第14話 雨宮side 「はい、まあ、どんまいだね」
「はい、まあ、どんまいだね」
午後三時、体育館から出た広い多目的スペースで、我々卓球部は円になって野外ミーティングを開いた。
結果はお察しの通り。団体は総当たりで一勝もできず、ダブルス、シングルスともに二年生、三年生は男女全て初戦敗退という散々たる結果に終わった。
一方で期待通りというか、男子シングルス県ベスト八という、我が部にはもったいないほどの戦績をあげた子もいた。
一年生の春日部圭くんだ。彼は小学校の頃から街の卓球クラブに所属している。一人抜群にうまい。うますぎて部活には来ない。
そんなチート使いでも、うちの高校を背負って大会に出てるのだし、実績は一応実績だ。大いに自慢できる。
錦戸くんはどうしてるかというと。
ちょっと悔しそうだけどやり切った感じはある。私のなんとなくなありがたい締めの言葉を真面目に聞いてくれている。
「……では最後にもう一度言います。みんな、よくやったね。今まで自分自身に鞭を打ってきた君たちは偉いよ。隣にいる人を褒めたり、握手をしよう。ね、やってみよう」
そう伝えると、部員たちは隣同士ペアになって、お互い頑張ったねとか、あのスマッシュ良かったよ、とか、労いの言葉をぎこちなく伝え合った。
錦戸くんは宍戸くんと互いに照れながら褒めあった。
そこでふとみせた笑顔が、私の胸を打った。
もうこれで錦戸くんと部活で会うことはないんだ。一日のうち三分の一くらいは部活で一緒にいたと思う。普段の生活でも、部活の話をする機会も多かった。
錦戸くんとの時間が少なくなってしまう。
今日で部活は終わりなんて、わかっていたはずなのに。認めたくない気持ちが湧き起こる。
「雨宮先生〜」
由香里さんが泣き出した。彼女の背中に手を回してなだめる。もらい泣きしてしまいそうだ。
「ま、牧田先生?」
須田先生の声で振り返ると、万智子ちゃんが号泣していた。なぜあなたが一番泣いてるのか。そんな野暮なことは言わない。
須田先生が彼女を慰めている。一人それをよしとしない女子が睨んで駆け寄った。大会会場に向かう車内で助手席にいた子だ。
モテる人と一緒にいると大変だ。なんとか牧田先生とくっつけたいけど、様子をみたほうがいいかもしれない。
「みんな! 気を取り直して。さあ、これから海岸で花火、そして焼肉の打ち上げだ!!」
私は天高く拳をあげて叫ぶ。
「イェー!!!」
部員たちは飛び跳ねた。流した涙はどこへやら。
◇
「雨宮先生ー、海に沈む夕日が見たいよー」
綾野さんが目の前の光景を眺めながらつぶやいた。他の生徒たちは砂浜に向かって走り出したり、波打ち際でキャッキャウフフをしている。
須田先生と万智子ちゃんには、バケツの水汲みやろうそくの確認といった、花火の準備をお願いしていた。私がやろうとすると、雨宮さんはゆっくり休んでください、とのことだった。
優しい。何かあるのだろうか。
「しょうがないでしょ。仙台は太平洋側だし、地形的に難しいんだから。山形に行きなさい。北陸もいいかもねー」
夕焼けに染まった空の下は海。ここは仙台市内の海岸だ。砂浜とテトラポッドと松の木。それだけのシンプルな海岸。昔は海水客で賑わっていたが、震災以降、遊泳禁止とのこと。
そういえば、ここの海岸に来るのは子供の時以来だ。他県の海はよく旅行で行ったことがあったけど。地元って、意外と知らない場所が多いんだよな。
「北陸って先生、行ったことあるの?」
「金沢は観光したことあるよ。海に沈む夕日は綺麗だったな」
「へぇー。いつ、誰と行ったの?」
「えーと、二十歳の頃、当時の彼氏と。出会って一ヶ月くらいなのに、よく旅行に行けたと思うな」
綾野さんは返事の代わりに海の方に向かって「奏ーー!」と叫んだ。
彼は裸足でやって来た。
「どした?」
「雨宮先生、話を続けてください。彼氏と行った金沢の話を」
戸惑いながらも、金沢で見た最高の日没を話した。日本海側って波が荒くて風が強いんだけど、たまたま日没を見に行った時は穏やかだったとか、いつまでも終わってほしくない幻想的な時間だった云々。
綾野さんは「ちょっとちょっと」と手を挙げて、
「先生、私はそういうのを知りたかったんじゃなくて。彼氏とはどんな感じでラブラブを満喫してたのかって話を期待してたんですよ」
「えー⁉︎ なんで?」
「今後の参考のために」
当時のことを思い出しながら、ラブラブとやらを伝えたが、話せば話すほど私バカなこと言って彼氏を困らせてたなと思った。
彼は順序立てて行動しないと気が済まない性格だった。なのに、私のここ行きたいあれ食べたいの気まぐれのせいで、旅の計画はメチャクチャになってしまう。私は楽しかったけど、彼は合わないと思ったんじゃないか。
彼が旅好きなのもあって、何回か旅行に行ったが、いつの間にか私の方が冷めてしまって、旅先でもあんまり面白く感じなくなってしまった。
しかし今思えば、向こうも性格が合わないストレスでだいぶ冷めていたのだと思う。私から振ったんだけど、彼は振られるのを待っていたのかもしれない。
「どうしたんですか?」
しばらく思いに耽ってしまったらしい。錦戸くんの言葉に我に返った。昔話をしているうちにラブラブを話しているつもりが、ネガティブな感情に移ってしまった。
いつの間にか綾野さんはいなくなって、私と錦戸くんの二人になっていた。
「雨宮先生」
「ん?」
「花火しましょう! ほら、みんな集まってます」
過去の話は忘れてしまえと言わんばかりの爽やかな笑顔で錦戸くんは言い放った。
大会が終わって、緊張は綺麗さっぱり消し飛び、そして海に来て、テンションが上がってるのだろうか。普段はもっとはにかんだり、照れたり、ぎこちなさがあるのに。
そのギャップが私には新鮮だった。思わず赤面した。でも負けてられない。錦戸くんの顔を真正面に見て、こちらも笑顔を返す。
「そうだね! やろう!」
私はこの時、どうしようか迷っていた想いを新たにした。そうだ。やろう。今日こそやろう。
錦戸くんに、もう一度ちゃんと告白しよう。
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