その隣は、


「なんだか熊みたい。でも優しそう」


 無精髭が生えている。太い黒縁のメガネ。

 あごががっしりとしていて、鼻は四角い。八の字眉。


「大学まで柔道やってたんだって。ほら、耳が揚げ餃子みたいでしょ」

「ほんとだ。揚げって。確かに日に焼けて茶色いけど」

「こんな見た目でシステムエンジニア。家で縮こまって、ちっちゃいノートPCのキーボードを打ってる姿が可愛かった。画面と向き合うだけじゃなくて、営業的な仕事の割合の方が多いらしくて、大変とは言ってたかな。見た目に反して、弱気で人と話すの苦手だし。でも優しい人だった」

「なんで別れちゃったんですか?」

「すれ違い? お互い同い年で、新人だったんだけど、仕事を覚えるのに必死で、なんか、会うのが面倒になって、自然消滅」

「へー。でも、こういう人がタイプだったんだ。奏、ドンマイ。全然似てないね」


 綾野さんは錦戸くんの背中を叩く。しばらく全く言葉を発しない錦戸くんを見て心配になってきた。


「あっ、でも私、あんまり男の人の容姿って気にしないからさ。森を歩いていたら、たまたまこの熊さんに出会った、で、流れで付き合った、程度の意味でしかないからね。さっきも言ったけど、真面目で優等生で世話好きで……あーもー細かいところ忘れちゃったけど、性格が大事だから!」


 うーん、フォローになっていない気がする。


「よかったね。優しい先生で。最初の彼氏の話もいっとく?」


 綾野さんは思い切りよく錦戸くんの背中に張り手した。


「っ。だから叩くなっての。みずき、もうこの辺でいいだろ」

「そうだね。だいたいのことはわかったし」

「じゃ、今度は綾野さんの番ね」

「へっ?」

「私と錦戸くんはぶっちゃけました。あと残っている人は誰?」

「私ですか? 何を打ち明けるって言うんです?」

「外国の血が入ってて、美人。モテるだろうし、恋愛に興味ないわけないじゃん」


 綾野さんは珍しく困った顔になった。何もない空間を見つめたかと思うと、すぐにジンジャーエールを飲み干し、


「そりゃ高校生だし、興味はありますよ。でも、別に恋愛は大学に入ってからすればいいし、そもそも、好きになるってどんな感じかわからないし……」

「今まで好きな人がいなかった?」


 綾野さんは悩んだ末、踏ん切りがついたように打ち明け始めた。


「いや、むしろ結構います。イケメンはだいたい好きになっちゃいます。イケメンじゃなくても、私と相性が良さそうならいいかな。でも、その人たちが他の誰かと付き合うことになっても、そんなに気にしないというか、他のかっこいいひとがいるからいいや、って感じで。好きになる、ならないの境界線がわからないんです」


 思いの外驚くような発言だった。綾野さんは人の話を聞いて盛り上げたり、気の利いた返しをしたり、元気づけたり、はたまたネタにするのが好きだ。世話好きな代わりに、自身の話は全然してくれない。貴重な意見だった。


「たとえば誰なの?」

「一組だと森くんとか関くん、二組だと大島くん。三組は……不作だな。四組だと島田くん庄司くん……パッと思いついたのはその辺」

「確かにイケメンのオンパレードだ。高校生ってそんなものかもねー」


 異論はない。綾野さんの好みが変なわけではなさそう。


「そのうち、森くんは卓球部の由香里と付き合ってます。私のサポートで修学旅行の時にくっつけたんです。親友の頼みだったから全力でした」

「抵抗はなかったの?」

「はい。ぜんぜん。むしろ友達が幸せになって、こっちもハッピー、みたいな」

「そうなんだ」

「そうなんです。もし受験なんてなかったら。そうだなー、例えば奏から告白されたら、私、OKできます。付き合えます」

「「……えっ?」」


 しばらく黙っていた錦戸くんも口を挟まずにはいられなかった。

 二人で顔を見合わせた。

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